第二十五話『祭終』
シーナはアールの血が流れるのをただ見ているしかできなかった。ヒーラやヒューズもアールより不気味なナミリス教を前には一歩も動けない。
「アールさん!!」
「騎士が来たな」
そんな時、そこに現れたのは顔も知らない少年と第三騎士部隊だった。その声を聞くと倒れているアールは微笑み、
「ずっと……つけてやりたかった…。おまえ…たちに…名前を。そんな資格が……ないって…………思ってた……」
「そんなことないよ。アールさん……」
少年は涙を流しながらアールの手を握った。血に濡れた手を強く握る。第三騎士部隊の隊員もその光景になにも手出しができない。ナミリス教のロードはいつのまにかいなくなっていた。
「兄ちゃんのおまえにはセア、弟には……」
そう言った時アールは力尽き気を失う。
「ダメだ!アールさん!」
「ちょっとどいて。本で読んだくらいだけど」
ヒーラはアールの傷口に手を当てる。すると傷が少しずつ治っていった。回復魔法だ。呪文の回復魔法よりはるかに効果はある。
「私も」
シーナはヒーラと同様に傷に手を当て
「癒しをここに」
と唱えた。上級呪文。だがヒーラほどの力はない。
「癒しをここに」
「癒しをここに」
「癒しをここに」
「癒しをここに」
一般の人なら複数回の使用は魔力を大量に使い、魔力切れになるためすることはない。だが、シーナには異常な魔力量がある。シーナができる最大限の方法、シーナしかできない最良の方法だった。
そんな二人を前にして第三騎士部隊の副隊長モールが近くにいる回復魔術師を呼びに行かせる。そうやって皆がアールを助けようと団結し始めた時、
「やめとけ」
男の声が皆の動きを止めた。ボロボロになったイラマスがそこに現れたのだ。手は火傷の痕があり、服は焦げて黒くなっていた。
「お兄ちゃん、なんで?」
モールは兄の空気の読めない言動に怒りをあらわにする。
「ちゃんと見ろ。もう死んでる」
皆に残酷に現実を伝えたその言葉はタルエス兄ーーセア・タルエスに強く突き刺さる。
「うぁぁぁぁあ!!」
セアの泣き叫ぶ声が夜空に響き渡った。
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シーナはヒューズと手を繋ぎ歩いていた。ちょうど家が見えてきた時、
「シーナ!」
そう名前を呼びこちらに走ってくるシーラを見た。シーナは堪えていた涙が溢れ出し、シーラに向かって走り出していた。
「シーナ……」
「母様!母様…」
二人は抱きしめ合い、シーラはシーナの無事をシーナはやっと手に入れられた安心を享受する。シーラの抱きしめる力はいつもより強く、そして暖かかった。
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〈ヒーラ視点〉
「シーナはお風呂に入って休みなさい。ごめんねヒーラちゃんは後でいい?」
「はい」
「ありがとう。シーナを助けてくれて」
「私だけの力じゃありませんから」
ヒーラはそう言って愛するヒューズの方を見る。自分がどうすることもできなく、視界が真っ暗になった時、彼はまた助けに来てくれた。彼はどこにいても自分を見つけてくれる。それがとても嬉しかった。
「シーナちゃんからは後日お話を聞かせていただきます。ヒューズくんとヒーラさんも後日がよければ」
「いえ、私は今日で大丈夫です」
「僕も。そのかわりそちらの知っている情報も聞きたいです」
同行したモールとハラルにヒューズは要望を出す。
「分かりました。それではまずこちらの方から」
「カーラはシーナをお風呂に入れてきて」
シーラはカーラにシーナのことを頼み、席に着く。ヒューズとヒーラ、騎士の二人を含めた五人がテーブルを囲んだ。
「今回の件にはハーダル村で遭遇したという仮面が関わっているようです。そのうち、仮面をつけた老人と中年の男性は……」
ヒーラたちを最初に襲い、ヒーラが撃退した二人だ。
「その二人は死亡が確認されました。二人とも丸焦げの遺体で見つかりました」
ヒーラも予想はしていた。アールとの戦いで現れたロードという人物が言っていた通りナミリス教の仕業だろう。
「また、同じように仮面をつけた老婆と女性は重傷を負っているところを発見し、騎士が拘束、治療した後監禁しています。そしてトンボと名乗った老婆は隊長が交戦。隊長も重傷を負いましたが拘束することができました。そして……」
モールは言いにくそうに顔を下に向け、続けた。
「人斬りアールは先ほど死亡が確認されました。あそこに現れた正体不明の少年は騎士が保護し、事情を聞いています」
