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イミルデ・ルシアの夜  作者: Sarah Bun
11/13

9. その訓練兵は早い。 速い。

ーーーアインビルツ王国 ミューグラード 閃狼傭兵団訓練場 探索89日目--グレン・コーナミーーー


閃狼傭兵団に所属してから1週間が経とうとしている。

場所は変わり、正規軍ではないが、訓練が厳しいのは共通なようだ。


激しい訓練を通して気づいた点が主に3つある。

1つ目。

私、グレンが落下の際に体内の汚染を放射能からパターンKF7に切り替えた際、新たな神経回路を獲得したが、そのうちのひとつは「魔法の行使」であることが判明した。

しかし、本来は幼い頃から使ううちに最適化されるものらしく、現在魔法を「現象」として起こすことは出来ていない。


2つ目。

パターンKF7により変異したことにより、基幹システムの能率が上がった事を確認した。

どうやらこのパターンエネルギーは放射能よりも高い透過性と電離作用を持つようだが、物質へ影響を及ぼすのは条件があるようだ。


ヴァイタルAIの報告によると身体による変異のコントロール基幹システムにはバックドアのような脆弱性があるらしい。


保険として、いつでも放射能汚染に切り替えられるようにしてくれているらしい。


3つ目。

こちら側の兵士は、KF7による身体の強化を瞬間的に利用することで戦況を一撃でひっくり返すような戦闘スタイルを多用するようだ。


しかし、指導係の話によると全員がそうではなく、特に不意をつくようなこのスタイルを取る者は、違うスタイルを取る者に対して自身のテンポを掴みづらくなることに注意しなければならないらしい。


私は、恒常的に身体強化を使っている状態なので違うスタイルということだが、参考に少し違う戦い方を模索するのもいいかもしれない。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「さあ、こいグレン訓練兵! 昨日みたいにまたボロ雑巾にしてやろう!」


