第三話『ハーダル村』
シーナ、そしてヒューズ、シーラはアーザル国首都ヘンリルの転移陣の前に来ていた。転移陣とは人族領アーザル国の都市、村に置かれており、そこに行けば好きな場所へどこへでも行くことができる。ただ、大きな積荷などは転移できず、まだ街道を通じてトルッテルという魔物が引く魔車で運ばれている。
シーナたち三人は店の中に入る。店の中には、受付、そして奥にはいくつもの魔法陣が置かれている。それが転移陣だ。店の床にいろいろな形の図形で描かれた魔法陣は人を転移させる際、淡く光っていた。
「ハーダルまでお願いします」
「ハーダル村の転移陣はあちらです。ご案内しますね」
シーラが受付で目的地を伝えると受付の人が三人を案内する。三人は言われた魔法陣に立つ。
「それでは」
受付の人がそう口にした瞬間、周りの景色が一瞬で変わる。目の前が石のレンガ作りの建物から木の古びた建物になっていた。魔法陣の数も一つだけ。その木の古屋の隅には老婆が一人寝息を立てて寝ている。
ーーいったい何が起こった?
「母様、ここは?」
「ここがハーダル村よ」
たった一瞬の出来事。初めての転移は意外とあっさりと終わってしまった。
建物から出ると周りはアーザルとは違い木で作られた低い家がぽつんぽつんとあるだけ。その村の周りは森で囲まれていて、その森は山脈に囲まれている。良く言えば自然豊か、悪く言えば田舎臭いと言ったところだ。
「山の盆地にこの村はあるんですね」
「転移陣がない頃はこの村に行くのに数日かかったそうよ。便利な時代になったものよね」
こんな森と山に囲まれた場所に昔はどうやって来ていたのかと想像すると恐ろしいだろう。山脈を超え、大木が生い茂る森を行かなければ辿り着けないのだから。
「なんでこんな不便なところに……?」
「昔の騎士の訓練場だったそうよ。アーザルの騎士の人たちが国からここまで訓練に来ていたんですって。来るまでで、もう訓練になるからね」
「たしかにここまで来るの大変でしょうからね」
「そして騎士の人たちがここについたら「はぁダル」って言うからハーダル村なんだってさ」
シーラの説明にヒューズが付け加えた。シーナは少し苦笑いを浮かべながら、しょうも無さすぎる村の名前の由来にがっかりする。そんな時、
「あらシーラさんやないね」
村の道を歩いているといかにも田舎なおばさんがシーラに声をかける。
「ナヤおばさん!元気でしたか?」
「元気も元気よ。そこにいるのはヒューズくんね?大きくなったなぁ」
ナヤおばさんはシーラだけでなくヒューズのことも知っている。ヒューズも何回かここには来ているのだ。ナヤおばさんはヒューズの頭を撫でまわし、シーラの横にいる一人の少女に目を向けた。
「そいでそこの可愛い子は?」
シーナは自分のことだと分かったため、礼儀正しく挨拶をする。
「シーナ・オルスタルです」
「あら。よくできた子やね。まだ小さいのに」
ナヤおばさんはシーナの大人びた自己紹介に驚きを隠さないでいた。シーナは歳にしては精神年齢が高い。街の人にも毎回驚かれていた。
「頭もいいんですよ。私に似たのかしら」
「はっはっは!間違い無いわ」
ナヤおばさんの大きな笑い声が村中に響くが村は人が少ないため迷惑にならないのだろう。
ナヤおばさんからいくつか野菜をもらい、祖父の家へと三人は歩き出す。
村で一番大きな家。そこが祖父ノストラル・オルスタルの家だ。ヒューズが扉をノックしようとした時、シーナの体が宙に浮く。一瞬ドキッとして冷静に前を見ると知らない老人から脇を抱えられ高い高いされていた。
「これがシーナちゃんか!可愛いな。まったくサナスに似とらん!シーラさん似じゃな」
その老人がシーラの方を見てそう口にした。まさかと思いシーナはその老人に尋ねる。
「爺様?」
「そうじゃよ。わしがノストラル・オルスタルじゃ」
ノストラルがシーナを下ろし、ヒューズからお土産を受け取ると三人は家へ入るよう促された。ノストラルはサナスとはまったく違った印象を持つ。サナスの恐ろしく、無愛想な一面をまったく感じられなかった。だがその裏でそこの見えない実力だけは感じられる。シーナは自分が持ち上げられた時、何が起こったか分からなかった。恐ろしく速く、気配がないのだ。
「爺ちゃん稽古お願い」
「わかっとる。シーナちゃんとシーラさんは村でも回ってきたらいい」
ヒューズはサナスと話してる時とは違い、心に余裕があるようで、時には笑顔を見せる。笑顔などサナスがいる時には一度も見せたことがない。それだけサナスとヒューズの関係は悪いのだ。そしてヒューズは鉄の剣をノストラルは木の剣を持ち家の庭へ出ていった。
「シーナ、私たちは村を見にいきましょう」
「はい」
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村は野菜の畑がほとんどで自然を感じられる。ただ虫が多くシーナは少しイラついていた。
ーーうっとうしい……。
「火よここに」
シーナがそう唱えると炎の玉が手のひらに現れ、それをポイっと空中に投げると弾け、火の粉が飛ぶ。昨日、カーラから教えてもらった下級の呪文だ。
「こら、シーナ畑に飛ぶでしょ」
「虫が近づいてきて嫌なんです」
「このくらいの虫我慢しなさい。何もしてこないわよ」
シーラはそう言うがシーナは納得できない。虫は何を考えてるのかも分からないため、魔物なんかよりずっと嫌いだ。火を出す魔法は火花が飛ぶため今度は電気魔法を使ってみる。
「雷よここに。いたっ!」
その電気は自分に流れ手に激痛が走る。怪我はしていないようだが痛みが残る。
「悪いことしようとするからよ」
「電気魔法って何のためにあるんですか?自分にはね返ってきますよ」
「下級の呪文は子供が遊ぶためにあるらしいわよ」
「なるほど……。水と火の魔法は実用できそうですけど……。」
シーナは自分が子供騙しで浮かれていたことを知り、少し恥ずかしくなった。呪文は中級からが実用するためのものだ。そうこうしていると二人は誰からか声をかけられる。
「お!誰かと思えばシーラさんか!」
椅子に座ったシーナの知らないおじさんがシーラのことを呼んだ。またシーラの知り合いだろう。横にはもう一人おじさんがいる。どちらも歳はノストラルと同じくらい。
「ベントさんとハミルさん。お久しぶりです。こっちの子はうちの子です」
「シーナ・オルスタルです」
「似てるなぁ」
「あぁ似てるなぁ」
ベントとハミルは二人してそう口にする。
「シーナ、この二人はお爺ちゃんと同じ騎士部隊だった人たちよ」
「ノストラルが引退するのと一緒に引退したんじゃ」
「引退しないと隊長させられる所だったからな。そういえば今の隊長はサナスだったな。あいつも偉くなったもんじゃ」
「剣の腕はもうわしらを越えとるじゃろ」
「はっは!そりゃそうじゃ。あのノストラルの子じゃぞ」
二人がサナスについて話すのを聞いてシーナは少し嫌な顔をした。あまり好きではない父の話は聞きたくない。
「あの、爺様は騎士部隊でどんな隊長だったんですか」
シーナは二人に質問する。サナスの話題を逸らすためと単純に祖父のことを知りたかったのだ。
「なんじゃ知らんのか?」
「アーザル国第一騎士部隊を最強にした男じゃぞ」
二人は興奮気味ノストラル・オルスタルを語り始めた。




