第四十三話『第七騎士部隊副隊長ドルト』
「く…苦しい!」
「あ、すまん」
ヤスは力を抜き、シーナを地面に置く。シーナは少し痛そうな顔をしてから
「すみません」
「勝手なことしやがって。ドルト、婆さんと小僧二人を担げるか?集団に追いつくぞ!」
「あぁ!」
ドルトはハルセと少年を担ぐとヤスももう一度シーナを抱えて走り出した。集団と離されたが今ならすぐに合流できる。
「『シーム』ってあんなに強い魔法なんですね」
「あぁ。俺も知らなかった。強いってのは聞いてたが魔獣を一発で仕留めちまうなんて」
シーナは自分の少しヒリヒリする手のひらに回復呪文を唱える。
「あいつらがいる。追いついた」
集団の背中を見つけそうヤスは言った。だがそこにいたものは皆勢いよくヤスたちの方に駆け出す。
「な……どうした!?」
「また魔獣がでた!三体顎のでかいやつだ」
一人の男が走りながらヤスに伝えると隣にいたドルトが老婆と少年を置いてすぐさま魔獣に向かって走り出す。
「ヤス、俺はやるべきことをする」
その背中は不安と恐怖に支配された男ではなく、第七騎士部隊副隊長の背中だった。
「ヤスさん…私たちも」
「やれるんだな?」
「はい」
ヤスはシーナを抱えたままドルトの背を追うように集団とすれ違う。その最後尾にはベリーがいた。
「ベリー!」
「騎士の四人が戦ってる!」
「あの集団をどうにかしろ!」
「分かった!」
ドルトは剣を抜き、魔獣に立ち向かう。一般騎士の四人が二手に別れて一匹ずつを相手にし、ドルトがもう一匹を任される。
大顎から繰り出される破壊的な攻撃をステップで避け、間合いを詰めるが決定的な一撃には繋がらない。時間を使って隙を伺うことも考えるが一般騎士は死と隣り合わせだ。もう猶予はほとんど残っていない。
「くそ……」
一旦大顎魔獣と距離を取り体制を立て直すがフリーになった魔獣は一般騎士へと襲いかかる。その顎が騎士の命を奪おうと近づいた時、ドルトは距離を詰め顎を弾くように剣を払った。
「硬い……」
顎には少しの切り傷しか付かず、隙を生み出すこともできない。そんな時、騎士の一人の槍が折れ、形勢がまた不利な方へと傾いた時、
「そこの騎士二人どけ!」
「エペラルシーム!!」
全ての音を消し去る爆音と視界を曇らす砂煙と共に、魔獣一匹が討伐される。
「思ったより衝撃あるんだな」
「手がヒリヒリする」
シーナは魔獣へ手のひらを向け、ヤスはそのシーナを抱えている。
「もう一発!」
「はい!」
シーナがもう一度『シーム』を放とうとした時だった。
「もういい」
シーナとヤスが作った一つの隙。それをドルトは見逃さない。天神流表奥義『天の川』。ドルトは壁を踏み台にし、地面と平行に剣と体を動かす。その瞬間二匹の魔獣の首は刎ねられ、鈍い音と共に地面へと落ちた。
「すごい…」
「かっこいい」
「助かった」
騎士たちはシーナ、ヤス、ドルトへ感謝を述べ、周りの警戒を始めた。
「すまない」
ドルトは剣を鞘に収めるとヤスとシーナに謝罪し、集団の後方へと下がっていく。
「おい!」
「もっと俺が強ければ……」
ーーーーーーーー
体制を立て直され、ドルト一般騎士一人が後方、ベリーと一般騎士三人が前方、シーナ、ヤスが中央を歩く。
「後どれだけ『シーム』を放てる?」
「好きなだけ」
「そりゃいいや。婆さんたちは遅れないようもっと前を歩け」
「分かったよ。ほらばあちゃんと前に行こうね」
ハルセは少年の手を優しく引くが少年は前へ行こうとしない。
「お姉ちゃん……」
出会ってからはじめて少年は言葉を発した。それはシーナにむけられた言葉だった。
「なんですか?」
「ありがとう…。助けてくれてありがとう」
少年はそうシーナに告げるとハルセと共に前方へと移動していった。
「私は……あの子を守ってあげれたんだ」
「あぁ。あいつだけじゃない。おまえは俺ら全員を今救ってる。まだ気を抜くな。全員生還。それが俺たちの目標だ」
ヤスの強く握られた手には強い意志が込められていた。
「素が出てますよ。悪い人のフリはどうしたんですか?」
「生意気なガキだな」
