第二十六話『おじさんとの遭遇』
ゴーサル祭の一件から約半年が経った。あの事件をきっかけにシーナは外が怖くなり、外出することができず部屋に引きこもっていた。あの祭でシーナが覚えているいい思い出はユーリと手を繋いだことと祭最終日に部屋の窓から見た魔法ショーだけだった。
あれから半年、変わったことはシーナが外に出なくなったことだけではない。
「またあんた部屋に引きこもってるの?」
シーナが心の中で悩み、苦しんでいるところを土足で踏みいってくるものがいた。ヒーラだ。髪は半年前から伸ばし始めたらしく、肩くらいまでの長さになっていた。彼女は去年いっぱいで騎士学校を退学し、シーナと同じく暇人になったのだ。ということでヒーラはシーナの家に頻繁にくるようになった。
「兄様はいないのにかなり高頻度で来ますよね。何が目的ですか?」
「は?何よ。あんたが祭から元気がないから仕方なく来てあげてるんでしょ」
「……あの時は…ありがとうございます」
「何?キモチワルっ」
シーナもヒーラに敵意を剥き出しにしてはいるもののあの時のことは感謝していた。ヒーラがいなければ仮面から喉を切られていたかもしれない。
「ユーリは来てないんですか?」
「来てるわよ。下でカーラさんと話してる」
そのことを聞いてシーナは少し顔を顰めた。ユーリはここ最近、カーラばっかり見ている。おそらくカーラにそのような感情を抱いているのかもしれない。シーナ自信ユーリに恋心を抱いているのかは自分でも分からない。ただ、別の女性にユーリが好意を向けるのは少し嫌な気分になる。
「とられてんじゃん!ははは!」
「別に、カーラは綺麗ですし。私、ユーリには興味ありません」
ヒーラに言うのと同時に自分にもそう言い聞かせる。もうすぐで七歳の少女には恋心というものがまだよく理解できていなかった。
「あんたさ、一年中長袖だけど暑くないの?」
「暑いですけど……長袖が好きなんですよ」
シーナは少しだけ顔を下に向けそう答えた。まだシーラやカーラ以外には話す気にはなれない。だがいつかヒーラには打ち明けてもいいのかもしれない。
「変なやつ。外、出る気はないの?」
ヒーラは部屋の窓から空を見上げる。部屋の中にいてはもったいないほどに雲一つなく晴れ晴れとした天気だ。
「最近は母様と買い出しに行ったりするようになりました。でも一人で歩くのはやっぱり怖いですね」
「そんなんだと学院行けないで一生ニートね。魔力量に恵まれてるのに。魔力量あっても変換ができなきゃなんも意味ないし宝の持ち腐れになるわよ」
「途中で学院も騎士学校もやめてる人に言われたくありません」
「は?私は……。なんでもないわ。てか私あと少ししたら第二騎士部隊に入隊するし」
「騎士部隊?ですか?」
「そっ」
基本的に騎士学校を卒業後、一般騎士となり、その中で実力が認められれば騎士部隊の入隊が決まる。ヒーラは騎士学校を退学していながら、飛び級で騎士部隊に入隊するということだ。前例はほぼないだろう。
「私、天才だからね。あんたみたいに魔力量だけのやつじゃないの」
「そうですか。そうですか。ヒーラは読み書き算術をいくつでできるようになりましたか?」
「三歳くらい」
「そうですか。私は二歳でもうすでに読み書き算術を習得していましたよ。遅いですね」
「この生意気な」
シーナの煽りにムカついてヒーラはシーナのほっぺをつまむ。シーナも負けじとヒーラの頬を両手で摘んだ。部屋の中で二人が争っている中、ユーリがドアを開け入ってくる。
「姉ちゃんとシーナは何してんの?」
「「きょいつがわゃるいの!」」
互いに頬を摘まれているため、うまく喋れない。
「仲良いよな」
「「良くない!」」
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シーナは表面上、ヒーラに敵意を向けたり、ユーリに少し冷たくはしているが自分が外に出られないことを気にして来てくれる二人のことは好きだった。いつも通り三人で話したり、本を読んだりして暇を潰したあと、シーナのトラウマ克服のため三人で外に出ることになった。
シーラ以外と外に出るのは半年ぶりでシーナは少し緊張していた。玄関を出ると天からの日差しが強く、長袖だとすごく暑い。
「あまり遠くは嫌です」
「肉屋で串刺しでも買って食おうぜ!」
ユーリの提案に乗り三人は肉屋に向かった。シーナが周りの視線に怯えているとヒーラは黙ってシーナの手を握ってくれる。シーナも差し出された手を弱く握りながら安心を取り戻した。
肉屋に着くとそこの店主がシーナたちに語りかける。
「シーナちゃん久しぶりだな。シーラさんしか最近来てなかったから」
「は、はい。ちょっと調子が悪くて……。引きこもってました」
「ははは!引きこもってたのか〜。おい、あんたと一緒じゃねえか。おじさん」
店主は笑いながら店の中にいる一人の男に話しかけた。髪は伸び、髭も整えられていない。見ただけで嫌悪するような姿の男がそこにいた。
「外でないとあんたもああなるわよ」
ヒーラがそうシーナに耳打ちした。シーナもああはなりたくないと外に出るのを頑張ろうと決意する。
「あのオヤジもぜんぜん外に出ようとしなくてな。やっと半年前くらいにあることがあって出てくるようになったんだ」
偶然か、必然か。半年前はちょうどシーナが祭で命を狙われた頃だった。
「そ、そうなんですか……」
「シーナちゃん魔法学院行くんだったよな」
「はい」
肉屋の店主はシーナに尋ねると一度、男の方を向きシーナたちにだけ聞こえるように小さな声で続ける。
「あのオヤジ魔法できるんだよ。教えてもらったらどうだ?というか相手してやってほしいんだ。お願いできないか?悪いやつじゃないんだよ」
「え……」
シーナは迷う。あんなおじさんとは関わりたくはないものの、魔法学院に入る前に魔法の予習ができるのは嬉しい。この暇で無駄な時間を有効的に使える。
「いいんじゃない。魔法学院は魔術師の家系の子とかは簡単な魔法は入学時点でできたりするわよ。まぁほとんどの子はできないけど」
ヒーラの後押し。シーナの迷いはこの話を受ける側に揺れる。だがそんな時、
「俺にいらん気を使うな」
そう言って男は立ち上がり、店を出て行こうとした。
「おい、あんたもちょっとは人と関わりを持てよ」
店主が止めようとするが男は聞かず、そのまま店の出口まで差し掛かる。そしてちょうどその出口の横にいたシーナと目が合うのと同時に男は立ち止まった。顔は驚きを隠せず、口が半開きになる。そして男はシーナにむかって、こう口にした。
「おまえ……一体なんの魔物と契約を交わした?」
男の意味のわからない問い。シーナは理解ができず首を傾げた。
久しぶりの投稿です。まだ少し休載は続きます。




