第三十話『師匠』
アルフォントと別れてシーナとカーラはおじさんの家に着いた。
「それではお嬢様、お昼過ぎに迎えに……」
「大丈夫です。一人で帰ります」
シーナはカーラの言葉を遮り、決意をあらわにする。怖がっていてはいけない。一人で家に帰ることくらいはできるようになりたいと思ったのだ。
「そう……ですか。それでは私は帰ります」
「ありがとう。カーラ」
カーラは一度シーナに頭を下げると向きを変え、家の方向に歩き出した。シーナはそれを見届けるとおじさんの家の扉を何回かノックする。すると髪が伸びきったおじさんが扉を開けた。
「あの小僧はいないのか」
「いません。家が王宮の方にあるので」
「毎日は来れないということか」
「はい」
シーナは家にあがるとおじさんの家の椅子に腰掛ける。昨日の掃除でかなり綺麗になっていて、最初に見たゴミ屋敷とは思えないほどだった。
「師匠!魔力感知の練習始めましょ!」
「あぁ……ってなんだその呼び方は!」
おじさんは違和感のある呼び方をされシーナに聞き返した。昨日までおじさんと呼ばれていたのに急に師匠なんて呼ばれ始めたら誰でも驚く。
「おじさんは私の魔法の師匠なので師匠ですよ」
「やめろやめろ。おじさんでいい」
「いやです。ただでさえおじさんの見た目なんです。私おじさんから魔法教わってたって魔法学院で言いたくないですもん。私には師匠がいて……みたいに話せたらかっこいいじゃないですか!」
「……」
「……」
おじさんとシーナの間に沈黙が生まれた。目と目が合う。
「バカにしてる?」
「してません」
「まぁ、おじさんではあるから反論はしないが少し傷つくぞ」
シーナからいじわるを言われておじさんは心が傷ついてしまった。少し拗ねている。
「気持ち悪いです」
そんなおじさんに躊躇いなく罵倒を浴びせるシーナは側から見ていると鬼だ。シーナは良くも悪くも思ったことをすぐに言ってしまう性格なのだ。
「おまえいい性格してるとよく言われるだろ?」
「実際に私もこの性格を気に入ってます」
おじさんの渾身の皮肉だったがシーナはそのまんまの意味で捉えまったくのダメージを受けない。おじさんのハートだけがボロボロと崩れていっていた。
「始めるぞ」
「はい!師匠」
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だいたい昼過ぎの時間までシーナはおじさんから手をくすぐられていた。ビジュアル的にはいろいろとまずい感じだがこれもおじさん流、もとい師匠流の魔力感知訓練なのだ。
そんな変な訓練だがなんと二日目にして成果が見え始める。
「し…ししょう……」
「どうした?」
「なんかグッて力入れて魔力魔力魔力って思ってると体の中で何かが流れている感じがします」
シーナのその言葉に師匠は驚きを隠せず、持っていたコップを床に落とした。その水は床にこぼれてしまう。
「あぁ。何してるんですか!」
シーナは椅子から立ち上がると台所の方に行き雑巾を取って水を拭き始める。
「おまえ……今なんと言った?」
おじさんはもう一度確かめるかのようにシーナに尋ねる。あり得ないことを二日連続で見るなんてことは滅多にない。
「体の中で何かが流れている感じがします?」
シーナのその言葉を聞いて師匠はもう片方の手で持っていた杖を落とす。
「魔女さんの遺骨!」
床を跳ねながら少し遠くまで飛んでいってしまった。おじさんはそんなことお構いなしに棒立ちになる。
「どうしたんですか?さっきから」
杖を拾って師匠に差し出しながら何がどうしたのかとおじさんに尋ねた。
「おまえ……もう魔力を感知できるようになったのか?」
「へ?でもグッって集中しないと無理ですし、師匠の魔力なんかは感知できませんよ?」
あくまで自分の魔力が流れているのを意識的に感じ取るくらいしかシーナはできない。師匠から最初に出されたお題は無意識的に他人の魔力を感知できるようになること。まだまだ先は長いと思っていた。
