特製リゾットのいい香り
「お母さんが……病気?」
繰り返すようにいうと、アトレくんは頷いた。
「あやかしがお腹を空かせる、ねぇ。となると……魔王様」
「そうねぇ、確かに半人半妖ならありうるわ」
「そう。僕のお母さんは半人半妖なんだ。僕はこの森の魔力と母さんの力で生まれた子」
フィブリアさんと魔王さんに頷いてから、アトレくんはまた俯いた。
半人半妖。それは文字通り、半分人間で半分あやかしという存在。人と交わったり、もしくは人間が仙人の領域に達したり、条件は幾つかある。
限りなく自然に近い状態の存在なので、あやふやなあやかしとあまり変わらない。
ある意味、病とは縁遠い存在だ。
もちろん、その自然が異常なレベルで急激に汚染されたら違うかもしれないけれど。
このあたりの森の気配はとても綺麗だから、そんな様子はないんだよね。
「どういう状態なんですか?」
「それが……クウフクビョウ、っていうらしい」
「「「クウフクビョウ?」」」
兄さん、魔王さん、フィブリアさんの三人が声を合わせて首を傾げた。
聞いたことなんてない。僕も同じだ。
でも……僕にとっては割と聞きなれた言葉でもある。
「クウフクって……お腹が空いてるってことですか?」
「どうも、そうらしいんだ。とりあえず、何かを腸にいれないとって」
「はらわた」
「あやかしは何かを食べるって風習ないからねぇ」
顔をひきつらせる兄さんに、苦笑する魔王さん。確かにはらわたって、そういう意味では使わないものね。
ともあれ、僕の推測は当たってたんだ。
半人半妖だから、もしかしたらお腹空くのかもしれない。もちろん、その頻度は少ないのだろうけれど。そうじゃなかったら、アトレくんも慌ててないだろうから。
「それで、町の食べ物を全部持って行っちゃったんですか?」
「うん。母さんが何を好きか分からないというか……そもそも、何を腸にいれればいいか分からないし、町では確か大きいフェスティバルをやってると精霊たちから聞いていたから、人間の食料がたくさんあるだろうって思って」
半人半妖ならば、人間の食料を食べるだろう、という考えかららしい。
推測としては間違ってないと思う。
「じゃあ、食べてくれたの?」
問いかけると、アトレくんは首を振った。
「……全然ダメなんだ。どうしてか分からなくて……最初は木の実なんかを渡してみたんだけど、食べなくて、全然。だから、人間のタベモノを渡してみたんだけど、ダメで……母さんはハラガヘッタ、ハラガヘッタって謎の呪文をいいだしてしまうし」
「なるほどなぁ。空腹って概念がそもそもないから、そうなってしまうのか」
「食材っていっても、調理しないと食べられないもの多いですしね」
フィブリアさんが腕を組みながら唸るのを見て、僕も唸る。
果物とか野菜とかなら別だろうけれど。肉とかはなぁ。もちろん、熟した果実はそれだけでご馳走なんだけど。
でも、それを口にしないってことは、そういうものは食べ慣れてるってことなのかな?
ちらりと森の様子を見ると、青々と茂っている。
きっと果実もキノコも豊富にあるんだろう。だったら、果実は摂取してても不思議はないよね。つまり、飽きてるのか。
半人半妖さんがどれだけの長い間生きているか分からないけれど、その可能性は否定できないと思う。
「ねぇ、アトレくん。他に何かいってませんでした? お母さん」
「他? えっと……温かくて、とろっとしてて、ふわっとしてるものが、いっぱい食べたいって。あと、チーズと肉とタマゴとコメ」
「なるほど」
となると、調理されたものがいいんだね。
「アトレくんは、どうにかしたいんですよね?」
「母さん、だからな」
「それじゃあ、僕がどうにかしてみるから、ちゃんと解決したら食材を元に戻してくれますか?」
持ちかけると、ぱぁっとアトレくんの顔が光った。
「本当か!? 嘘じゃないのか!? お前、なんとかできるのか!?」
「僕はこう見えて料理人だからね。温かくて、とろっとしてて、ふわっとしてて、チーズと肉とタマゴとコメを使った料理でしょ? やってみます。でも、アトレくんが持って行ってしまった食材は、みんなにとって必要なものなんです。とっても大事」
「そうなのか……」
「フェスティバルは食材をたくさん使うからね。それがなくて、みんな凄く困ってしまってるんだ。だから、返してくださいね?」
「なんとかなるなら、もちろんだ!」
僕にしがみつきながら、アトレくんは何度も頷いた。
うんうんと頷きながら、僕はフィブリアさんに視線を送る。
もちろん、僕が調理している間、お説教してもらうためだ。いくらお母さんのためっていっても、町の食材を根こそぎ持って行ってしまうのはいけないことだ。誰かを殺めてしまったわけじゃあないし、解決できそうだし、許されないワケでもないんだけど。
でも、悪いことは悪いこと。
今後、起こらないようにしておかないと。
意思はちゃんと伝わったみたいで、フィブリアさんはちょっと苦笑しながらも頷いた。
よーし、それなら早速ご飯にしよう! って、あ、調理器具どうしよ。ストレージにあるにはあるけど……。簡単なものしかないからなぁ。
ヒヒン、と嘶き。
振り返ると、スレイプニルさんがいた!
