サンドイッチとお人好し
翌日。僕らは街道を走っていた。
馬車から見える景色を楽しみながら、僕とフィブリアさんはサンドイッチをかじる。出かけてくるっていったら、グランさんの奥さんが差し入れしてくれた。しかも紅茶まで。
外に出ることは、色々と見聞が広まりますから、楽しんでくださいね。
そう笑顔で送り出してくれた。
本当にいい町だなぁ。ずっと暮らしていたいくらい。けど、そうもいかない。もっともっと色んなところを、国を旅したいから。
「うん、サンドイッチ美味しいな」
「ですね。この紅茶とよくあいます」
すごく甘い香り。スッキリしてて、サンドイッチの味が舌から洗い流される。
ハーブティなら少しだけ知ってるけど、紅茶もすごく奥が深そうだ。ちょっと勉強してみるのも楽しいかもしれない。
確か、紅茶の一大生産国があったなぁ。いつか寄って色々と試してみよう。
「ん、見えてきたか」
ちらりと窓から覗くと、草原の向こうに街並みが見えてきた。
といっても、そんなに大きい感じじゃなくて、どちらかというと村って感じだ。建物とかもすごく牧歌的だしね。
アルフォンシーノ。
ここはそう呼ばれている。
すごくのどかな場所で、ここは山の麓になる。ここは農業も畜産も盛んで、東の町の台所事情を支えてる地域の一つでもある。
特に有名なのが、大豆だ。
大豆は醤油や味噌の原料になる、本当に重要な食材だ。僕も愛用してる。
もちろん加工して食べるんじゃなくて、そのまま煮込んだりしても美味しいんだよね。
「……おや?」
フィブリアさんが、訝しく片方の目だけ細めた。
あれ、どうかしたのかな。
気になって僕も覗き込んでみると、すぐに異変に気が付いた。
おかしい。
今は朝にはちょっと遅くて、お昼にはまだ早い。つまり、畑仕事をするには最適の時間。それなのに、畑には誰もいない。それだけじゃない。畑全体が、なんだかくたびれている感じだ。そんなの変だ。
このあたりは土壌にすごく恵まれてるはずなのに。
「何か、あったみたいですね」
「おいおい、休みを満喫しにきたはずなんだがな……」
「いってられなさそうですね」
ちょっとこれは問題だぞ。
アルフォンシーノの生産力が落ちれば、それだけ東の町への打撃に直結する。でも、グランさんたちからは何も聞かされていない。もし問題があったら、頼んでくるはずだから。
本当に何があったんだろう。
気にかけていると、馬車が加速した。スレイプニルさんが気配を感じてくれたみたいだ。
本当に賢い。
ものの数分で、馬車は集落に辿り着いた。
すると、集落の中心くらいにある広場で、住人だろう人たちが集まっていた。気になる。早速向かおう。
僕とフィブリアさんは馬車からおりて、駆け寄る。
「あの、どうかしましたか?」
声をかけると、振り返ってくれたのは男の人。思わず声をあげそうになったくらい、疲れた様子だった。すごくやつれているように見える。
僕はとっさに魔力を使って様子をチェックする。
ふわっと波動が周囲に広がって、周辺を確認する。すぐに戻ってきた反応で、僕は異常を察知した。これは……土地のマナが、干上がる寸前まで少なくなってる……!?
「あんたは?」
「あ、旅のものです。東の町から、ここは大豆の宝庫だって聞いて」
「そうか。悪いね。見ての通り、畑がくたくたになってしまってな……」
男の人は深く落ち込んでいる様子だった。心配だ。
「一体、何があったんです?」
「分からないんだよ。たった一晩でこうなっちまったんだ」
「一晩で?」
「ああ、そうなんだよ」
僕はびっくりした。一晩でって……。そんなこと、どうやって起きたんだ?
