10.stlemi.陽が沈む予感
こんにちは。
冗談でしょう?
思わず口に出かけた言葉をぐっと飲みこんだ。
「それでその彼だけど、見つけたときは妙な格好をしていたんだ。手甲どころか、鎖帷子すら着てなかったんだよ。実際足が妙に早くてさ。やれやれ、どっちが案内役なんだよってね。」
「で、どこの国の手先かもわからないような怪しいやつを訓練校に入れたってわけね。」
「だからこその履歴書なんだよ。ほら、そこに彼の経歴が書いてあるでしょ?だからばっちりだよ。」
「履歴書なんか虚偽書きまくりの大喜利ネタ帳みたいなものじゃないの!……まあでも、実際王国を自由にのさばらせるくらいなら監視下に置いたほうがいいのかもね……。」
「彼なら、心配いらないと思うけどなぁ。」
「はいはい。」
「ひどくない?」
しかし、ヴィスコンティの直感は馬鹿にできない。
かつての第3次帝国軍襲撃戦で彼は、たった一人で王国の国境警備部隊に腕を売り、そして迫る帝国兵3000名の尽くを「首」にした真の英雄。
そこに至るまでには、単純な腕前以外にも多くの機知が必要であるのは明白であった。
「それにしても、年齢:141歳って……。人間って書いてあるけど?」
「不思議だよね。」
まったく同感だわ。流石に冗談だと思うんだけどな……。
ていうかこのアホは「不思議」以外になにも思わないのか。
これ完全に私たち評価者に対する挑戦みたいなものじゃねえか。
「まあ、今更私が何か言ったところで遅いけどね。……なになに、経歴:第4欧州連合国軍西部対変異生物特殊兵師団……なにこれ。」
「聞いたことのない国だよね。ストレミですら分からないのかぁー。どこにあるんだろうね。」
まさか。
いや、ありえない。
こんなの……危険極まりない……!
「ねえ、ヴィスコンティ」
「となると西海の群島地域かな。でもー……なんだい?」
「彼、ホルスターをつけていなかった?」
「つけてたよ。拳銃を腰に固定するやつでしょ?でもなー、彼はどう見ても帝国の人間じゃないよ?それに、そんな機密の塊を単独で持ってくる訳が……」
「そんなことわかってるわよ。……でも、そうね。持ってたのね。」
「銃?」
こうしちゃいられない。もっと情報が必要だわ。
私の記憶よりも正確で、大量の。
「あれ?ストレミ? どこ行くのさ。おーい」
異世界に関する知識が。
「あーあ、行っちゃった。彼の配属決め面接、今日なのになー」
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はるか昔、まだ私の祖父が胎の中にいたぐらい昔、この王国には3つの神がいた。
豊穣神アルデンファイ
戦神キュロン
屍神リックス
奴らは紛れもなくこの世界の支配者であり、英雄への力の貸与によって間接的に人類文明を管理していた。
「おかえりなさいませ、お嬢様。外套をお預かりします」
「セイン。第9番書架のカギと上白紙を3枚、大至急」
「かしこまりました。夕食はお取りになられますか」
「不要」
異なる世界より至り、神の力を借り受けた英雄は山を裂き、貨幣を造り、産業を興した。
まさに革新的存在。
神の意志により、人類文明を格段に発展させる先駆者。
中でも4色英雄は世界に破壊的な影響を与えた。
そのうちの一人、『賢者』アカイシは現代のアインビルツ王国の根幹をなす叡智をもたらした。
「セ氏23度、全図書が利用可能です」
「結構。では、アカイシ口伝集を」
それらのほぼすべてがアカイシの故郷「地球」の知識。
数千年の時を経て洗練された近代的思想の数々。
政治、経済、土木、鉄鋼、化学
ありえないブレイクスルーを呼んだ言葉は今も文字情報として残っている。
「たしか国家の欄に......あった。欧州連合。またはEU」
グレン中尉のもとの所属、第四欧州連合国軍と一致する。
しかし、腑に落ちない。 第四? 国? 軍?
これらはアカイシの記録と合わない。
勿論情報の欠落、改変はあり得る。大いにあり得る。
だが、対変異生物は変だ。
まるで「変異生物」という人類共通の敵に対応するための所属ではないか。
地球には、魔法も魔獣も存在しなかったのではないのか。
こうなってくると、かの「中尉」が帝国の回し者であるという可能性も出てくる。
ヴィスコンティは違うというだろうが......。
私も違うと思う。
どうするか。
しばしの逡巡。
いや、もとより選択肢は一つしかない。
彼を放置するのは危険すぎる。
そうと決まれば、やることは決まっている。
「セイン。外套を持ちなさい」
「かしこまりました」
どちらも同じことであるのは分かり切っているが、それでも考えずにはいられない。
かの者は我らの希望か。
絶望か。