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小さき魔女と失われた記憶  作者: 沼に堕ちた円周率
魔獣災害編
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第三十六話『始まりの咆哮』

 

 師匠との特訓がなくなってから約半年、シーナは一人で街を探索することが日課となった。暇を紛らわすのにちょうどいい。もちろんユーリやヒーラも遊びに来たりするのだが、こない日がほとんどだ。


 そんな日々ももうすぐ終わりを告げる。シーナが入学する時期が迫っているのだ。だからこの暇な日を我慢して、こうやって街を探索している。入学したらこの街から離れる。ときどきしか見れなくなる街の景観を今のうちに楽しんでおこうと思っていた。


 そんなシーナは杖を片手にスキップしながら細い道を歩いていた。ちなみに魔法の方は師匠との特訓がなくなってからほぼ上達はしていなかった。


「や、やめてください」


 そんなシーナは少女の声をきく。明らかに助けが必要そうな声だ。


「だ!誰か!」


 シーナはすかさずその声の方に走る。迷いはない。杖を強く握りしめて感覚を研ぎ澄ませる。


「三人」


 シーナは魔力感知で探り、三人の子供を見つける。


「どうしたんですか」


 そこにはシーナと同じくらいの少女と二人の少年がいた。


「何だお前」

「一体何をしているんですか」


 シーナは威圧してくる少年二人に強気で出る。こんなことができるのも攻撃魔法で対処できるようになったからだ。さすがに喧嘩で男の子に勝てる気はしないが魔法があれば別だ。


「やんのか?」

「おっと、近づかないでください。その子からも離れて」


 杖を二人の少年に向け、そう命令する。


「あ?何だその杖。魔法でも使おうってのかよ」


 少年の一人がそういうと二人で笑い出した。


 シーナは少しむかついたので、一発地面に魔法を打ち、わからせる。放った魔法は地面に当たると、地面には少し傷がついた。


 たかが知れた攻撃魔法だ。下級の魔物を殺すのにも数発必要だ。だが子供を脅すくらいにはちょうどいい。


 二人の少年は泣き出しながら、逃げていく。


「大丈夫ですか?」

「ありがとう」


 シーナは少女に駆け寄ると手を差し伸べる。少女は手を取り立ち上がると少し足のほうを気にした。その方に目をやると少し擦りむいている。


「少しじっとしていてください」


 シーナは擦り傷に手を近づけ、回復の呪文を唱える。


「癒しをここに」


 軽い怪我ならこの呪文で一瞬で治ってしまう。呪文が廃止が反対される一つの理由だ。


「魔力結構使っちゃうのに……」

「この程度は全然大丈夫です。魔力量には自信があるので」

「そっか魔法使ってたし、魔法学院に行く人ならこのくらいの魔力は普通なのか。私は無理かな」

「そんなことないですよ。とは簡単には言えないですが諦めないでください」


 その少女の魔力は見たところ少ない。おそらく魔法学院に行っても中級魔法師くらいが限界だろう。


「お名前は?」

「ミイ・ソルト」

「私はシーナ・オルスタルです」


 そう名乗った時どこからか声がした。


「なんかあったのか?」


 シーナは声をする方に振り向く。だがそこには誰もいない。いったい今の声は何なのだろうと思い、周囲を探すが人の気配はない。


「あの……」


 やはり自分の聞き間違いかと思いシーナはもう一度ミイとの会話を再開する。


「この先を出たらフーリドル通りです。行きましょう」

「あの……」

「シーナお姉ちゃん。私の右の方を目を凝らして見てみて」

「それはどういう……」


 ミイから言われたとおりに目を凝らしてよく見てみると薄っすらと人影のようなものが見えてくる。さっきまで何もいなかった場所に人が現れたのだ。


「だ…誰ですか!」

「あの……さっきからいたんだけど…。僕はソルト・キース。この子の兄です」

「え?ソルト・キース……?」


 この時、シーナは少しの違和感を覚えていた。だがそんなシーナを置いてけぼりにして話は進んでしまう。


「ごめんね。お兄ちゃん影が薄いの」

「まったく気づきませんでした。いつからいたんですか?」

「ついさっきだよ。フーリドル通りにいたら泣いた子供たちが路地裏から出てきて気になって来てみたんだ。それより何があったの?」


 そう言って事情を聞くソルトはヒューズと同じ騎士学校の制服を着ている。ミイがシーナに代わって事情を説明している間、影が薄すぎるソルトを見失わないよう目に力を入れていた。そのせいか目が乾き、少し赤くなっている。