束の間の会話。それはシーナとヤス二人の不安を和らげた。暗くなってしまった辺りを光の呪文で照らしながら、集団は南区後方へと近づいている。全員での生還。それはもう夢の話ではなくなっていた。
そしてその目標を後押しするかのように希望は紡がれる。
「おい!あれ!」
「たくさんの騎士だ」
皆が口々にそう呟いた。集団を包んでいた恐怖と不安が一気に晴れていくのをシーナは感じていた。
「我々は南区後方から避難遅れの方々の救助に参りました!」
「何人?」
「数は数えてないが四十はいる。ここにいる奴らの他に生存者は確認できてない」
前方を歩いていたベリーが騎士へ状況の説明をしている中、皆は騎士から水などを受け取っていた。
「この人数いても危険ではないとは言えません。気を抜かず南区後方へ!」
一人の騎士が呼びかけ、複数の騎士が避難民を囲うようにして歩き始めた。ヤスとシーナは後方を歩くドルトの方へと足を運んだ。
「ドルト、おまえのおかげだ。よくやってくれた」
「俺は本当に力になれていたか?」
「は?」
「なれていました。ドルトさんがいなかったらハルセさんやあの子もどうなっていたか」
「違う。あの二人を救ったのは君だよ。シーナちゃん。あの二匹の魔獣も俺がいなくても倒せていた」
「卑屈になってんじゃねぇ!いなくても倒せたじゃねぇよ。倒したのはおまえ。それだけでいいだろ」
「ヤスさん……静かに」
ドルトへ対するヤスの怒号は騎士から注意され、ドルトからの返事ももらえぬまま南区後方へと続く一本道へと差し掛かった。
「ふぅ…やっとだな。クソガキ」
「はい。やっと…」
「ウォーーーーーン!」
シーナの声を遮るように魔獣の咆哮。騎士はすかさず周りを警戒する。だが次の瞬間、一人の騎士の腕が吹き飛びヤスの頭に直撃する。
「うっ……」
ヤスは倒れ気を失っていた。
「ヤスさん!」
魔獣の姿が見えない。シーナたちはまた恐怖へと支配される。腕を失った騎士はしゃがみ込み無くなった腕がついていた方を残った腕で必死に抑えていた。
「ウォーーーーーン!」
また鳴き声。その時シーナは感じた。急速に近づいてくる魔力の気配を。
「ドルトさん後ろ!」
シーナの声に反応し、ドルトは死角からの攻撃を剣で弾き返した。その攻撃は重く、ドルトが弾き返したにもかかわらず反動でドルトも後ろへ吹き飛んでしまう。
「なんだこいつ」
光の呪文で魔獣を照らし、姿を確認するとそこには一匹の犬型魔獣がいた。だがそれはシーナが討伐したものとは比べ物にならないほど大きく、残酷で、非道な見た目をしていた。
「骸骨?」
骨で形取られたその魔獣は首元に魔石を持っている。
「魔石持ち……」
「全員下がれ!」
ドルトは剣を魔獣は向け、そう全員へ命令する。
「隊長たちの仇ではないが同じ魔石持ち。おまえは俺が殺す!」
握る剣は震えていた。だがドルトは魔獣の前に立ち、戦闘の体制をとった。
「協力して……」
「俺一人でやる。ヤスと他のみんなを連れて逃げてくれ」
「ドルトさん」
シーナはか細い声でドルトの名を呼んだ。
「ずっと誰かを守る騎士に憧れていた。だから父に無理を言って騎士部隊へと推薦してもらったのだ。当時騎士隊長を務めていた父ならそのくらいは容易かった。自分の実力で大した実績も上げられず人の手柄で副隊長になった俺は憧れの誰かを守る騎士になれていなかった。やっとここでなれるんだ。行け。シーナ。君は俺よりもっと多くの人を救える」
「なんで……そんなこと」
ドルトは魔獣へ攻撃すると見せかけ、背後へ回るとそのまま闇に消えるように走り去っていく。それを追い、魔獣も南区とは逆の方へと姿を消す。
「あとで加勢に行く!彼の勇気に敬意を払い他の全員を南区後方へ!」
騎士の一人が掛け声をかけ、全員がまた歩き出そうとした時、それは暗闇から飛んでくる。
膝をついてヤスに回復呪文を唱えていたシーナの膝先にそれは落ち、鈍い音を奏でる。
ゴーサル祭ではじめて触れたあの感覚。あの匂い。生ぬるく、濃い赤色をした液体がシーナにベッタリとついた。
ずっと我慢していた尿は漏れ、自分の意識が暗闇へと落ちていく中、最後にシーナが目にしたのは血に濡れ、頬から顎までが欠けたドルトの頭だった。