指導係は右手の直剣をまっすぐこちらに向け、半身に構えている。

こちらの兵装は短槍。


リーチは長く、一見私に有利であるよう見える。


「ッシィッ!」


先ずは一突き。当然躱される。


素早くもう一突きし、指導係が穂先を剣で弾いた瞬間に槍を半回転。


石突で脛を払う。


もちろん、それにも余裕で反応する。

タップダンスのように足を下げ、急加速。


突き上げるように肘打ちを放ってくる。

体格は私の方が大きい為、指導係にとっては接近はリスクを伴う。

私はそれの勢いを逆に利用し、顔に一撃を入れようとした瞬間、


突然指導係の体勢が変わり、対応する間もなく腹を蹴り飛ばされて転がされてしまった。


指導係の追撃を足払いで遠ざけつつ素早く立ち上がるやいなや、指導係からの切り上げが顔に迫る。


それをすかさず槍で逸らし、浮いた剣を絡めようとするも、素早く逃げられてしまう。



「遅いぞグレン! 遅すぎる! 防御は間に合っても、攻撃すると簡単にカウンターを食らうぞ!」



全くもって読めない。


簡単に言うとこうなる。


私の元の戦闘スタイルは後の先。

相手の攻撃に合わせて素早くジャブを打ち、体勢が崩れた所に強烈な一撃を浴びせる。

タイミングはシビアだが、決まると理不尽なほど強い。


だがしかしその戦法はここでは通用しなかった。


先ず、相手の体勢を崩せない。

KF7の身体制御は、慣性の法則や体幹と言ったものを易々と無視する。

普通なら避けられない一撃をスレスレで避けられてしまう。


そして、相手の方が速い。

普段の状態では私の方が圧倒的に速い、が、最高速度は相手の方が速い。

故に前居たところでは有効だった戦法の尽くが後出しで対処されてしまう。

気づいた時にはもう遅い、なんて事が起こりにくくなった。


全てが私にとって不利である。



「足がお留守だぞ……ッ! っとさすがにここら辺は強いな……。」


とはいえ、積み上げて来たものが無駄になる訳では無い。

指導係は指導においてのエキスパートで、戦闘中も注意深く相手の体を観察している。


今回も足の防御の薄さに気づいたようだが、私の体幹を崩すことは簡単ではない。

生半可に手を出すと反撃を受ける程、私の姿勢制御は完璧だ。


その反撃を避けられてしまうため、私は攻めあぐねてしまうのだが。



「ふう……今日はこれぐらいにしておこう。」



「ありがとうございました。」



「いや、いいんだよ。 多分あんたは獣と戦えば俺よりも強い狩人になれる筈だしな……。

とはいえ、団長直々に対人能力を鍛えておけって言われてるからな。」



ヴィスコンティは私が将来的に対人戦闘をするようになると考えているらしい。


私も同感だ。


「まあ、言うとすれば、遅い。

全ての動作が中途半端に遅いから、俺にとっては攻撃してくる瞬間が隙でしかない。

それなのに取る戦法は、俺のと同じ。

これじゃ良くて劣化版だ。」



「やはり、不意をつけるような身体強化を身につけた方が良いでしょうか。」



「……そうだな。それぐらいしかないな。

あとは、全体的に今の1.6倍ぐらい早くなれば安定しそうだな。」



1.6倍か……。

かなり難しいが、不可能ではない。


すると、指導係が思いついたように言った。



「そうだ! 何か簡単な魔法でも練習したらどうだ?」



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ーーー





「え? 動きが早くなる魔法?」


閃狼傭兵団の訓練兵拠点には大きく分けて建物が4つあり、総務部、工学部、魔法部、訓練部がある。


魔法部の相談係は私の質問に意表を付かれたような反応をした。


「はい。 何か急に体を加速させるような魔法はありませんか?」


「あのねぇ、魔法だって万能じゃないのよ? 精々、物を燃やしたり軽い物を動かしたりするぐらいよ。

だいたい、体を早く動かしたいなら身体強化をすればいいじゃない。」



「身体強化しても動くには体を使わなければならないじゃないですか。 もっと……魔法だけで動く方法はないですかね?」



「うーーん。 無いことは無いけど……。」


「有るんですか?」


「かなり……燃費悪いわよ?」



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ーーー



魔法は無尽蔵に使える訳では無い。

身体強化も然りだ。

私もそうだが、KF7で変異している者にとって、KF7は魔法に使う以前に、生命維持にも使う。

故に、欠乏すると死にはしなくとも、何かしらの健康被害が起きる。



身体強化はあくまで身体をKF7で「補助」しているに過ぎない。 が、魔法だけで動くとなるとかなりのエネルギーを必要とする。


『いい? 魔法スラストは本来、空挺騎士が着地の際に魔法石の魔素を使って行使するものよ。

確かに、魔法スラストを使って戦う奴もいるけど、人間には無理。

魔素が足りないの。

これで戦うのは、魔法に長けたエルフや魔族位よ。

それに、制御が難しい。 やってることは単純だけど、使い方が難しいの。

少し間違えたら、空に飛んでって虚しく転落死よ。』



少し間違うと転落死するらしい。


とはいえ、これはまさに私にとってお誂え向きな魔法だ。

炎や電気を生み出すのは、行使自体が複雑で私には使えない。

しかし、ただ単純に「反作用」で動くだけなら私の未熟な魔法の神経回路でも使えないことは無い。



魔法の使い方は簡単だ。


1.体を巡る血管に意識を集中させる。


2.一緒に流れるKF7(魔素)に集中し、必要な場所に集める。 今回は腰の両サイドだ。


3.集めた魔素を………握り潰す!!


4.飛ぶ。 ランダムな方向へ。



「ぁあああああああぁぁぁぁ!?」



今回は真上に飛んだから、真下に落ちた。



相談係には『なんでそこで握りつぶすのよ!?』と言われてしまったが、そうでもしないと発動しないのだ。


暴発に近い魔法の行使だったが運がよかった。

今回は真上に飛んだのでいいデータが取れた。

体内の魔素を2割程利用して飛んだ高さは、8M。

十分に戦闘で利用できるレベルだ。


それに何回も暴発した甲斐があった。


[魔法:スラスト;の行使手順を確立

最適化…………成功

核融合炉デルタ:ステータス:休炉中

核融合炉デルタ固有AIに魔素パターンのデータをアップロード………成功

核融合炉デルタとエネルギータンクベータを接続……成功

核融合炉デルタ魔素変換手順を起動……成功

核融合炉デルタと核融合炉エコー間のリンクを確立………成功

核融合炉エコーとエネルギータンクベータを接続………成功

核融合炉エコーとエネルギータンクチャーリーを接続………成功

核融合炉エコーKF8変換手順を起動……成功

核融合炉デルタと外部デバイスを接続……………成功

エネルギータンクチャーリーと魔法行使回路を接続………成功]


どうやらこれで魔素不足の心配はなくなったようだ。


そして、これで終わりではない。


訓練中は不要なので外していたジャンプキットを再度腰に固定する。


[駆動デバイス:ジャンプキット;の接続を確認

ジャンプキットに魔法:スラスト;データをアップロード………成功

ジャンプキット…利用可能]



燃費の悪さも解消された。

魔法の行使に慣れていないのなら、元からそういう目的で作られたものに任せればいいのだ。

更に放射能と違って魔素はKF8という反応性の低いエネルギーに変換できるので作り置きが容易なのがジャンプキットに向いている。


因みにわかりやすくシステムの順序を書くと、


外から魔素を集める

融合炉(KF7からKF8に)

タンクに貯蔵

融合炉(KF7に戻す)

タンクに貯蔵

ジャンプキットへ


といった感じだ。


まるでグルコースとグリコーゲンだな。


とにかくこれでいつでも好きな時に立体機動ができるわけだ。


因みにゲームみたいにダブルジャンプは出来ない。

当然だが、2段階に分けて強力に噴射するメリットは無い。

オマケにモノを燃やしている訳では無いのでオーバーヒートの心配はない。

むしろ、一気に出力を上げると回路が吹っ飛んでしまう。


よって使い方はジェットパックに近い。

あとは、地面を高速で平行移動したり、長距離を壁走りする補助に使うぐらいだ。



すると、訓練場の真ん中でぴょんぴょんと飛んでいた私を見ていた指導係が言った。



「凄いなそれ……どうなってんだ。 移動以外には使えないのか?」



「いえ、燃費は悪くなりますが、ジャンプキット無しでも飛べないことは無いですし、腰以外でも使うことができるので攻撃にも使えます。」



「そうか。 じゃあ、ちょっくら戦ってみるか?」



というわけで指導係と戦ってみたが、簡単に言うと圧勝だった。


これまでは、防御に有利な鈍重な戦闘スタイルだったのが、魔法スラストの補助を受けた瞬間に速度で翻弄するスタイル「も」手に入れてしまった。


例えば、指導係の剣を先と同様に絡め取ろうとした時に、指導係は身体強化で離脱するが、すかさずスラストを軽くふかすだけで追撃することが出来る。


指導係の不意をつくような攻撃に対して肩にスラストをかけてタックルすることで簡単に弾き飛ばすことが出来る。



「ちくしょー! 余り受け入れたくなかったけどお前元から強いじゃねえか! もう訓練兵辞めろよー!」


結果そう言って指導係は総務部の方に走って行ってしまった。



こうして新たな収穫と共に、あっという間に訓練兵の期間は終わってしまった。


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