「そんな凝視しないといけないくらい影薄いかな?」

「はい。かなり。今喋っていても見失いそうです」


 容赦のないシーナの返答に傷つきながら事情を聞いたキースはシーナに礼を告げる。


「ありがとう。シーナちゃん。妹を助けてくれて」

「いえ……。名前……なんで?」

「ヒューズの妹だよね?」

「はい、そうです。兄様と知り合いなんですか?」

「うん。学校で仲良くしてる。ヒューズにも今日会ったこと伝えとくよ」

「たまには帰ってくるように言っておいてください」

「わかった」


 そうしてフーリドル通りに出た後、シーナはミイ、キースと別れ、また街の探索を再開した。


 ーー日常が崩れる時が一刻と迫っているとも知らずに。


ーーーー


「起こるのですか?魔獣災害が」


「あぁ。奴の力が感じられなくなった」


「力?」


「魂の無いものを小石に変えていたその力がゴーサル迷宮から消えたのさ」


「だから禁忌級の魔物はいち早く石龍の死に気づいたのか……」


「おまえたちもどっかの禁忌級の魔物から聞いてここに来たのか?」


「私が聞いた訳ではないですが。ヘリス様からのご命令です。ブライドもここに来ているそうです。おそらくはアーザルに捕まっている仲間を解放しに来たのでしょう。この機に乗じてシーナ・オルスタルを狙うかは分かりません」


「彼女のことは私がみているよ」


「それはありがたいです。ブライドの方は仲間を数人向かわせましたが私も向かうことができます。ですが……なぜ?」


「なぜとは?」


「なぜあなた様が彼女を守るのですか?誰と契約を?」


「契約なんてものじゃない。恩を返してるだけさ。……さぁ。くるよ。人々が築き上げた日常も、当たり前だと思っていた平和も、強固だと信じていた兵力も、その全てを壊す厄災が……」


 フードを被り顔を隠した一人の男は神聖なる魔物に一度頭を下げ、その場を去った。


ーーーー


 街中に多数の地面の盛り上がりが現れる。それは大通りや路地裏、家の床などあらゆるところから出現した。


「なんだ?」

「お母さん!床が変だよ!」

「おいおい、誰だ店にこんなことしたの?」

「おい道が変になってるぞ!」

「まさか……これって」


 人々はその異変にすぐに気づいた。だがもうそれは手遅れ。その盛り上がりは次第に膨れ上がり、そこから魔獣が出現する。街中の人は悲鳴を上げ、逃げ惑う。


 丸く肉の塊のような見た目の魔獣だった。紅い肉塊は飛び跳ねながら人々に近づいていく。その塊には目や耳などというものはなく、鋭い歯のついた口があるのみ。生きるために殺す魔物とは違い、殺すために殺すことが彼らの存在意義なのだ。魔獣は無惨にも人を襲い始めた。そして地獄は始まる。


ーーーー


「本当に始まるとはな……」


 第一騎士部隊副隊長ソル・メゾスは腰につけた剣を握らしめた。石龍が死ぬかもしれないという噂は街中の誰もが知っていた。だが誰も信じない。信じたとして何を対策するのだと諦める者もいた。各国もろくな対策などできずこの日を迎えてしまったのだ。


ーーーー


「はぁ……はぁ……」


 ーー死にたくない。


「くは……は…」


 シーナは息を切らしながら走り続けていた。街中から現れる魔獣から逃げるため。そして人の死体から気を逸らすため。

 

 手にはしっかりと杖を握りしめていた。だが自分の魔法でどこまで太刀打ちできるかなどシーナはわからない。


「がは……」


 道の少しの段差につまずき、顔からこけてしまう。顎を擦り剥き、傷になっていた。もう限界はきていた。足に力は入らない。まだ八歳のシーナはそんな体力もある訳ではない。そんな時、ちょうど足元の地面が膨れ上がり、そこから魔獣が現れる。


「やっ!」


 その魔獣に向けて自分の最大限の魔法をぶつけた。肉が潰れる音、焼ける臭いと共に魔獣は吹き飛び、動かなくなる。その隙に立ち上がりまた走り出す。だが逃げることに迷いのなかったシーナを掻き乱す存在が現れる。


「お父さん!お父さん!」


 首のなくなった父親の手を握り、泣き叫ぶ少年がいた。シーナより歳下であろう少年の手は血で真っ赤に染まっている。近くには肉塊型の魔獣が一匹。血に濡れたその歯は今にも少年を襲おうとしていた。


 シーナは腰を入れ、杖を魔獣に向け、魔法を放つ。閃光は狙い通りとび、魔獣に直撃した。しかしさっきのは当たりが良かったのだろう。今回の魔獣は一発では仕留められなかった。


「クソっ」


 シーナは少年に近づき、手を引っ張って自分の後ろへ移動させる。少年の手から父親の手は離れ、力無く地面へ倒れていく。その死体をできるだけ見ないようにし、吐き気も堪え、魔獣にもう一発魔法をぶつける。吹き飛んだ魔獣はそのままただの肉塊へと変わった。


「はぁ……はぁ…。はぁ……」


 シーナは涙を流すだけの少年の手を引き、一歩、一歩と歩いていく。安全な場所はどこなのか、あるのかすらも分からない。だがただひたすらに歩いていく。その場に止まるよりマシだった。


 人々の悲鳴は街中を駆け巡り、魔獣の咆哮は魔獣災害の始まりを告げる。

 

  


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