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蒼と紅-糸原兄妹の退魔奇譚-  作者: 砂原翠
糸原紅緒、退魔師になる。
3/53

003 糸原紅緒、退魔師になる。その3

 高校の昼休み、糸原紅緒は教室で弁当を食べていた。卵焼きをひとくち齧り、溜め息をつく。そんな紅緒を見かねて、隣の席でパンを食べていた友人の花房雫(はなぶさしずく)が声をかけた。


「紅緒ちゃん、なんだか元気ないね」


 食事でティントの薄れた唇をひき結び、紅緒は雫にすがるような視線を向ける。


「雫ちゃん、聞いてくれますか」

「どうしたの?」


 雫は机にパンを置き、紅緒に向き合った。ボブヘアーが似合う上品な顔が、優しい笑みをつくる。

 学校で、紅緒の友達は多くない。「呪われた子」。紅緒が生まれ、家族が次々に急死していく様子を見て、周囲の者がいつからか紅緒をそう呼び始めた。糸原さんと関わるとよくないことが起きる。噂に尾ひれがつき、紅緒の身だしなみや口調のこだわりも手伝って、紅緒は級友や教師からも避けられるようになった。


 けれど、高校一年生で同じクラスになった雫は、そんな噂に構わず紅緒の友人になった。彼女いわく、「私も小さい頃に家族をなくして、嫌な思いをしたから」とのことで、境遇が似ていることもあり、二人はすぐに親友となった。

 紅緒は手櫛で髪を梳き、視線をおとして話し出す。


「最近、家業を手伝っているのだけれど、全然うまくいかなくて、自信を失っているんです」

「最初から上手にできる人なんていないよ」

「それは、そうなのですけれど」


 ネイルで飾られた指先をもてあそび、紅緒は息を吐く。


「昔から、わたくしはお兄さまに守られてばかりなんです」

「へえ、紅緒ちゃんのことが大切なんだね」

「ええ、大切にされているのだと思います。それは分かっているのですけれど、何もできない自分が情けなくて」


 ふふ、と雫が笑い声を零した。


「それは贅沢な悩みだね」


 紅緒は首をひねる。


「贅沢でしょうか?」

「宝物みたいに大切にされて困ってしまう、って悩みが贅沢でないわけないよ」


 まあ、と紅緒は口元を手で覆う。


「そう言われますと、なんだか照れ臭いですわ」

「仲良しなきょうだいって羨ましいよ。私、一人っ子だから」


 紅緒は目をまたたき、雫の細い手を取った。


「わたくし、雫ちゃんの姉妹にはなれませんが、お友達として雫ちゃんに決して寂しい思いをさせませんわ」


 一瞬ぽかんとした顔をして、雫は溢れんばかりの笑みを見せる。


「ありがとう、紅緒ちゃん」

「いいえ、雫ちゃんこそ、わたくしのお友達でいてくださって、ありがとうございます」


 二人の少女は見つめ合って、照れくさそうにはにかんだ。



「今日こそは一人で妖魔を退治しますので、お兄さまは見ていてくださいね」


 深夜の住宅街で紅緒に宣言され、蒼衣はあいまいに頷いた。


「だけどなあ、紅緒。お前はまだ修業を始めたばかりじゃないか」

「いえ、お兄さまに守られてばかりでは、いつまで経っても技術が身に付かないままですわ。わたくしが瀕死になるまで、手出し無用でお願いいたします」

「そんな……兄ちゃん無理だよ」


 蒼衣が顔をひきつらせたとき、紅緒がむっと眉根を寄せた。


「お兄さま……」

「ごっ、ごめん紅緒、兄ちゃんできるだけ頑張るから」

「いえ、そうではなく、何か変ではありませんか?」


 そう言われ、蒼衣は周囲に目を走らせた。特に不審なものはない。妖魔の気配もそれほど感じない。しいて言えば、道路が傷付いているような――。

 それは、刀傷のようだった。アスファルト上に、十から二十センチメートルほどの傷が無数につけられている。

 よく見てみれば、家屋の壁や門、電柱なども傷付けられている。


「妖魔……でしょうか」

「おそらく……」


 蒼衣が目を見開いた。


「紅緒、危ない!」


 妹の肩を抱き、転がるようにその場を離れる。一瞬前まで紅緒が立っていた道路には抉れるような傷が残されている。

 蒼衣と紅緒は息をのんだ。そこにいたのは、長い胴に長い尻尾、小さな顔に丸い耳、つぶらな瞳の獣だった。


「……イタチ?」


 紅緒のつぶやきに呼応するように、獣が唸り、鋭い牙を剥いた。後ろ足が勢いよく地面を蹴る。


「紅緒には触れさせない!」


 蒼衣が叫ぶと、言霊で紅緒の前に硝子のような結界が張られ、飛び掛かってきた獣の鋭い爪を防いだ。


鎌鼬(かまいたち)か……紅緒、危ないから兄ちゃんの後ろに隠れてろ」

「嫌です!」


 決然とした声に、蒼衣は驚いて紅緒を見た。

 紅緒はすでに立ち上がり、険しい表情で鎌鼬を睨みつけていた。再び鎌鼬が紅緒に向けて駆けてくる。紅緒は両手で防いだが、鋭利な爪が紅緒の柔肌を切り裂き、鮮血が飛んだ。


「紅緒!」

「もう、守られているだけなんて嫌なんです!」


 悲鳴のような声で紅緒は言う。


「守られて、大切な人が傷付いていくのを見ているだけなんて、絶対に嫌なんです!」


 気圧され、蒼衣は口をつぐんだ。紅緒は唇をひき結び、おのれの胸の前に両手を翳し、親指と人差し指の空間で三角形をつくる。


白菊(しらぎく)! 出てきなさい!」


 蒼衣は予想外の光景に瞠目した。紅緒が結んだ印の中から、大型犬のような獣が勢いよく飛び出した。


 ――妖狐!


 それは、黒い胴にまるで白菊のような模様を散らした、立派な白い尾をもった狐だった。妖狐は紅緒の前で敵を見据えるながら悠然と歩き、豊かな尻尾をゆらりと揺らした。

 思わず、蒼衣は叫ぶ。


「紅緒、お前兄ちゃんに隠れて式鬼(しき)を飼ってたのか…!」


 不敵に、紅緒が笑う。


鎌鼬(かまいたち)ふぜい、お爺さまの『悪食(あくじき)』に比べれば恐るるに足りませんわ……!」


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