第四十七話『何処で差がついた』
「ヒューズ、戦えねぇなら引っ込んでろ。ナギ、メリ、ミオ生きてんなら戦え」
「私とナギならまだ戦える。重症だけどな。でもミオはもう無理だ。生きてはいるが戦える状態じゃない」
メリは傷だらけの体を起こしながらゲイルにそう答える。ナギも立ち上がって槍を魔獣に向けた。
「ナギ、メリ援護しろ。ミオはなんとかしてそのアホを使えるようにしろ」
「ぐっ。分かった。ヒューズ君のことは任せて」
足は折れ、片腕はぐちゃぐちゃになっているミオは這ってヒューズの元まで行く。ヒューズは放心状態だった。心が完全にやられてしまっている。
「ここでメリッサの言葉が効いてくるとはな……」
ゲイルはメリッサとの会話を思い出す。ヒューズよりゲイルが優れていることは人の死への軽薄さ。そうメリッサは言っていた。
「俺が優れているんじゃなくてヒューズが弱すぎるだけだろ……」
ゲイルは大剣を魔獣に向けて戦闘体制に入った。魔獣の右腕による攻撃を交わし、距離は詰めずに注意を引く。
「ゲイルらしくない。時間稼ぎ?」
メリは疑問に思いながら、ゲイルのように距離をとりつつ魔獣を撹乱する。
「ゲイルも僕らももうあの魔獣の攻撃を受ける余裕はない。こうやって時間を稼いで騎士部隊が来るのを待つしかない。そうだろ?ゲイル」
「ナギ、おまえは何も分かってねぇ。敵によって戦い方を変えるのは騎士として当たり前だ。だが獲物を他人任せは騎士失格だぞ!」
ゲイルは笑みを浮かべながら一気に魔獣との距離を詰める。今までとは違い、魔獣は反応できずゲイルの一撃をくらった。
「やっぱり硬えな」
ゲイルはまた距離を取り始め、魔獣の撹乱を再び始める。
「無茶だゲイル!そんなんで倒せるはずがない!」
「うっせぇよ!やっと……やっとあのカスを超えるチャンスなんだ。邪魔すんな」
ゲイルの一撃一撃は魔獣に直撃し、ダメージは与えている。だが硬すぎる魔獣の肉体にはその程度のダメージはかすり傷ほどでしかない。ゲイル、ナギ、メリの体力は一刻一刻となくなっていく。
一方その頃、ヒューズとミオは
「ヒューズ君、お願い。みんなが死んじゃう」
ーーベールが死んだ。すぐ隣にいたのに……。なんで救えなかった……。
「ヒューズ君、ヒューズ君はこんなところでボーッとしている人じゃないはず。私の知るヒューズ君は強くて、賢くて、それでみんなを引っ張るリーダーだった」
ーーやめてくれ。僕はそんな器じゃない。
ヒューズの脳裏に嫌な記憶が蘇る。「そんな強さじゃおまえは……」「ダメだもっと強くなれ。オルスタル家の威厳を保持しろ」「弱すぎる。もっとだ。もっと強く」サナスから幼い頃から言われ続けた言葉だった。
ーー弱いから、強くなりたいから、だから一生懸命いつもいつも稽古し続けた。なのに……
「あなたは第一騎士部隊隊長サナス・オルスタルの息子でしょ!」
ーーあぁ。そうやって常に僕は比べられる。逃れられない。あいつから……。
「ヒューズ君……」
ミオはヒューズの顔を見て絶句する。爽やかで優しいヒューズはそこにはいなかった。
ーー弱いから仲間を守れない。弱いから「強くなれ」と言い続けられる。弱いからあいつからサナス・オルスタルから逃れなれない!
