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07

 (この戦車を動かすには人手があった方が良いよな。となるとあの子が乗ってくれれば良いのだろう。データにも車長として登録されているし。問題はどうやってコミュニケーションを取るかだ)


 なるべく怖がらせないようにしたつもりではあるがどうもお堅い口調になってしまう。上手くコミュニケーションを取るには『言葉』によるやり取りが良いだろう。もしそれが出来れば文字を教えることも出来る。あいにくとM42戦車のデータ類はバリバリの日本語だ。多少(・・)英語も使われているとはいえネイティブでは無い。そして日本人が運用する前提で開発されたので翻訳機能など付いていない。それに対し、どうも彼女は発声こそ出来ている物の文字が読めないようであったと推測した。


 M42戦車は最新鋭主力戦車(MBT)として開発されており、現有の主力戦車よりも一回りから二回りほど大柄だ。その分居住性は良く、またフロントエンジンを採用しているため車体後部に広いスペースがある。そこに通信機器やメンテナンス道具などが一通り揃っている。そこまで誘導するにはどうすれば良いか、


(アニメは通じたのだからイラストで説明すれば良いのか)


 しばらくしてその結論に行き着く。そうして一応の解決を見た。


(というか、土砂からの脱出も考えないと……)



 なお翌日、翌々日は雨であったためだろう、少女はやってこなかった。この天候で山道を歩くのは自殺行為であるし仕方が無いのであろう。ゲリラ豪雨のような性質であったのか雨が明けるとすぐにからっとした天気になり、日光は瞬く間に周囲の雨でぬかるんだ土地を固めていった。

 雨が明けた日、車体周囲の土砂はかなり流されていた。おそらく以前の地滑りで地盤が緩んでいたのだろう。さらに雨は車体に残っていた泥汚れなどを根こそぎ落としてしまい、そこに存在する(ある)のはピカピカの新車(・・)であった。

 雨水や土砂の流れにより80tもある戦車がその流れに乗り移動しそうになったことはM42自身驚いたが、わずかに移動したのみだったのでM42は存在しない胸をなで下ろした。


 そしてようやく周囲を観察できるようになったM42は別の意味で驚くことになる。


(どこだここは!)


 軍事ネットワークはもとより衛星通信、GPS、民間インターネットすらつながらない状態である。現在、地球上でこれらの通信ネットワークが全てつながらない場所は存在しないとM42は記録している。機器の故障でも電子妨害を受けている形跡も無い。

 次に全周囲カメラと車体の各種センサー類を総動員して周囲を観察していた所、色々な事に気付くことになる。


(植生は見たところ日本と似ているようだが、よく見ると不明な植物が複数ある。小動物類もデータと合わない。そして何より星図が全く違う。北極星どこだよ!)


 地球上のどの位置とも合致しない……もしかして地球ではない可能性が出てきた。


 とはいえ、大気に有害な成分は含まれていない。細かい数値は違うが誤差と言われれば納得できる程度だ。植物や動物に関しては多少の差異は見受けられる物の専門的な解析機器を積んでいないのでそれがどの程度なのかは測りかねていた。


(あの少女に聞けば何か分かるか? 現地人っぽいし、何より味方(・・)だ)



 そして雨が明けた日、少女はやって来た。

 砲塔上部の全周囲カメラで確認していたM42は少女が怪我をしていることを確認し、その状態から虐待の可能性が最も高いと割り出した。結果、『車長である』少女を早急に保護るべきだと判断しその場で超信地旋回を行い後部ハッチを少女の目の前に持ってくるとハッチを開けた。



****



 翌日、またあそこに行こうとネリネは決めていたのだがあいにくの雨となってしまった。かなり強い雨で山道を歩くことはおろか家から出ることも憚られるほどであった。

 ネリネにとって家は雨風をしのげるという点では良いのであろうが(補修されていない壁から隙間風は吹き込むものの)、両親の存在が気にかかりで常に緊張感を強いられる。また食事も用意されなくなって久しく、この雨では野草などを探しにも行けない。結果として台所に侵入し食べ物をくすねることになった。今までやったことは何度もあったが少量であった。しかし今回は雨が降っている為多めの食料をくすねたのだがそれがいけなかったのだろう。すぐにバレて父親に何度も殴られた。幸いだったのはくすねた食料は既に腹の中であった点だろう。

 殴られた箇所は青アザになったが幸いにも骨が折れたりするほどでは無かった。さらに怒りの収まらなかった父親は包丁をちらつかせ「次やったらぶち殺すぞ!!」等と何度も怒鳴った。本気なのかどうかは不明だが、幼いネリネにしてみれば恐怖に変りは無く、雨が上がるとすぐに家を出た。


 あそこには既に住んでいる人がいるのかも知れない。実際よく分からない文字が現れたりもした。しかし他に頼れるところなど無いネリネは藁にもすがる思いでM42戦車の元に急いだ。