「魔力感知で最大の難所は自分の魔力を感じ取ることだ。それにたいていのやつは二ヶ月はかかる。俺のこの方法でもかかるやつは一ヶ月、かからないやつでも二週間だ」
シーナは持っていた雑巾と師匠に渡そうとしていた杖を二つ同時に落とした。床に落ちた雑巾はベチャっという音を出しながら、水を飛ばす。
二人は驚きのあまり言葉が出なかった。
シーナはなぜあんな簡単なことにみんなは二ヶ月もかかるのか。自分はなぜ二日でできてしまったのか。という驚き。
師匠は魔力量だけだと思っていたシーナの魔力の才能はそれ以外もだったことに対する驚き。だが師匠はシーナの上達の原因が才能によるものなのか疑いを持つ。あまりの上達の速度だ。才能などというものでは説明がつかない。才能というよりは感を取り戻したようなものに近いのではないか。
この世界では前世などという考えは魔法学の進歩によって完全に否定された。肉体は魂の器。肉体が死ぬのと同時に魂はこぼれだし、崩壊する。魂が魂だけで動くことはできない。だから肉体の死というものは完全なる死で輪廻転生などというものは存在しないと魔法学の進歩によって証明された。
だが、シーナのそれはそんな魔法学から逸脱していると思わざるを得なかった。
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そこから数十分のシーナの成長は著しかった。力を込め集中しないといけなかった魔力感知はもうすでに少しの意識と集中のみで自分の魔力程度は感じ取れるようになっていた。
また、シーナは初めて自分の魔力量というものを感じ取った。他人の魔力量を見たことのないシーナにはそれがどれくらいなのかは分からないがそれが分かるようになるのももうすぐだろう。
「そろそろ帰りますね」
「あぁ。気をつけろ」
少し長居しすぎたと師匠に謝るが暇してるからと返された。シーナは扉を開け、顔だけ出して外を見る。やはり騎士は朝ほどではないもののたくさんいた。
一度深呼吸をして外に出ようとするがやはり足は動かない。そんなシーナをみかね師匠が声をかける。
「どうした?大丈夫か?」
「すみません。一人で外に出るのが少し怖くて」
「それなら俺が家まで……」
「ダメなんです!」
師匠の提案を言い終える前にシーナは拒絶した。
「私は一人で外に出れるようにならないと魔法学院に行けない。私はずっと魔法に憧れていて夢だったんです。だから私は一人で外に出れるようにならないと……」
震える足を抑え込む。
ーーどうして……。なんで……。誰かと一緒なら平気なのに……。なんで私一人だと動いてくれないの!
心の中で足に尋ねる。だが足は答えてくれない。ただ黙り続け動きもしない。
そんなシーナの頭を師匠は優しく撫でた。整えられた銀髪はボサボサになる。いつもならイラッとして師匠に向かって二、三度呪文を放つところだが今のシーナはそれすらできない。
「いいか?俺はおまえの魔法の師匠みたいなことはしてやれていない。だがおまえより長いこと引きこもりをしてる。おまえより長いこと外に出ていない。そんな引きこもりの師匠がアドバイスをやろう」
師匠はそう言って扉を開けた。シーナの頭を外の方に向け、彼はこう続ける。
「シーナ、下を向くな。上も向くな。前だけ見て歩き続けろ。そうすればいつのまにか家に着いて、外にも出られてる。おまえに何があったかは知らないが引きこもり師匠からのアドバイスだ」
「下を向かない。上も向かない。前だけ見て歩き続ける」
シーナは呪文のようにそう唱え、扉から足を動かした。一歩、一歩と前だけを見て歩き続ける。
師匠からもらった初めての呪文。それは今までシーナが使ってきた呪文のどれよりも効き目のあるものだった。
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