僕が話している間に、フィブリアさんが細かく調べる。というか、どれだけの範囲で影響が起こっているかを確認してる感じだ。
少ししか感知してないけど、大分広そうだ。
「作物も、大分くたびれてる感じですね」
「収穫前だったんだがな……ほぼ全滅だよ。これじゃあ、村が潰れちまう……」
がっくりと肩を落としながら男の人は嘆く。
広場に集まった人たちは、みんなそうだ。なんて痛ましい。
畑って、決して安いものじゃない。良質なものを作ろうと思えば、それだけ肥料とかにも拘らないといけないし、時間もかかれば、手間もかかる。
そんな結晶ともいえる畑が、一晩でくたびれたら、落ち込んで当然だ。
しかも、よりにもよって収穫前。
これだと収益もあがらないから、大変なことになる。
原因はマナの極端な減少だ。だから、その代用となる魔力を注げば、一時的にだろうけど回復すると思う。僕とフィブリアさんの魔力があれば、なんとかなるかもしれない。まだどれだけの範囲でマナが減っているのか分からないけど。
でも、なんでそれが起こったのか。
そこを調べないと、一時的に立ち直ったとしても意味がないよね。
「どうするんだ、これから……」
「畑、もっぺん作り直すか?」
「そんなの、どうするんだ。土がからっからに乾いしまってるんだぞ」
「水をやっても、全然吸わないんだ。どうなっちまったんだ……」
口々に落胆していく住人たち。
これは、すぐにでもなんとかしてあげないと。
「かなりの広範囲だな……。枯渇状態からして、一気に吸い上げられた感じだ」
「一気に、ですか……ここはすごく豊かな土地だから、マナも豊富なのに」
「マナを吸い取る魔物の可能性を疑うんだが……形跡がないな」
――マナを吸い取る魔物、ときいて、出てくる候補はいくつかある。どれもこれも、こんなところに現れるような種族じゃない。そもそも、この辺りも魔物が少ないんだ。
となると、吸い取られたマナの追跡をしてみようかな。
なんとかなると思う。
「分かりました、ちょっと僕が調べてきます」
「ええっ? あんたが?」
「大丈夫です。こう見えても、ちょっと魔法とか使えますし」
早速フィブリアさんから刺すような視線がやってくるけど、仕方ない。
役人さんや騎士団たちを待っていたら、間に合わないかもしれないんだから。
目線で訴えると、フィブリアさんは腰に両手を当てながら俯く。
「緊急事態だから、今回は見逃す」
フィブリアさんはぼそっと僕にだけ聞こえるようにいって、僕の前に出た。
「こんな事態に遭遇したのも何かの縁だろう。できる限りのことはしてみる。少しだけ時間をいただきたい。緊急事態だろうからな」
凛とした、はりのある声。説得力あるなぁ。
「本当にいいのか……?」
「けど、大丈夫なのかよ」
「俺たちじゃあ、どうすればいいかもわからないんだ。お願いしてみよう」
「そうだけど……役人さ待ってても、いつになるか……」
住人たちは数分間話し合って、僕たちにゆだねてくれた。その期待にこたえないとね。
「本当に僅かだが、マナの欠片が残っているな」
「山の方に続いてますね。いってみましょう」
僕とフィブリアさんはお互いに頷いて、山の方へ入っていく。
獣道に等しい山道をのぼりながら、僕たちは山もかなりマナが減少していることを確認した。ここが枯渇したら、大変なことになる。
がけ崩れどころか、土砂崩れが起こるかも。
麓にある集落はひとたまりもないだろうし、犠牲もでるよね。
「……む、何か反応があるな」
常に周辺を探っているフィブリアさんが、何かを見つけてくれたみたいだ。
指を向けた方向に僕も探ると、確かに、違和感みたいなのがある。感知が苦手な僕じゃあこれくらいしか分からないけど……。
とにかく、向かってみよう。
フィブリアさんの先導で、どんどん山の奥へ入っていく。
森がどんどん深くなっていく。
本当なら緑も濃くなるはずなのに、どの植物たちもくたびれていた。今にも息絶えそうだ。そのせいか、ちょっと息苦しい。
「このあたりだが……」
がさがさと草を分け入りながら、フィブリアさんはやっと止まった。
景色が広がる。
「洞窟、ですね」
それも、かなり大きい。
ここまで近づいたら、僕でも分かる。よくない感じが伝わってきた。それに、マナがものすごく濃い。これじゃあ逆に苦しい。人が入ったら、すぐに気絶しちゃうんじゃないかな。
フィブリアさんは全身を変化させ、魔族の姿になった。
「気をつけろ。奥の方でマナが瘴気になってるぞ」
「じゃあ、この奥にいるのは魔族の誰かですか?」
「……いや違うな。瘴気が違う」
フィブリアさんは足音を殺しながら洞窟へ入っていく。僕も防護魔法を自分に展開してそれに続いた。戦闘になるかもしれない。
本当は避けたいんだけどな、僕、戦うのはちょっと嫌いだ。
「……ォォ……ォォォ……ォォ……」
声だ。
それも苦しそうな、唸り声。
フィブリアさんは更に慎重になって洞窟を進む。迷路とかにはなってなくて一本道だ。でも鍾乳洞とかも多くて、隠れる場所はたくさんあった。
「……タス……ケ……テ……」
――?
助けを、呼ぶ声?
思わずフィブリアさんと顔を見合わせる。もしかして、苦しんでる?
もし瘴気を浴びて苦しんでいるなら、助け出さないと。
「いこう」
「はい」
僕たちはどんどんと洞窟を進んでいって、最奥に辿り着いた。
そこはまるで抉り抜かれたかのような広い空間で、かなり広かった。大きいお城の謁見の間くらいあるんじゃないかな。ヒカリコケが群生してて、妙に明るい。
そんな空間の真ん中に、唸り声の正体はいた。
真っ黒な鱗に、翼。強そうな角。そして、巨体。
間違いない。――ドラゴンだ。
「なんでこんなところに……?」
すごく弱ってる。
ドラゴンには僕もあったことがある。本当はもっと力強い魔力を持っているのに。それに、鱗の艶も悪いし、顔もだらんとしてる。目も空ろだし。辛そうだ。
「タス……ケテ……」
ドラゴンは、もう一度そう訴えてきた。
いったい、何が起こってるんだろう?
またまた首をつっこむタクトくんでした。
どうなることか……次回をお楽しみに。
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