2.カミ
ーーー日本諸島探索81日目--グレン・コーナミーーー
フジ山の中腹に異常に隆起した地点を確認した。
比較的、安全なルートを選び30M程度の断崖絶壁を登ったところ、崖の上には大量の竹が密集していた。
明らかに人の手が入っていると思われる道を登った先に神社のような建造物を発見。
劣化はほとんど見られない。
そこで、人型の何かと接触した。
どうやら、言語によってこちらとコミュニケーションを取ろうとしているようだ。
だが、私は日本語がわからない。
音声を録音する。
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一目見た瞬間に、理解した。
コレは ヒトでは無い。
かつてこの地に住んでいたニホン人の伝統的な服に身を包んだその「女」は、こちらの方を向きながら言葉を発した。
『おそらく貴方は私の使う言葉を解さないでしょう。 しかし、言わせて下さい。 旅の御方。』
『今、この地には不法渡航者がおり、其れがこの地を侵し、穢そうとしています。 無神論者の貴方にお願いするのは大変不躾ではありますが、どうか貴方のお力をお貸しください。』
「女」はそういうと、深く被っていた笠を脱いだ。
いかにも、日本人的な幼い小娘の顔立ちだった。腰まで伸びた漆黒の髪が光を反射していないのを見てようやく、彼女はこの場所に実在していないことを理解した。
その、「実在しない女」は右手の中の笠を消し去ると、代わりに剣を出現させた。
実在しないはずのその女の右手には、鈍い光を反射する刀が握られている。
これは、本物だ。
それに気づくのと、ボイスレコーダーを握っていた手を槍に伸ばすのはほぼ同時だった。
「何を言っているのかは全くわからんが、敵だというのはわかった。」
『どうか、非礼をお許しください。』
「女」は最後にそう言った後、刀を地面スレスレに走らせこちらの懐に入ろうとした。
しなやか、高速 そして、正確だ。
その剣筋を槍の柄で逸し、こちらから1歩踏み込む。
敵は小柄で兵装は片手剣、翻ってこちらは中肉中背で兵装は2Mの槍とSingleActionArmyが5発。
距離を取るのが、こちらにとっての正解だ。
「故にこちらから突っ込むッ!」
敢えてこちらから踏み込み、怯んだ敵を突き飛ばし、上段振り下ろしで即殺。
並の敵ならそれで終わっていただろうが。
2段階目までは完璧に決まったが、もとより相手はヒトでは無い。それどころか、実在しない。
「女」は突き飛ばされた瞬間、まるで木の枝のようにくるくると、新聞紙のようにひらひらと空中を舞い、距離を取った。取るや否や、そのままこちらに最接近。
ひらひら、くるくる、するすると 回り、滑り、跳ぶ。
私を中心に「女」は回る、「女」を中心に刀が回る。
剣舞とはこのことである。
こうなれば最早、対変異体兵装の槍では追いつけない。 全ての動作は鈍重で、力強さは逆利用され、舞を引き立てる道具に成り下がる。
結局、最初から防戦一方で攻撃と言えるものは最初の突き飛ばしくらいである。
どれほど続いただろうか。
なんとか攻撃を凌ぎ、空中の「女」にSAAを一発食らわせんと槍を大きく薙いだ瞬間、「女」は私から大きく距離を取り、剣を消し去ってしまった。
『どうやら、時間が来たようです。 若しかすると、貴方なら、穢れを操りし者ならこの地に調和と秩序を齎してくれるやもしれません。』
「ハッ。 腕試しはもう終わりってか?」
『嗚呼、哀しきかな。 私は貴方の言葉がわかりません。 願わくは、貴方の行く先に幸あらんことを』
そう言って、「女」は空気に溶けるようにすっと消えた。
「おい、待て……全く、なんだったんだ。」
そう言って、槍をバックパックに固定しようとした瞬間
地面が爆ぜた。
否。
地面が消えた。
まるで、元から地面など無かったかのように消え失せ、私の体を支えるものはいなくなった。
「んんなんだぁこれえぇぇぇ!!!」
例えるなら、『裏世界に落ちた』だろうか。
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夢か現か。
答えは1つ、夢だ。
どれだけ、現実に近寄ろうとも幻想は幻想でしかない。
常識を脅かし得る全ての現象は空想なのだ。
故にこれは何でもないただの作り話だ。
この「模範解答」には矛盾がある。
現実と何か、幻想とは何か、定義が不明瞭である。
何を持って現実か幻想かを判別するのか、前提が不明瞭である。
そもそも、自身が知覚する全ての事象を、クロ・シロ、0・1、善・悪に二元化することに無理があるのだ。
では、何故我々は区別するのか。
コギト・エルゴ・スム
夢か、現か。
君は今、何処に居るのだろうか?