 雨が上がって間もないというのに、日光は容赦なく照りつけ既に地面は固まりつつあった。山道を記憶を頼りに進むこと少し。ネリネはM42戦車の元へとやって来た。


「……え?」


 ネリネが見た物は以前とは異なるM42戦車の全貌。「良く分からない鉄で出来た箱」というのが最初の感想であった。実際には鉄でもないし箱でも無いのだが。

 ネリネは次に上を見上げる。先日のハッチのあった場所だ。ネリネの記憶が確かなら、以前に見えていた砲塔などの位置関係からハッチは車体上面にあるが、現在その場所は遙か高いところであった。勿論M42戦車は戦車兵を乗せるための足かけ(凹部)などもあるが8歳の小さな少女が乗ることは考慮されていない。

 ネリネは何とか車体の上に上がれないかと考えたがどうにも届きそうに無かった。

 なんとなく悲しくなってきたときだった。目の前でその鉄の箱が動き出したのだ。その箱はその場で回転すると後ろを向けた。

 いきなり動き出したことにビックリしていたがさらにビックリすることになる。何とその一部が開いたのだ。それはあたかも魔物が口を開けたようにも、何かが自分を迎え入れているようにも見えた。


(えっと……入れって事かな。魔物じゃ無いですよね)


 危機感は少しあったもののスキルの作用により、中に入ると言う選択肢が大きくなっていく。そうして恐る恐るその中に入ってく。

 開いたハッチを踏み、車体の入り口から少しだけ顔を覗かせるとそこには、以前に見た文字が浮かぶ黒い板やボタン類、そして今だにソファーだと勘違いしている物もあった。


「うわぁ!」


 その中を確認した瞬間、ネリネは驚きとうれしさでいっぱいになる。小さいがまるで家のようだ。もうあそこに帰らなくて良いのでは無いかという希望が湧いてきたからだ。


 すると以前と同じように黒い板に絵が浮かび上がった。M42がモニターパネルにイラストを表示しただけだが、今だネリネはそれが何かを図りかねていた。

 ただ、モニターには笑顔のイラストが表示されている。


「えっと……喜んでくれているの?」


 モニターのイラストが親指を立てた人物のイラストに変わる。


「えへへ……」


 どうやら自分は歓迎されているらしいと悟ったネリネは嬉しくなった。そうしているうちにどんどんとモニターに表示されている絵は変化していく。


「えっと、これはこの箱?」


 まずM42が表示したのはM42戦車の外観、そしてその透過図を表示すると続けて後部スペースをアップにする。そしてそこにネリネの人型を作り現在位置を表示する。

 この時点で、ネリネは何者かが自分に伝えたいことがあるのでは無いかと考えるようになった。

 モニターはさらにその後部スペースの一部、装備品のある箱を矢印で示し、さらに分かりやすいように画面上の装備箱を点滅させる。


「えっと、これ? 開けて良いんですか?」


 その表示の通り、装備箱を見つけたネリネはそれを手にした。小型のケースであったがネリネに取ってみれば見たことの無い素材で出来た箱であり、開けても良い物か思案する。モニターはネリネの口の動きから悩んでいることを悟り。同じようにオッケーのイラストを出す。

 そしてネリネは装備箱を開いた。


 中に入っていたのは、縁なしのゴーグルと太めの首輪であった。ネリネの知識としては一応眼鏡という物はある。たまに村に来る行商が所持しており目の悪い人が付ける物であると言う認識である。ただものすごく高価な(高い)ので、村で付けている者は居ない。首輪は家畜などがたまに付けているため知っている。それを取り出してしげしげと眺める。果たしてどうやって使うのだろうか。そもそも誰に使うのか。ネリネにはこのあとのことが不明であった。


 対してM42は最大の難関をクリアしたと言っても良く安堵していた。後は戦車兵用のマニュアル映像を流しておけばおそらく使い方は分かるであろう。


「えっとこれは人間が付けるんですか?」


 不明ながら映像を見て使い方が分かったのだろう。ただネリネは人間に首輪を付けると言うことを知らなかったため多少戸惑いはした物の自分が物を知らないだけだと思い最終的に付けることにした。どうも映像によると眼鏡も掛けるらしいからかけてみる。

 すると――


『ようこそ車長(マスター)。ようやく意思疎通が図れます。』

「ひゃぁ!」


 いきなり聞こえてきた声に驚きの声を上げるネリネ。ゴーグルと首輪チョーカーはM42戦車に搭載されている通信機器であった。

 ゴーグルは視界共有用のカメラとデータ投影用のグラス部から構成される。大きめのチョーカーは骨伝導スピーカー兼マイクである。同時に生体データ確認(バイタルチェック)も出来る最先端機器だ。

 

