09
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邪な色に染まった天使は地に落ちた。
その骸から生み出されたものが魔物である。魔物は善なる神の子である人類の敵である。
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その日はたまたま生家に戻っていたネリネ。
もう既にM42戦車で暮らすようになってから約3ヶ月。ほとんど家には帰っていなかった。家に帰ってきたのは情報収集のためだった。既に村の見える箇所は観測を終え、たまに村に戻っているネリネに付けているチョーカーから言語情報も取得できた。後は情報を補完する物として情報媒体――本等があればと提案したのだが、その際ネリネが妙なやる気を見せてしまった。M42としてはネリネこそが重要であり無理してまで盗んでこいとは言えないが当の本人がやる気であったため了承した。
しばらく家に潜んでいたネリネであったが外が騒がしいことに気付いた。何事かと思い外に出てみると村の外れにかなりの村人が集まっていた。
「それは本当なのか!」
「ああ、見たんだ! 魔獣だ!」
「何だって! 何でこんな所に!」
「領主様にすぐに知らせて兵士を送って貰おう!」
「間に合わない。すぐ近くだったんだ! おそらく今日明日にもやってくる!」
「なんてこった!」
「村人全員に知らせろ!」
皆が慌てている。その中心で問い詰められているのはこの村の猟師だった男だ。
ネリネは遠巻きに見ているため何か慌てていると言う事ぐらいしか分らないが、M42は彼等の声を拾っていた。
『ネリネ、“マジュウ”というのは何ですか? 会話からすると害獣の類いのようですが。それが村近くに出たようです。』
「魔獣が出たのですか!」
M42からま魔獣の名を聞かされたネリネは驚いた。魔獣については直接見たことは無いが良く話で聞く。魔物の一種で特に四足歩行をするモノを指す。とても凶暴な害獣の類いであり、肉食獣のような体躯を持ち、大きさは1m程度のモノから大きいモノであれば5m以上になる。特徴的なのは外皮が非常に固い点、魔法を使用する点などである。高い防御力を誇り、機動性、攻撃性も肉食獣に即したモノになる。特に大型のモノは魔法で身体能力を強化している事が多い。専業の軍人がチームで必要になる物であり、農村の人間程度ではいくら集まったところで相手になるモノではかった。大型の物になると“ギガス”と呼ばれる軍に配備されている人型ロボットのような物でないと対処できないほどだ。
それを知っている範囲でM42に説明するネリネ。
『なるほどかなり厄介な害獣ですね。ネリネも早い内に避難した方が良いでしょう。』
M42は魔獣についての具体的なスペックなど不明であったため、先人の知恵(今回の場合は村人の行動)に習ってネリネにすぐに避難するように促す。
村全体は既に喧噪に包まれそれぞれに動き出している。この村のとった方法は2つ。
一つはすぐに村を逃げ出すという者。ある程度若く体力のある者や馬を所持している者などが逃げ出していく。
対して、動きの遅い子供や中高年者などはすぐに逃げ出すのは不可能なので、万が一の場合に備えて存在する村のシェルターに避難する。平時は食料保管庫などとして利用している、村長宅の横にある地下室である。そこに魔獣が去るまで立てこもる予定であった。
ネリネ自身もその恐怖を伝え聞いていたためM42に従いすぐに避難しようとするが、
「邪魔をするんじゃ無い!」
「はぁ!? お前の場所なんかねぇよ!」
「どっかに行け!」
まず両親に話しかけると、突き飛ばされた。そのまま自分たちだけで地下室に入っていった。ネリネも地下室に行こうとすれば他の村人に入ることを拒否された。既に村を出た者により馬などはもういない。8歳の少女に今から村を出ることは出来ない(そもそもネリネに乗馬など出来ないのだが)。
『こちらから村に向かいます。ネリネはすぐにいつもの道を戻ってください』
「は、はい」
M42は重金属他の複合材で出来ており、この世界のレベルであれば世界で1、2を争う防御力がある。中にいればやり過ごせると思ったネリネはM42の方へと走った。森へと入ったとき後ろから轟音が聞こえてきた。
魔獣が村に到着し、住居を潰している音だった。
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(マジュウ……魔獣と書くのか? 聞いたことが無いが、ファンタジー系のモンスターだろうか? ゴブリンとかオークとかそんなのがいる世界なのかな?)
M42はそんな妙なことを考えつつ主機を起動させる。最大2500馬力を生み出すエンジンはすぐにその性能を発揮し車体を動かした。
ただ、下りの山道だがかなり道幅が狭い上、見通しも悪いため、かなりスピードを落として移動しなければならないのだが。
結果としてある程度まで山道を下ったところで村が魔獣に襲われる事になった。
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魔獣は魔力を食べているとされており、基本的に人間を食べないが殺しはする。それも積極的に。なぜ殺すのか、なぜ人間に対して敵意を持っているのかは研究中であるが未だに分ってはいない。
今回村を襲ったのは5m近い狼型の魔獣であった。その大きさ、重量、狼としての機動性、表皮による防御力。軍が投入されるほどの脅威だ。
それこそこの大きさの魔獣を退治しようとなると人間の兵士では無く戦闘ロボットが投入されるレベルとなる。
その魔獣は他の生き物と同じ原理で動いているのかどうか不明だが、建物を壊し、そして村人が立てこもる地下室を見つけ出した。
――悲鳴が響いた。