外伝『不穏な迷宮』
時間軸は『最強の騎士二人』まで戻ります。今後のストーリーに大きく関わりますのでよろしくお願いします。
アーザル国の宮殿に三人の騎士が招かれていた。一人は年老いた老人、もう一人は全身に毛が生えた獣族の女、もう一人はまだ若い青髪の青年だった。
「わしらを集めるということは何か大事があったんじゃろう?」
「本当だ。まさか魔王軍の私まで呼びつけるとは。アーザル王もさぞかし焦っているようだ」
獣族の女ーーバルは目の前に座るアーザル王に目を向ける。
「ゴーサル迷宮の異変は知っていることだろう。魔物が迷宮から出ることが多くなった。長年にわたって保たれてきた迷宮の生態系をくずす何者かが生まれたと考えられる」
「それの討伐か」
「察しが良くて助かる」
ノストラルは王との付き合いも長い。何を考えているのかも大体は予想もついていた。
「お言葉ですがその魔物はどのようなものか分かっているのでしょうか?せめて階層だけでも分かっていなければ、討伐は難しい」
青髪の青年ーーアルフォントは今回の討伐がどれほど困難なものなのかを一番理解している。数度迷宮に入り、上層、中層には至ったものの下層の入り口を見つけられていないからだ。もし下層にその魔物がいた場合討伐はこの三人でも難しい。倒すことより見つけることがだ。
「情報は一切ない」
「馬鹿らしい。私は今回の件は降りさせてもらう。魔族領は関係無い。魔王様も私がやりたくないなら帰ってきていいとおっしゃっていた。帰らせて……」
「石龍が危険な可能性がある」
去ろうとするバルに向かってアーザル王はそう口にした。
「可能性だ。石龍は禁忌級。そうやられない」
「言い伝えによると石龍は無生物……魂の宿っていないものを石ころに変えることができますが単純な戦闘力は低いと言われています。もしかすると……」
「あぁー。わかった。だがもしその正体不明の魔物が下層に到達してるならもう手遅れだろう?アルフォント、私はおまえが下層への入り口を見つけられなかったって聞いてるぞ」
「えぇ。その通りです。下層まで到達していれば手遅れでしょう。だからこそです。時間が過ぎればその魔物が下層に到達している可能性が高くなる。まだ上層、中層にいる可能性がある今、行くべきでしょう」
アルフォントはそう説得した。バルも耳をかきながら同行を承諾し、三人の騎士は迷宮へと向かう。
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トルッテルの引く魔車に揺られながら、三人は迷宮へと向かっている。
「ノストラル、ついたら私と手合わせしよう」
「よかろう。老いぼれには手加減してくれ」
「誰が老いぼれだって?まだまだ剣の腕は上がってるって聞くぞ」
「そんなわけなかろう。アルフォントやお主のような若い頃のようには体が動かんぞ」
「魔力の流れを速くして身体能力をあげる闘術の使い手ノストラル。あんたの闘術は一般人のそれとは別格なんだよ」
闘術は魔力の流れを速くするとは言っても魔術師の魔力操作とは違う。魔力操作は魔力を外に出す技術で闘術は体内の魔力を全身に巡らす技術。まったく別のものだ。魔力操作が魔力を感知しなければできないのに対して、闘術は感知せずとも感覚で修得することができる。
「たしかにノストラルの闘術は素晴らしい。あれほど速く魔力が巡るのを僕は初めて見ました」
アルフォントもバルに同意して話に入ってきた。ノストラルの闘術は一般の騎士とは比べ物にならない。それは世界の共通認識だ。
「アルフォント殿からそう言われるのは実に光栄じゃな」
「アルフォント、おまえが言うと嫌味にも聞こえるがな」
「そんなことありません。僕はたいした闘術は使えませんから」
「おまえは闘術も剣術もたいしてできないんだったか?」
「たしかに僕は闘術も剣術も一般騎士より少しできる程度です」
「じゃが、お主にわしは勝てん」
「あんただけじゃないさ。ノストラル」
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三人はゴーサル迷宮のあるゴーサル森林へと到着していた。剣と剣がぶつかる音が森を駆け巡る。
バルが動物のように四本足で走り、ノストラルとの距離を詰めるがノストラルは一瞬のうちにバルの背後へと身を移す。ノストラルの剣がバルの首へと近づく寸前、バルは飛び上がり木々を使って加速していく。
「速いのう。それがお主の才か」
「『高速の才』は魂の宿らないものを加速させる才だ。この速度は私自身の力だよ」
バルは縦横無尽に木々の間を飛び回り、ノストラルの隙を見つけ一気に距離を詰めた。だが、その攻撃もノストラルから受け流される。その時、
「ん?小石か」
ノストラルにすごいスピードで飛んでいく小石。バルが『高速の才』の力で小石を飛ばしたのだ。ノストラルはそれを全て避けると小石はそのまま進み、木の幹にめり込んだ。
「さすがだ。ノストラル!」
バルは今の隙を活かしてノストラルの背後に回っていた。そのままノストラルに攻撃を仕掛ける。
「甘いな」
ノストラルはバルの手首を掴むと足をかけ転ばせる。バルが頭を打って意識が朦朧とする中、ノストラルはバルの首元に剣を近づけた。
「勝負合いましたね」
