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小さき魔女と失われた記憶  作者: 沼に堕ちた円周率
祭編
26/59

第二十四話『人斬りの記憶四』

 

 セミナにそっくりな双子にアールは問いかける。


「おまえら、今どこに住んでる?」

「スラム街です」


 兄の方がそう答え、アールは自分の中のあの恐怖がまた蘇る。


「連れて行け!おまえらの家に!」

「なんでおまえなんか!」

「いいから連れて行け!!!」


 夜の街にアールの罵声が響き、複数の家の窓から人が顔を出す。アールは双子を連れて人がいない路地を歩き、スラム街に到着する。


「おまえたちの家は?」

「だからおまえなんかに……」

「あそこです」


 弟の言葉を遮り、兄が指を指す家。それはセミナと母が住んでいたあの家だった。何度かノックをすると最初に会った時より遥かに老けたセミナの母が出てくる。


「あんたら今までどこに……」


 アールとセミナの母の目が合う。セミナの母も何かを察し、双子を家の中に入れた後、アールと話すために外へ出てきた。


「何があってなんであんたとあの子らが一緒にいるんだい?」

「まずはこっちの質問からだ。あの双子はなんだ?」


 鼓動が早くなり、汗が出る。聞きたくない答えが出ないことを祈り続ける。


「顔見たら分かるだろ。セミナの子供だ」


 だが祈りは届かない。セミナが子供を作ることはいい。だがその子たちがスラム街にあることが問題だった。


「なんで……セミナはどうした!」

「今度はこっちの番だ。なんであの子たちとあんたが一緒にいる?」


 セミナの所在が気になるものの、まず、アールは起こった出来事をセミナの母に話した。


「どこからあんな金品取ってくるのかと思ったら……。強盗でもしてたんだろう。それで見つかって殺したってことか。よりにもよって強盗殺人だ。あんたや私、セミナの人生を壊した」


 そんなことアールにとってはどうでもよかった。


「セミナはどうした?」

「騎士の家にいるんじゃないか?九年前、だいたいセミナが嫁に行って一年が経った時だ。あの子たちを抱いて私の所に来た。それ以来会ってない」

「なんで、なんであんたに……」

「騎士のやつに暴力を振るわれていたらしい。子供たちだけは逃したかったんだろう。自分まで逃げると探しに来るから」


 アールに来る二度目の絶望。幸せになって欲しかった最愛の人をアールは二度も失いかけている。だが、まだ間に合う。アールはそう思った。


「その騎士の家はどこだ!」

「やめとけ。下手するとあの子らにも危害が及ぶ」

「それでも俺は……」

「……西区の三番通りの一番でかい家だ」


 セミナの母はそれだけ言って家に帰って行った。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 アールは騎士の家の玄関をノックする。何回かノックすると玄関から仏頂面の男が出てきた。


「なんだあんた?どうした?こんな遅くに」


 アールはその男の顔を知っている。スラム街で配給を行なっていたあの騎士だった。アールは拳に力を入れその男の顔を殴って吹き飛ばす。


「くっ……。てめぇなにすんだ!」


 アールはなにも言わずただひたすらに殴り続けた。その男の顔が分からなくなるまで。そしてその男は血を吐きながら身動きが取れなくなる。アールはそれを無理やり立たせた後、腰の剣で腕と足を切り落とした。


「くぁぁがあぎゃ」


 言葉になっていない声が家に響き渡り、四肢からは血が流れ出る。


「おまえは苦しんでしね」


 そう吐き捨て玄関から出ようとした時、彼女が階段から降りてきた。


「あらあなたどうしました?お腹空きましたか?」

「ぐがぁあがあ」


 四肢が切り落とされた男にセミナはそう語りかけていた。腕や顔、足にはたくさんのあざがあり、目には生気を感じられない。


「……やめてくれ」


 アールの願いはセミナに届かない。


「あらお客さんですか?あなた言ってくれたらよかったのに」

「やめてくれ…」


 セミナにはなにも伝わらず、血で濡れた足で台所へ向かう。


「やめてください」

「お客さんは何が食べたいですか?」

「やめて……。お願いしま……す」

「オムライス!私得意料理なんですよ!」

「やめてくれ」

「さっさと作っちゃいますからね」

「やめろ!」

「あなたも寝ていないで手伝ってくださいよ」

「やめて……」


 アールはそのまま膝をつき、言葉に表すことのできない絶望に何度も刺され続けた。自分の心が壊れていくのを感じながら。


 数分、アールは気を失い倒れていた。目を覚ますと目の前にはセミナの顔がある。


「ご飯できましたよ」

「ありがとうございます」


 アールはなんとか立ち上がりテーブルに座る。そこのテーブルに乗ったオムライスは卵は殻が混じっていて焦げていて、米はカチカチに固まっていた。アールはそのオムライスをただひたすらに口へと運ぶ。


「あなた寝るの好きですね」


 もう死んでいる夫にセミナは語り続けていた。セミナの手には血がつくがそんなこと何の気にもとめてなかった。


「なぁ、セミナ聞いてほしい」

「お客さんおかわりですね。今すぐ作ります」

「俺とおまえは両親の仇の娘と父親の仇の関係だった。それには変わりはない」

「あら、卵がきれちゃってる。ごめんなさいね。違うの作りますね」

「でも俺はおまえのことが好きだったんだ。おかしいよな。お前にとっちゃクソみたいな話だ。父親の仇が自分のこと好きだなんて……」

「それじゃあパスタにしましょう」

「お前から何もかもを奪った」

「すぐ茹でちゃいますから待っててくださいね」

「だから最後までお前から奪い続けるよ」


 アールは台所でパスタとも言えない何かを作っているセミナの近くによる。片手には剣を持ち、その手に力を入れる。セミナの背後に立ち……そして首に目がけて剣を振るった。


「私もアールを愛してた」


 本当にセミナが口にしたのか、ただのアールの幻聴か。それは分からない。ただアールには最後そう聞こえた。


 セミナの頭は床に転がり、胴体は力無くアールにもたれかかった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 スラム街。


「ここです。隊長」

「なんだい。あんたら」


 セミナの母は家の前にいる騎士に尋ねる。


「第五騎士部隊だ。ここにいる双子に殺人の容疑がかかっている」


 隊長と思われる男がセミナの母にそう告げた。母も潮時かと諦めた時、彼は現れた。


「第五騎士部隊の精鋭部隊じゃねえか。強盗殺人であんたらなんかが出てくるなんてどういう風の吹き回しだ?」

「こちらも仲間とその妻が最近殺されたんだ。そちらの捜査をしたくともこちらの案件が王宮直々のものでな」

「そうか。おまえらはその双子を捕まえるってことだな」


 男は騎士部隊の隊長に確認を取る。


「あぁ。そうさせてもらう」


 その返事が返ってきた瞬間、男はーーアールは剣を抜いた。第五騎士部隊の精鋭部隊を次々と斬り殺した。


 そしてアールはタルエス兄弟が関わった強盗殺人の調査を行う騎士を次々と殺害し続けた。それは自分が壊した一人の女性への償いと自分が愛した女性への贈り物。


 一年後、セミナの母は亡くなり、アールはタルエス兄弟を引き取った。アールは自分が全て奪い、そして愛した女性からの贈り物を守ると決意する。


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