第二十二話『人斬りの記憶二』
「私はセミナ・タルエス。あなたの両親を殺してあなたに殺された父の娘。私はあなたを恨んでる。殺しに行くから」
セミナはそう言うと足速にそこを去った。そしてアールは家に戻り、父と母の遺体を河原に運び地に埋める。墓を建て家に戻った。
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翌日の朝、アールはまた腹の痛みにより目が覚める。目を開けるとそこにはまた昨日のように木の棒を持ったセミナの姿があった。
彼女は何も言わずアールを襲う。一切の躊躇もない攻撃が数度繰り返される。アールはなすすべなくただ頭を手で押さえその攻撃を受け続けた。そして、アールの頭を狙った強烈な一撃によりアールは気を失った。
次に目を覚ましたのはもう日が暮れた頃だった。昨日の彼女の発言「殺しに行くから」からアールは死を覚悟していたがまだ自分が生きていることに違和感を覚える。周りを見渡すと父と母の血で染まった床、そしてドアの辺りに置かれた一つのおにぎりが目に入る。
「なんだ……これ」
なぜここにおにぎりがあるのか分からない。だがアールは空腹に勝てず、そのおにぎりを一口でたいらげた。頭に残る痛みとたんこぶを気にしながらまたアールは眠りに落ちる。
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そして次の日、また同様にセミナの攻撃を受け、気絶し、目が覚めるとドアの辺りに置かれたおにぎりを食べる。おにぎりを持ってきているのは十中八九セミナだろう。だがアールにはなぜそのようなことをするのか理解できなかった。
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また次の日、同様のことが繰り返される。そしてまた次の日も、次の日も。アールはあざだらけになっていき、栄養も不足して痩せ細った体を気にしながら眠る。外に出る気にも、セミナに反撃する気にもなれなかった。ただ、殺すなら早く殺して欲しい。そう心で願いながら、次の日を迎える。
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何日も同じことが繰り返された。そしてある日、また同じようにセミナがアールに木の棒を叩きつける。躊躇いなどは一切ない。そしていつも通りアールが気を失いかけた時、アール自身も何を思ったのかわからないが横に転がりセミナの攻撃を避けた。ぼろぼろで全身が痛い。だがなんとか立ち上がりアールはセミナを押し倒す。セミナの手を押さえつけ、馬乗りになり動きを封じる。
セミナはただ真っ直ぐに自分の上に乗っている少年を見続けた。もちろん抵抗もしたがセミナの力では抜け出せない。アールは全身が傷だらけで、ろくな栄養も取っていないにも関わらずセミナに力で勝っていた。
「離して!」
少女の要求には応えず、アールはセミナの体を押さえつける。
「なんで……」
アールは真っ直ぐにセミナの目を見てそう言った。複数の意味のある問いだった。なんで自分を殺さないのか。なんで毎日おにぎりを持ってくるのか。なんでろくな食事もしていない自分に力負けするのか。ここ数日アールが抱いていた疑問をセミナにぶつける。
「……」
セミナは答えずアールを真っ直ぐ見つめ続けた。恋人とは程遠い、両親の仇の娘と父の仇の関係。
膠着した状態。だが、アールが気を抜いて手の力を弱めたのと同時にセミナは抜け出し、木の棒でアールの頭を殴りつけた。そしてアールは気を失い、目を覚ました時にはセミナの姿はなく、ドアの辺りにまたおにぎりが置かれていた。アールはそのおにぎりを食べ終わると外に出て、セミナが持っているような木の棒を探しに出かけた。
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次の日、セミナは同様にアールを襲う。だがアールはその攻撃に木の棒で応戦。二人の少年少女は木の棒で小さな戦いを始めた。側から見ていても子供のチャンバラとは言えない相手を傷つけるための攻撃が繰り返される。アールはセミナの攻撃を見切り、彼女の首に一撃をくらわせた。彼女は力が抜け倒れ、気を失う。
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セミナは目を覚まし、木の棒を探すが見当たらない。
「動くな」
アールのその声には従わずセミナは家から抜け出そうとするが自分の足が紐で結ばれていることに気づく。身動きが取れず手で紐を解こうとするが視界が暗くうまく解けない。
「これ食え」
アールは串に刺さった焼き魚をセミナに差し出す。セミナは意味がわからずアールの方に無言で目を向ける。
「おにぎり、毎日持ってきてくれてたから……。それにおまえも大して食えてないんだろ。だから俺でも押さえられた」
「……私はあなたを殺しに来てるのよ?」
「あぁそうだったな」
「……」
「……」
セミナとアールの視線が交わり、少しの沈黙が生まれる。そしてセミナはアールから魚を受け取り、骨や頭、尻尾も丸ごと飲み込んだ。
「……おまえ、どんだけ腹減ってんだよ」
「なんで?」
「は?」
「私はあなたを殺そうとしているのになんでこんなことするの?」
「それお前が言うのかよ」
アール的には、これはセミナからしてもらったことのお返しのようなものだった。アールはセミナの足を縛っていた紐を解く。セミナは解放された足を一度伸ばした後、家の壁に背中を預け、体育座りをして太ももに手を回した。膝に額を乗せ顔を見えないようにした後、彼女は語り出した。
「あなたを恨んだ。ただただ、殺したかった。お父さんを殺したあなたが憎かった。だから殺すために私はあなたの家に入った時、あなたと一緒に転がっているあなたの両親を見たの。そしたら涙を堪えられなくなった。私がお父さんを失ったように、いや、それ以上に、あなたは多くのものを失ったのかもって思った。私のお父さんがしたことがとても悪いことだったことも分かった。そしたら私はあなたを、アールくんを、殺せなかった。だけどお父さんを殺したアールくんは憎い。たくさんの感情が私の胸を掻き乱す。毎日、毎日アールくんを殺そうとここを訪れて、そしてトドメを刺そうとすると体が動かなくなる。……おにぎりはあなたが勝手に死んじゃったら私のこの気持ちが晴れないから。ただ、それだけだから。気にしないで……」
セミナは泣きながらそう語った。アールは自分が何をすべきなのかまったく分からなかった。両親を殺した男を殺す。それにはなんの躊躇いもなかった。だが、今になって殺した後悔と罪悪感がアールの思考を止める。何も言えないまま、セミナのすすり泣く声だけが静寂の中を響いた。