なぜかアールを慕っていた謎の少年。そのことを聞いてヒーラはあることを思い出す。
「アールは人質をとられていたらしいんです。たぶんその人質なのかも」
「そちらもこれから調査をしていきます。そして最後に今回の件にナミリス教が関わっていると思われます」
「へ?ナミリス教って……」
シーラは驚き、口を押さえた。ヒューズとヒーラは知っていることだ。アールの人質を逃し、アールを殺し、おそらくその他の仮面を撃退した者たち。だが目的は分からない。なぜ世界の咎人が今回の件に関わるのか。
「分からないことだらけです。仮面の正体、ナミリス教の目的、なぜシーナちゃんを狙うのか。ですので今回の祭が終わるまでは外出はなさらないようお願いします」
「はい……」
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『事件の終結』
その後、ヒーラ、ヒューズ、シーナへの聴取から今回の件に関わっているナミリス教はロードと名乗る男、メールという女、またイラマスに接触してきたハリメス、ヒルミスの四人であることが発覚。祭中、その四人を第三騎士部隊総出で探すも手がかりすらつかめなかった。
また、拘束したトンボ、そして重傷を負っていたトークとソムルは回復したが三人とも何も話そうとはせず、仮面の正体はまだ不明のままである。
正体不明の少年ーーセア・タルエスの自供によりセアが数年前の強盗殺人に関わっていたことが発覚。セアは身柄を拘束されることとなり、西区のスラム街に住む弟は殺人に関わっていないということで第三騎士部隊隊長イラマスが保護する形となった。
そして少年二人を拘束していた仮面二人の行方は不明のまま、この事件は世間には伏せられる形で終結した。
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〈イラマス視点〉
第三騎士部隊隊長イラマスは王都ヘンリルから東に数十キロ、マント山脈を超えた所にある都市ーーバンドに来ていた。上流貴族プロパール・バンド・メルト領である都市の中心にある議会場に足を運ぶ。
「今回の件を揉み消したのはあんたたちか」
イラマスは議席に座り自身を見下ろす貴族たちを問いただす。
「そうじゃが」
「お主も頭があるならわかるじゃろう」
「ナミリス教に正体不明の仮面」
「もしそんな者たちがアーザルの首都で暴れたと他国に漏れればどうなるか」
別々の貴族が代わる代わるにそう答える。
「捜査も取りやめろ」
「下手に首を突っ込むな」
イラマスは一度舌打ちをした後、その議会場を後にした。
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「それでお爺ちゃんはどうするの?よく分からない奴らがサナスの娘を狙ってるらしい。もう先に殺しとく?」
イラマスが去った議会場で少年が貴族達にそう尋ねた。
「下手に殺して」
「ノストラルにバレれば」
「ここにいるものは皆死ぬ」
「放っておけ」
「ハイハイ」
少年は軽く返事をした後、議会場から出る。そして周りを見渡すと道のベンチに機嫌が悪そうに座っているイラマスを見つけた。
「隊長!顔怖いよ?」
「プロパール側近ノフト」
イラマスは隠すことなく嫌がるが、少年ーーノフトはイラマスにダル絡みを続ける。
「ねぇねぇ。今回の件で死人も出てる。一番の解決方法教えようか?それはね。元凶をなくすこと。つまり少女を殺しちゃえばおしまいってこと」
笑顔でそう口にする少年にイラマスは怒りに任せ拳を振るう。顔面に直撃するかしないかの距離まで拳が迫った時、
「オオダコ」
少年がそう囁く。それと同時にイラマスの腕には蛸の足がからみつき、腕の自由を奪う。
「おまえ……大蛸って。何を代償にしてそんなやつと契約を…」
ノフトは禁忌級魔物【大蛸】との契約者だった。
「禁忌級ともなると気に入った人には安くで契約してくれるものなんだよ。こうやって蛸の足一本借りるくらいなら代償なしで済むんだよ。いいでしょ?」
「魔物に気に入られるのもいいもんだな」
「そうだよ。あっ、それと……僕もあの人たち嫌いなんだ。いつか二人で潰しちゃお」
ノフトは鼻歌を歌いながらイラマスのもとを去る。奇妙で謎めいた少年をイラマスは見送りながら、起こるかもしれない最悪を想像していた。
祭編最終回になります。次からは師匠編です。少しの間だけ休載させていただきます。師匠編は1、2ヶ月後に連載開始したいと思います。




