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小さき魔女と失われた記憶  作者: 沼に堕ちた円周率
祭編
25/59

第二十三話『人斬りの記憶三』

 

 セミナとアールが初めてちゃんとした会話をした日から毎日のようにアールが一方的に殴られることはなくなっていた。もちろんセミナは毎日アールを殺すため、木の棒を持って襲いかかるものの、アールはそれに抵抗するようになったのだ。


 片方が気を失うまで続き、片方が気絶した後は気絶していない方が食事を準備する。父の仇と両親の仇の娘という関係には変わりなく、セミナはアールを殺すつもりで訪れている。だがいつのまにかそんな奇妙な生活が当たり前になっていた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 そんな生活は五年も続き二人は十五歳となっていた。五年間毎日とはいかなくとも片方が倒れるまでの勝負をし続けていた二人はもう日が暮れるまで決着がつくことはなくなっていた。


 二人の持つ剣は木ではなく鉄でできた本物の剣に変わり、剣戟が暗いスラム街に響き渡る。この剣を手に入れられたのはアールとセミナの剣の腕を見込んだ肉屋の店主が魔物狩りのメンバーに加えてくれたからである。魔物狩りの給料も貯まり、セミナの弟、母を含めた四人が食に困ることもなくなった。そしてまた今日も日が暮れる。


「また、決着つかなかったな」

「また殺せなかった。じゃ明日は魔物狩りだから今日は早く寝るんだよ」

「おう」


 そんないつも通りのやりとりを終え、いつも通りにアールは家へ帰り、いつも通りの食べ物を食べ、いつも通りの時間に眠った。こんな何も変わらない日常にアールはなんの不満もない。ただ、横に両親の姿がないこと以外は。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 次の日の朝に、アールはアーザル国西区の魔物狩りのメンバーの所に来ていた。


「よっ。アール!元気してたか?おまえ全然風呂入ってないだろ。今度家に入りにこいよ」

「川で水浴びはしてるって。でもお言葉に甘えて行くよ」

「ははは!セミナも連れて来ていいんだぞ」

「ソーダさん、下心あるだろ!」


 アールの魔物狩りのメンバーの一人であるソーダ。スラム街で二人を拾ってくれた肉屋の店主でもある。弓と剣を持ち、魔車のトルッテルの綱を引いている。


「早く乗れ。おい、セミナはどうしたんだ?」

「わかんねー」


 セミナが遅刻することなどほとんどない。少し心配になるもののセミナの強さはアールが一番知っている。彼女の身に危険が及ぶことなんてないだろう。


「遅刻してる奴は置いてくぞ。今度会った時、俺が言っとくよ。ソーダさん魔車出して」

「いいのか?」

「そうだぞアール。セミナちゃんから嫌われちゃぞ」

「ははは!せっかくいい感じなのになぁ」


 他のメンバーから野次が飛びアールは顔を赤くする。セミナとは五年も共に過ごして来た。アールが恋心を抱かないわけもなく、それをメンバーみんなが知っていた。


「うるせえ!行くぞ」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 魔物狩りを終えアールはスラム街の家に帰って来ていた。そうすると家の前に座って待っているセミナの姿を見つける。


「おい!今日遅刻しただろ!昨日俺に早く寝ろって言っといて……」


 そこでアールは初めて気がつく。セミナは涙を流していた。五年前から一度も見ていなかったあの涙がセミナから流れている。背中は震えていて、いつものような覇気を感じない。


「どうした?何があった?」


 アールはその涙に恐怖を覚えた。恐る恐るなぜ泣いているのか聞いてみる。自分の日常が壊れる音がした。


「弟が倒れた。朝弟を連れて回復術師の所に連れてって見てもらって治療してもらったけど、病気の進行が進み過ぎていて超級以上の魔術師じゃないとどうしようもないって」


 セミナは涙を拭き、そうアールに伝えた。超級の魔術師なんて王宮にいる宮廷魔術師でも一人か二人いるかいないかの貴重な人材だ。それに超級の魔術師がみんな回復魔法を使えるわけでもなく、回復魔法を学院で専攻していた魔術師でないといけない。そんな超級の回復術師なんて今のアーザル国に一人いたらいいくらいだ。


「もう弟は助からないと思う。ずっと元気はなかったの。早く私が気づいてあげていたら……」


 アールはセミナの震える背中を見てどうすることもできなかった。五年前と同じようにまた彼女の泣いている姿を見るしかない。五年前も「もし、自分があの父親を殺さなかったら」という思いが心をよぎった。それがまた今アールに押し寄せる。だが五年前と違うことは少女に想いを寄せていることだった。

 

 脳は動かないだが体は動いた。セミナを無言で抱きしめ頭を撫でる。それは恋する少女を励ます為ではなく、自分の罪の意識を軽くするためだった。


 翌日、セミナの弟は亡くなった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 セミナの弟が亡くなってから三年。十八のセミナは魔物狩りに顔を出さなくなった。アールとの勝負もしなくなり、家で母と共に過ごす生活が基本となった。


 そして運命の日が訪れる。アールがセミナの家を訪れた時、セミナからあることを告げられる。


「嫁にいくことになった」

「よめ?」

「うん。奥さんになるの」


 その言葉の意味がアールは理解できないわけではなく、理解したくなくて聞き返した。


「誰の?」

「スラム街に配給に来てくれる第五騎士部隊の人。いるでしょ?あの人が私に一緒に来ないかって言ってくれて。そしたらお母さんにもお腹いっぱい食べさせてあげれるし」


 「そんなの間違ってる」アールはそう言おうとした。だが、その言葉を彼女の人生を壊した自分が言えることではない。そう思い言葉が声にならない。ただ、


「よかったな」


 アールはそう告げた。


 二人は別々の道に進む。二人の関係は終わるはずだった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 十年後、アールが魔物狩りで取ってきた魔物の肉を店で解体する作業を終え、帰りみち、彼は出会ってしまう。


「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい……」


 何度も何度も「ごめんなさい」を繰り返す少年がアールの腰にしがみついた。何も理解できずアールは少年を引き離す。


「どうした?」


 優しい声でその少年に何事かを尋ねるとその少年は泣きながらこう答えた。


「人を殺した……」

「兄ちゃん言っちゃだめだ!」


 少年の横にいたのは弟というには身長差のないもう一人の少年だ。


「騎士さん、僕は人を殺した!捕まえてください」


 アールはますます理解ができない。まず自分は騎士ではない。だがこの子供らがなぜ自分を騎士と勘違いしたかに気がつく。腰に下げていた剣だ。このご時世、腰に剣をつけるものなど騎士か魔物狩りくらいしかいない。


「悪いが俺は騎士じゃない。騎士のところに連れてってやるから来い」

「やめろ!兄ちゃんから離れろ!」


 弟が兄を庇いアールの手に噛み付く。


「痛っ。おい。なんだよ、逃げたいなら逃げればいい。たく、めんどくさいな」


 アールはそう言って二人から離れようとした時、月明かりが二人の顔を照らす。アールはその顔を見てあることにすぐに気がつき、思わず声が出る。


「セミナ……」


 月明かりで照らされたセミナにそっくりな双子がそこにいた。


実は今日4月8日はシーナの誕生日です。

作中では封闇暦、理月八日です。

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