第二十一話『人斬りの記憶』
この話には残酷な描写、非人道的な描写が含まれます。苦手な方はお控えください。
また、この話で描かれることなどは実在の場所とは一切関係ありません。
二十年前スラム街。死体が二つ転がっている。その死体から流れた血が絨毯が敷かれたように床を染め上げる。スラム街では珍しくもない光景だった。何か金目のものを狙い、同じスラム街の人間が襲いにくる。スラム街では家もボロボロで鍵などもされている家は少ない。そのためスラム街の住民は毎日のように怯え暮らしていた。
少年はその二つの死体を見た瞬間に嘔吐した。死体は見慣れていたはずだ。だが少年は目から大粒の涙を流す。
「ちくしょう……。なんで?父さん、母さん……」
少年は目の前の死体ーー両親の死体に抱きつきながら涙を流し続ける。まだ暖かさは残っていた。少年が帰る少し前に殺されたのだろう。もし、少年の帰りが少し早ければ……。そんな想像に少年は震えながらも立ち上がり、涙を拭く。
「殺してやる……。殺してやる!!」
自分の両親を殺した強盗はまだ近くにいるはずだ。そう考え、外に出てスラム街を走り回る。強盗を見つけ出し殺すため。そして少年は見つけてしまった。
「あなた人を殺したの?」
「殺した……。はぁ、はぁ。殺したんだ。仕事をクビになったんだ。もうこうやって盗みをするしか子供たちを守ってやらないだろ?」
「あなた……でも…あそこの人の家にはまだ小さな子供が……」
「仕方ないだろ!家を選んでるわけにはいかない!暗くなったら死体を取りに行こう」
「あなた……子供たちに人の肉でも食べさせるつもり?」
「魔物の肉って言えばいい。生きるためだ」
二人の男女が話す声。男のその発言に女は口元を押さえて涙を流した。少年はそこにいる男が両親を殺した犯人だとすぐに気づく。近くにあった木の棒を手にその男の方へと走り出した。
「なんだ!?」
「うわぁぁぁあ!」
少年は叫びながら男の腹に棒を刺す。女は何が起こったのか分からずただ、少年を見続ける。
「あっ……ぐわ。腹に……」
男は自分の腹に棒が刺さっていることに気づき、膝を地につけながら血を吐いた。その光景に女は気づきつつも声をあげず静観していた。
「おまえは俺の父さんと母さんを殺した。父さんも母さんも善人だった。何も人から奪ってない。父さんと母さんも二人とも働いて貯金も溜まってて、もうすぐこのスラムからも出るはずだった!!それなのに……」
少年は叫び、男の腹を指す木の棒を握る手に力をいれる。だがそんな少年を女は突き飛ばす。少年は地面を転がり、家の外壁に頭を打ちつけた。
「あなた……血が…」
「……報いだよ。人を殺し、子供たちにその片棒を担がせようとしたんだ」
少年は立ち上がり、男と女を睨みつける。
「すまなかった……。子供がいるんだ。あの子たちを守りたかった。ただ、それだけなんだ……。僕の命だけでどうか頼む。許してくれ…」
男は泣きながら血を吐きながら、頭を下げた。地面に頭をつけ、少年に謝罪する。
「は?許してくれってなんだよ!!……返せよ。返して…。返してください。謝罪なんていらないから父さんと母さんを返して……」
我慢していた涙が流れる。それは頬をつたい落ちて血を濡らす。女の方は口に手を当て男を抱きながら涙を流す。そんな時、
「お父さん、お母さん!」
一人の少女とその子と手を繋いだ男の子が現れる。少女の方は少年と同じくらいの年齢で、男の子はまだ幼い。二人が腹に棒の刺さった父に気づき駆け寄る。
「なんで……。お父さん!」
「すまなかった。おまえたちにも苦労をかける。本当にすまなかった」
「お父さん死んじゃうの?」
「いやだ!!!」
「すまない」
「いやだ!ダメ!いやだ!」
男の子は泣き喚きながら父に抱きつく。「いやだ、ダメ」を繰り返し続けた。だがそんな男の子の叫びに応えずただ血は流れていく。白く、少し土などで汚れていた服はすっかり赤く染まっていた。
「……本当にみんなに迷惑をかけて…すまなかった」
男は地面に血を吐きながら謝り続け、最後は男の子と妻から抱かれながら息を引き取った。残された三人は涙を流し女と男の子は男の亡骸を抱きしめ続け、少女は少年を睨みつけていた。
「……は?なんで…俺が…悪いのか……」
少年は泣き喚く男の子を見て自分のしたことは一体なんだったのか分からなくなる。少年は三人を残し自分の家へかえり始めた。復讐は終えてもなくならない悲しみと憎しみが少年の目から涙を流し、復讐を終えたことで生まれた後悔と罪悪感が体の自由を奪っていく。
ちょうど家に着いた頃には体は硬直し、床に倒れる。もう何もやる気が起きず、固まりかけていた血が自分の頬につくのを感じた。横にはもう動かない父と母が眠るように横になっている。そして少年は目を閉じて眠る始める。もう起きるつもりはなかった。このまま死のうと思っていた。
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どのくらい寝ていたのか少年は分からなかった。だが自分のお腹に激痛が走り、体が転がり目を覚ます。何者からか蹴られたのだ。目を開けても何も見えない。家には窓はなく、昼でも夜でも暗い。だが、家に空いていた隙間から日の光が入っているのに気づき今が朝方だということに少年は気づく。
そんな朝に誰が来たのか。そして自分の腹をなぜ蹴ったのか。考えても答えは出ない。昨日の一件から頭がうまく働かなかった。
「死んでるの?」
ーー死んでない。
「私はあなたを殺しに来た」
ーー殺しに来た?それなら早く殺してくれ。早く死にたい。
聞き覚えのある少女の声に心の中で返答する。状況はつかめないが自分を殺しに来たという少女がそこにいることはわかった。
「……」
少しの沈黙。少年はおかしく思い声のした方に目を向ける。隙間から入る光がちょうど少女の顔を照らしていた。そしてその少女が昨日の少女だったことに気がつく。彼女が復讐に来たのだ。彼女の右手には太い木の棒が握られている。だが少年は気づいた。その少女が涙を流していることに。昨日自分の父が死ぬ時も涙を流さず、少年を睨みつけていた少女はたくさんの涙を流していた。
「……明日も…明日も殺しにくる。だから……殺されないように武器を持ってて」
少女は泣きながら意味のわからないことを口にする。そして少年にこう尋ねた。
「あなたの名前は?」
少年は頭が痛いのを我慢してその質問に答える。
「アール」
「アールくん……あなたのお父さんとお母さん、弔ってあげて……」
少女はだんだん声を小さくしながらそう言って家から出て行く。少年は目の前にある父と母の死体を見て、目を逸らす。その死体が昨日の全てを思い出させ少年から生きる気力を奪った。だが少年は頭痛でフラフラした状態で家を飛び出す。真っ直ぐは走れず何度か転びながら少女に追いついた。
「何?」
「……君の名前は?」
「私はセミナ・タルエス。あなたの両親を殺してあなたに殺された父の娘。私はあなたを恨んでる。だからあなたを殺すから」