すごい! ついてきてくれてたんだ! ちゃんと馬車まで引っ張って!
「ありがとう。スレイプニルさんにもちゃんと作るからね」
スレイプニルさんを撫でながらいうと、スレイプニルさんは嬉しそうにしてくれた。
うんうん、腕によりをかけますか。
じゃあ早速、と。
用意するのは、お米、トマト、乾燥キノコと普通のキノコ、タマネギ、ウィンナー、チーズ、タマゴ、ニンニク、オリーブオイル。あとはとミルクとバター。
まずは、と。
細切りにした乾燥キノコを水で戻して、と。
その間に、トマトを魔法で細かく砕く。ドロドロになったのを裏ごしして、キノコの戻し汁に投入。後はミルク、粉末にしたトリガラ、お酒、キノコ、ほんのひとつまみの塩を入れて煮込む。
ゆっくり、コトコトと、アクも取り除いてね。
次に、ニンニクを切って、オリーブオイルでさっと炒める。冷たいうちからニンニクを入れるのがコツ。うん、パンチのあるいい香り!
そこにみじん切りにしたタマネギ、キノコを加えて、しんなりとするまで火を通す。焦がさないように、焦がさないように。
さっと火が通ったら米を投入。しっかり水はきっておいてね。
軽く混ぜ合わせて、ここでスープをいれる。
じっくり煮込みながら、焦がさないように時折混ぜて、水分が少なくなってきたらスープを足していく。
「手間がかかるんだな?」
一から見ていたアトレくんがきいてくる。
「うん。なんでもかんでも手間暇かければいいってものじゃあないんだけど」
手早く気軽にさっと作れる料理だって十分に美味しい。
料理といえるか分からないけど、炊いたご飯に、豆腐、マヨネーズ、醤油を入れてよーく混ぜたのも、すっごく美味しいんだよね。
要するに、美味しいご飯を作るってことが大事なんだ。ただ、リゾットは油断するとすぐ失敗しちゃうから、気をつけないといけないってだけ。
「よし、と」
お米に火が通ってきた段階で、次の準備!
僕は二つ目のコンロにフライパンを置いて、火をかける。
たっぷりめにバターを入れて、そこに斜めに切ったウィンナーを入れて炒める。じゅっと切り口を押し付けるようにして火を通すと、ウィンナーのいい味わいが出るんだ。
肉の旨味とバターのコクのある匂いがふわっと広がる。
「ん、リゾットもいい感じだね」
もたっとした状態を見て、チーズとウィンナーの旨味をたっぷり染み込んだバターを入れてさっと混ぜていく! 最後にちょっとの塩、コショウをかけて、と。
うん、いい香り。
じゃあ次。
卵を混ぜていく。ちょっと牛乳を入れながら、よく合わせておく。ちょっとだけお塩もね。
出来たら、オイルをひいて、と。
リゾットにたっぷりバターが入ってるから、卵は薄い味わいがいいよね。
「よっと」
温まったフライパンに卵を入れて、ここで一工夫!
卵液の淵が固まってきたら、菜箸を使って、端っこと端っこを十字で切るように真ん中に持って来て、と。この時、卵を持ってきすぎたら失敗するので、本当に淵がちょっと固まってきたくらいでいいんだよね。
あとは、くるくるっと巻いて、真ん中を盛り上げる。
こうすることで、真ん中がちょっとオムレツぽくなるんだよ。ふわっとするんだ。
あとは半熟に火が通るのを待って、と。
よし。
そのまま慎重に、リゾットにかける! これで完成!
トマトチーズリゾットのオムレツ風!
ま、オムライスに近いよね。
付け合わせはサラダとスープ。
サラダは簡単にレタスとキュウリとトマト。レモンドレッシングで。
スープは、コンソメスープ。キノコとジャガイモ、ベーコンが入ってるよ。
後は、森にたわわに実った果実がとっても美味しそうだから、これも絞って牛乳と混ぜてミックスジュースにしてみた。
試しに飲んでもらったけど、おかわりがきたくらいだ。
「よし、これで完成」
「ほほう、これは確かに美味しそうだ」
「「「うわあっ!?」」」
僕以外の全員が驚く。
いつのまにか、長い緑色の髪の女性がいたからだ。僕はさっきから気付いてたけど。
アトレくんのように、気配を隠してなかったと思うんだけどな。
たぶん、この人がアトレくんのお母さんなんだろう。
僕はテーブルに腰かけるアトレくんのお母さんに配膳した。
「さぁ、召し上がれ」





