第十六話『祭七』
魔物屋敷を後にして四人は他の屋台を回りながら時間を潰していた。そんな感じでもう日は暮れ始め、そろそろ帰ろうかという話になる。
「やっぱりゴーサル祭って一日では回りきらないですね」
「ゴーサル祭はヘンリル全地域で行われるから全てを回るのは一週間でも無理だよ」
「明日は転移陣で北区か南区に行きましょう」
「そうだね」
ゴーサル祭はヘンリル全地域で行われそれぞれの地域で色々な特色のある屋台などが多く出店している。そして一つの区から他の区に行くために転移屋以外にも臨時の転移陣があるため、区を跨ぐことも容易だ。
シーナ的には反対側の西に行ってみたかったのだが西にはスラム街があり、祭時はかなり犯罪率が高くなるとシーラから止められているため明日は南か北に行くことにした。
「ひゃー!あそこに人面魚掬いがある!!やりましょ!」
「え?姉ちゃんあんな魚気持ち悪いって」
「は?ユーリは黙ってて。今私はノリに乗ってるの!」
ヒーラは屋敷からずっとあの調子でいろいろな屋台で変なものを買いあさっている。シーナが呆れながらお金を渡すとヒーラは凄い勢いで屋台に走っていった。
「姉ちゃんどうしたんだよ?」
「いいことがあったんじゃないですか?ね?兄様」
「ん?なんのこと?あ!さっき射的で景品貰ってたこと?」
「兄様はそれ本気で言ってるんですか?」
「どういうこと?」
「まぁ兄様は冗談とか言えなさそうですし。ヒーラがアレなのも兄様に少し責任ありますね。やっぱり」
シーナはヒーラの積極的すぎる態度に引いていたが自分の兄の鈍感さも同等かそれ以上のものだったことを理解する。
「あっ。ヒーラ人面魚掬ってません?」
「あれ俺が世話することにならないかな?嫌なんだけど」
「どんまいです」
やはりヒーラには才能があるのか人面魚を掬って、帰ってきた。掬ってから気持ち悪くなったのかそれをユーリに持たせまた違う屋台に走って行く。これはユーリが世話することになるのは確実だろう。
「……シーナ、い…」
「いらない」
シーナはユーリが言葉を終える前に断った。
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家からだいぶ遠くまで行っていたので家の付近まで帰ってくるのにだいぶ時間がかかった。ヒューズとユーリはまたナイフ投げの屋台に足を運び、帰ることになったため今はヒーラとシーナの二人で帰っている。
「兄様と上手くいったんですか?」
「私の気持ちは伝わった気配はないけどそれなりに楽しかったわよ。てか、あんたとユーリの方が進んでいるじゃない」
夜道を帰りながら二人は恋バナをする。ヒーラはやけに楽しげだ。
「私とユーリは別になんでもないですよ」
「そんなこと言ってまた手繋いでたじゃない」
「違います。不可抗力です!好きだから繋いだとかじゃないんです!」
「まぁいいわよ。弟が誰と付き合おうが知ったことじゃないし。あんたが勝手に妹になるんならヒーラお姉様って呼ばせられるし」
「あり得ないです」
シーナも昨日まではユーリのことをただの男の子としか思っていなかった。だが屋敷のことで少しだけ異性として見てしまう。だが、シーナの中でやはり何かが引っかかる。それが何なのかわからないもののそれはシーナの中で大きくなっている。
ーー考えても仕方ないか。
「そういえば今年のゴーサル祭去年より大きくないですか?」
「ゴーサル祭はアーザル国領にあるゴーサル森林とゴーサル迷宮の安定を祈願する祭なの。その迷宮と森林の魔物が最近荒れてるらしいのよ。迷宮内には大事なものもあるから今年は大々的に行ってるの」
「祭を大々的にしたところでって意味ないと思います」
「言わないの。気持ちの問題よ。気持ちの」
ゴーサル迷宮と森林はアーザル国領にある中で一二を争うほど危険な場所で基本は三大戦闘種族の鬼族が魔物の討伐を行なっている。近年その迷宮から大量の魔物が出てきており、サナスたちの第一騎士部隊などを始めとした騎士部隊が鬼族と協力し討伐にあたっているところだ。そのためサナスが家に帰ってきたりすることはほとんどなくなった。シーナにとっては嬉しいことだ。
「魔物のおかげですね」
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〈ヒューズ視点〉
ヒューズはヒーラとシーナと別れナイフ投げの屋台に来ていた。今回は流石に自分が投げるのは店の人に悪いため、ユーリに投げ方を教えてやらせてみる。
そうすると意外とユーリは筋が良く一本目は的の真ん中に当たる。
「おっしゃあ!」
「そうそうその調子」
次のナイフは少し真ん中からそれてしまう。
「もうちょっと力を抜いてみるといいかもね」
「よし。真ん中狙うぞ」
そしてユーリが投げたナイフは綺麗に回転し真ん中に的中する。
「あんたらすごいな。的に刺さること自体みんなできないのに」
「ヒューズ兄ちゃんがすごいんだよ」
「あぁ。あんたサナス隊長の息子さんか。そりゃあすごいだろうな」
ヒューズ自身何度も言われていることだ。王宮に行っても街でヒューズと名乗っても誰もがヒューズのことをそう言う。「サナスの息子」と。自分は確かにサナスと血の繋がった息子だ。だが能力だって性格だってサナスとは違う。だが皆ヒューズとサナスを比べるのだ。
ヒューズは無性にそこから離れたくなり、ユーリが景品を受け取ると家へ向かって歩いた。
「ただいま!」
「あら、おかえり」
「お帰りなさいませ」
ヒューズとユーリが帰るとカーラとシーラが出迎えた。
「あっカーラさん水槽ある?」
「ありますよ。取ってきましょう」
「俺も行く」
ユーリとカーラが取ってきた人面魚を入れる水槽を取りに行く。そしてヒューズはシーラから「ご飯作るからお風呂入ってきなさい」と言われた時、明らかな違和感を覚える。
本来出迎えに来るはずの二人はお風呂に入っているのかと思っていた。だが二人が入っているのにシーラが入って来いと言うはずもない。
「母さん、シーナたちは?」
「え?ヒューズたちが先に帰ってきたのだと思ったのだけど……。まだ二人は帰ってきてないわよ」
「まだ二人は帰ってきてないわよ」シーラのその言葉がヒューズの不安を掻き立てる。確かにヒューズはシーナたちを先に帰らせた。それなのにシーナとヒーラはここにいない。屋台でかなり時間を使ったので追い越してきた線も薄い。それなら考えられる可能性は……。
「母さん!騎士の人たちに通報して!」
「シーナたち何かあったの?」
「二人がおかしな場所にいる!僕はそこに行く」
「なんでそんなことが分かるの?え?」
「話は後!とにかくお願い!」
なぜまだ帰っていないシーナたちの居場所が分かるのか?どうして騎士を呼ぶのか?明らかにおかしいヒューズの言動にシーラは困惑する。そんなシーラをよそにヒューズはすかさず剣を持ち、家から飛び出す。向かうのはシーナたちの場所。
ーーなんであんなところにいるんだ?無事でいてくれ!
ヒューズはただそれだけを思い、必死にその場所へ向かった。