そばで見ていたアルフォントがそう口にする。この勝負はノストラルの圧勝だった。
「やっぱりこのジジイ強い!」
バルは悔しそうに手足をバタバタさせ、もう一戦と起き上がった時、三人を呼ぶ声がした。
「準備が整いました。どうぞ迷宮へ」
「ありがとうございます。鬼族族長メルフ」
「基本魔物の等級は上層が上級、中層が超級、下層が極級、神級と分けられています。ですが最近は超級の魔物も迷宮から出てくるようになっております」
「つまり、上層、中層の均衡は崩れているということじゃな」
「えぇ。もし、中層で極級と出会しましたら、その時は」
「もうすでに目標は下層に到達している。あるいは下層で生まれた魔物。どっちにしろ手遅れ」
「そういうことです」
「そうならない事を願うとしよう」
ノストラルたちは不安を胸に迷宮へと入っていく。
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三人は何の障害もなく上層を突破した。それもアルフォントが既に中層への入り口へのルートを見つけていたからだ。洞窟のな中は湿気が多く、薄暗い。灯りは魔性石の種類である『発光の石』を使っている。さすがに『発光の石』の効果が切れる前には目標を見つけたい。
「なかなか魔物が多くなってきているな」
そう言ってバルは剣を構え、洞窟の天井へと突き刺した。すると天井からは青色の液体が流れ出る。
「擬態ネズミか」
天井にいたネズミは血に落ち、息たえた。ネズミにしては大きく、鋭い歯を持っている。そして退化したのか目がなかった。この洞窟にいる魔物は皆、地上のものとは違った異質な感じを漂わせている。
「ノストラル、これを見ろ」
バルは洞窟の岩を指差し、ノストラルとアルフォントはそれに目を向ける。
「これは……」
そこには刃物か何かで傷つけられた跡があった。だがそれがおかしいことはその場にいた三人ならわかる。迷宮を管理している鬼族は上層までしか訪れることはない。そして中層をこれまでに訪れたと記録に残っているのは三百年前の【二等星】たちとアルフォントのみとされている。
「僕の剣ではありません。三百年前の傷が残っていたと考えるのが妥当でしょう」
「それにしては傷が新しい感じがするなあ」
「まあ深く考えても進まない。いくぞ」
バルが先を行こうとした時、ノストラルは剣を抜いた。ノストラルの剣はバルの頬を掠め、バルの顔に飛びつこうとした魔物を貫く。血飛沫が飛び、バルは尻もちをついて、後ずさった。
「惚れそうになったぞ。ノストラル」
「すまんがわしの心は亡き妻に捧げてある」
「そうかい」
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下層の入り口を探しながら目標の魔物を探して中層の奥まで進んでいた。すると三人はつららが垂れ下がる広い場所に出た。
「分かれ道が多いですね」
「どれにする?」
「端から順に行くとしよう。じゃがその前に……」
「お客さんが多いな」
「どちらかというと僕らがお客の立場なのでは無いでしょうか?」
「お前は真面目すぎだ」
三人にすごい勢いで飛びついてくる魔物。少し前にバルを襲った魔物と同じ種類のものだ。手足が八本、特に足に当たる部分はかなり丈夫で凄まじい脚力がある。その魔物が何十匹と近づいてきていた。
バルは地面の石をいくつか拾い上げると魔物に投げつける。その石は『高速の才』の効果で加速していき、一気に魔物を蹴散らしていった。だが全てではない。何匹かの撃ち漏らしは止まらず三人に飛びついてくる。バルもノストラルも剣でそれを斬り、身を守った。
「アルフォント、お前今回何もしてないだろ」
「いえ、僕が何かする前にお二人が終わらせてしまうので」
「アルフォント!!」
ノストラルはアルフォントに近づく魔物に気づき、剣を振るう。だが、その剣は間に合わない。魔物がアルフォントを襲う方が早い。ノストラルは途中で手遅れだと悟った。
「ああ、お構い無く」
アルフォントは落ち着いた声でそういうと魔物を右手ではたき落とした。魔物は地面に激突しぐちゃりという音と共に潰れる。
「初狩おめでとう」
「お主が理から外れた存在だったことを忘れておったわい」
「えぇ、僕は……」
アルフォントが話そうとした時、地面は揺れ、そこから出てきた大きな顎がアルフォントを丸呑みにする。息つく暇もない。その顎は途中から動かなくなると思えば、急に暴れ出した。
バルもノストラルも巻き込まれないようその場から離れる。すると肉が裂けるような音と大量の血が洞窟に撒き散らされる。そしてそこには血に濡れた青髪の青年が立っていた。彼の顔は引き攣っており、何かを察したかのように立ち尽くす。そしてアルフォントは口を開いた。
「神級魔物の【大顎蛇】です」
彼を襲った魔物の正体。それは三人に絶望を与えた。
「もう手遅れじゃったか」
すでに迷宮の均衡は下層も崩れていた。
「戻ろう。あとは【石龍】に自力でなんとかしてもらうほかない。もし、石龍が死ねば魔獣災害が起こるじゃろう。各国に備えをしろと伝えるのじゃ」
三百年前の災厄が再び起こる可能性。それはこの世界が一番望まぬ可能性だった。
長い間更新してませんでした。ちょこちょこ更新しますので今後ともよろしくお願いします。




