本当はもう決まってる
「決まった?」
「うるさい。後にして」
書きかけていた文字を消す。手元を覗き込んできていた叶歩がつまらなそうに口を尖らせて、丸めて手に握っていたその紙で私の頬を軽くつついた。
「一緒のとこ行こうよぉ。ともちゃんなら受かるって」
「……勉強したくないの。叶歩の志望校、倍率も偏差値も高いとか、狂ってる」
吐き捨てるようにそう言うと、叶歩は『調べてくれたんだぁ』と絹のけた笑みを浮かべて私の机に頬杖をついた。
「美術科もあるんだよ、そしたら入試で受ける科目数減るしさぁ」
「でも、面接で何かした作品見せなきゃいけないんだよ? やだよ、自信ない」
それに、絵を勉強したいと思ったこともない。褒められたって賞をとれたって、私はただ描くことが好きなだけで、それで将来的にお金を稼ごうとか誰かを喜ばせようとか、そんなことは考えたことがなかったんだ。私より上手な人は、そこら中にいる。
「私はともちゃんと同じ学校行きたい」
「じゃあ叶歩が私の志望校に合わせてよ」
「ともちゃん、まだ決まってないんでしょ?」
「……叶歩の志望校以外のどこかだよ」
教科担任が始業の五分前に入室する。叶歩は名残惜しそうに机を撫でて、自分の席へ戻って行った。
叶歩に嘘を吐いた。
本当はもう、決まってるんだ。ただ、これは言った通り、自信がないだけで。
もう一度、書きかけていた文字を書き直す。最後まで書いて、不安になって消しゴムを手に取った。消そうか消さないか、小さく唸って考えて、渋々消しゴムを筆箱にしまう。
私だって、叶歩と一緒にいたい。無理かもしれない進学校への願書を考えるほどに、磨くつもりのなかった使えそうな武器を磨いてまで。
叶歩に打ち明けたら、きっとまたあの間抜けな顔で笑うのだろう。それを目の当たりにするのがほんの少し癪で、ついつい彼女が近付く度に、その文字を消してしまうのだ。