 とは言え、いきなりのことである為、ビックリしたネリネはその場を逃げ出そうとする。対して逃げられると困るM42は可哀想だと思いながら後部ハッチを閉めてネリネは閉じ込めた。


「開けて! 開けてください!」


 パニックになっているのだろう、ドンドンとハッチを叩くネリネ。M42はパニックが落ち着くのを待つ。

 戦車のハッチは頑丈だ。8歳の少女が叩いたところでどうにもならない。

 そうして、さすがに長時間叩いて疲れたのかそれとも腕が痛くなったのかやがてネリネはおとなしくなった。と言うか、諦めてその場にへたり込んだ。顔は俯いており怯えの色が見える。


『落ち着かれましたか?』

「だ、誰ですか? 私、食べられるんですか?」


 ようやく動きが収まったところでM42は可能な限り優しくゆっくりと声をかける。それに対してネリネは今だ警戒感を露わにしている。


『まずは自己紹介をしましょう。私はM42です。車長(マスター)の名前を教えて下さい』

「ね、ネリネです」

『ネリネ車長ですか。良い名前ですね』

「あ、ありがとうございます。」

『私はあなたの味方です。怖がる必要はありません。現状の説明をしたいのですが、その前にその体の傷跡をどうにかした方が良いでしょう』

「え、あ……」


 体の傷跡と言われ、父親から暴力を受けた箇所の痛みを思い出した。思い出すとジクジクと痛んでくる。先ほどまでパニックで叩いていた腕もかなり痛い。


『こちらの救急セットがあります。これを使用してください。』


 するとゴーグルに矢印が表示されてその方向を向くと今度は、そこにあった箱の輪郭が点滅していた。ゴーグルのAR技術の応用なのだが勿論見たことも聞いたことも無いネリネは大いに混乱する。

 ただネリネ自身は自分が学がないことを自覚していたので都会やお金持ちにはこういった物ももしかしたらあるのかも知れないと考えた。結局ネリネのように学のない者は、その他、学のある貴族や金持ちにいいように使われるのだと。


『その白い箱を開けてください』

「はい」


 開いたのは応急救急箱だ。

 中には皆さんおなじみの薬品やらガーゼ類も入っていたそして、


『右にある円筒形の物を使用します。そしてモニターを見て同じように使ってください』


 言うとおりネリネが開けた箱にあった円筒形のもの――(針の無い)注射器を兵士が腕に打っている映像が流される。針が無いのでアレは何をやっているのだろうと思っていたネリネであったが、もうここに来て選択肢などあろうはずも無かった。

 ここの人(M42)はネリネを返すつもりは無く、帰ったら父親から暴力を振るわれる。


 ネリネは素直に従い、注射器二本分の薬液を体内に取り込んだ。


「すごい……」


 注射を打ってすぐに、体にあった青あざが元の肌の色に戻ってく。痛みも和らぎ直に消えていった。


 取り込んだのは医療用ナノマシンであったが、その命令を書き換えることで様々なことが出来る。M42は現状からの脱出手段としてネリネという少女に本当の主人(マスター)となって貰おうと考えたのだ。


 指示を受けたナノマシンはネリネの体の中で活動を開始する。損傷箇所の修復を行うと余剰となったナノマシンは体の各部に散っていってネリネの体内物質の分泌制御、ホルモンバランスの維持、脳内物質ヘの干渉を行っていく。結果としてネリネは一般人が裸足で逃げ出す程度には『物覚えが良く』なった(人体へ投与するタイプのナノマシンの効果は永続的では無く体外へと排出されると効果を失う。大体は3ヶ月~半年程度である。)。


『ありがとうございます。現状頼れるのがネリネ車長のみですので多少強引な方法をとりました。申し訳ありません。』

「いえ……お友達いないの……悲しいですよね」

『ええ、ですが私は幸運です。ネリネという人を見つけました』

「え、あ、あの私のことを友達って言ってくれるんですか?」

『正確には上位者(マスター)兵器(スレイブ)です。ですが同じ困難に立ち向かうという意味では友人と呼んでも良いのでは無いでしょうか』

「と、ともだち」


 ネリネは今まで友達などいたことが無い。近所の子達が仲よさそうに遊んでいるのを見て羨ましそうな視線を送っているぐらいだった。そんな私にも友達が出来たと嬉しくなってしまった。その友達とやらが何者であろうとも。


 ネリネはその後、以前のように村に戻るのだろうと思っていたが戻ろうとはしなかった。


『もうすぐ夕方です。ご両親が心配するのでは?』

「あの人達は心配なんてしないです」


 やはり彼女は虐待を受けているのだろう。家があるのに帰りたくないようだった。


『車内に泊まる分には何も言いませんが、ここに食料品はありませんので注意してください』


 それを聞くとネリネは一気に満面の笑みを浮かべて首を縦に振った・


「はい、ありがとうございます!」

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