「ありがとう。ミオ。僕戦うよ」
「ヒュー……ズ…くん……」
ヒューズは剣を持ち、立ち上がる。不思議と体の痛みはなかった。魔獣への恐怖、仲間の死への悲しみ後悔、そんなものもまったく感じない。あるのは自分の弱さとサナスへの怒りだけだった。
「ヒューズ!よし、これで4人だ。ヒューズ作戦を!」
ナギが槍を構えながらヒューズに作戦を求める。だが……
「僕一人でやる。全員下がれ」
「ヒューズ……?」
メリはヒューズらしくない発言に驚き、ヒューズの方に目を向ける。いつものヒューズではない。直感ですぐ分かった。
「ヒューズ……君までそんなことを言い出したら……」
「ナギ、下がれ」
ナギの言葉を遮ったのはゲイルだった。大剣を下ろして、後方へ退却していた。
「ゲイルいったいどうしたんだ?」
「ナギ、メリ下がれ」
ゲイルは下を俯きながらそう言って大剣を引き摺りながらベールの遺体の方へと向かった。
「でもヒューズが……」
「下がれ!ヒューズの邪魔になる……」
ゲイルの言うとおりにメリとナギは魔獣から距離を取り、ヒューズは一人魔獣と正面に向かい合う。
「ゲイル……ヒューズ一人でやれるのか?」
「今のあいつなら一人で倒せる。直感でわかる。俺とあいつとの差が……。一体何処で差がついたんだろうな……」
ゲイルは悔しくて下唇を噛みつつ、ベールの遺体を抱えてそっと壁際に置いた。
ヒューズは魔獣に駆け出すと右腕はヒューズ目掛け向かってくる。それを華麗な足運びで避けていく。足元に入ると強烈な一撃を魔獣にあたえた。その一撃は足の肉を半分削ぎ落とし、魔獣を転倒させる。
「あのしなやかさと攻撃力がヒューズの強みだ」
「なんであんなことができるの?」
メリとナギはヒューズの剣術に違和感を覚える。その剣術は剣を持つものなら誰でも知っている常識に反しているからだ。
「今現在の二大流派である天神流と龍神流は相反した動きをする。天神流はしなやかで素早い動き、龍神流は力強く重たい動き。だいたい10歳程度で人間の歩き方のクセは決まり、その歩き方のクセによって天神流か龍神流かのどちらかの流派しか習得できない。それが常識だ。だがオルスタル家は幼少期の歩き方の強制と異常とも思える鍛錬によってそのクセを無くす。それによってオルスタル家は天神流、龍神流の両方の流派を使える。それが世界最強の流派オルスタル流の真実だ」
ゲイルは座り込み、ヒューズの闘いを観戦しながらそう口にした。
「だからヒューズはあの素早い攻撃を避けつつ、あの硬い肉体にダメージをあたえる攻撃ができるのか……!」
ヒューズは一撃一撃をしっかりと魔獣に当てて、ダメージをあたえていく。そして……
ーー今このタイミングならいける。
天神流裏奥義『流星』×龍神流表奥義『龍の鉤爪』。ヒューズは魔獣の死角へ身を移し、一瞬にして後ろに回り込む。そして今度はさっきとは比べ物にならないほどの強烈な一撃で魔獣の両足を切り落とした。
地面に倒れ、血を流していた。力なく、ふんばることもできなくなった魔獣はなんとか右腕で攻撃しようとするも上手くいかない。
龍神流裏奥義『龍の顎』。ヒューズは縦に一閃を繰り出し、魔獣の首は一撃で落とされる。
「勝った……」
メリは緊張が和らぎ、その場にしゃがみ込む。ナギもホッとしたのか槍を持つ手の力を抜いた。
「また俺の負けか……」
ゲイルはそう言い残してその場を離れようとした時、他の魔獣の気配を感じとる。
「ヒューズ!」
ヒューズに魔獣のことを知らせようとしたがヒューズは下を俯いたままゆっくり歩いてるだけだ。完全に油断している。
「おい魔獣だ!」
「あぁ知ってる。動くな」
焦り、ヒューズの方へ駆け寄ろうとしたゲイルはヒューズの言葉が理解できずに固まった。
「どう言うことだ?」
「ナギもメリも動くな。もういい。僕らの仕事は終わった」
通路から次々と魔獣が現れる。魔石もちも数体含まれているが、さっきのやつのように2つ魔石を持つようなものはいない。戦って勝てない相手ではないように思えた。
「俺がやる!」
ゲイルは複数の魔獣に大剣を向けるがそれをヒューズが止める。
「邪魔になる。やめろ。ゲイル」
「何言ってんだ?おまえ」
「何処で差がついたんだろうな……」
ヒューズがそう囁いた瞬間に複数いた魔獣の首は飛び、全部が一斉に倒れる。一瞬の出来事でヒューズ以外は状況を理解できなかった。
ヒューズの隣にはさっきまでいなかった1人の少女が立ってヒューズを見つめていた。その子が持つ剣は魔獣の血で濡れている。
「助かったよ。ヒーラ」
そこにはヒューズが小さな頃から見てきた天才がいた。
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