始まりのポトフとワンパン
新連載です。よろしくお願いします。
──ことこと、くつくつ。
朝日のさしこむキッチンで、今日も料理を作りましょう、と。
乾燥キノコの戻し汁をベースに、キノコとベーコンとジャガイモを入れて煮込む。次にトマト、レタス、オニオン。仕上げにちょっとコショウとパセリをさっとかければポトフの出来上がり。
あとは黒パンをカットして、今朝届いたばかりのミルクで簡単朝ごはんだ。
キッチン傍の木製テーブルに並べて、と。
このテーブル、年季が入って古いけど、頑丈だしお気に入りなんだ。
うん、いい感じ。美味しそうだ。
僕はさっそくいただくことにする。ご飯は温かいうちに食べないとね。
「はふはふ」
湯気のいっぱいたつスープを、熱々のままいただく。ちゅる、と吸うと、トマトの柔らかい酸味がやってくる。そこにキノコのうま味、ベーコンの肉肉しい風味とコクが乗っかってくるようにやってきて、口の中に広がった。
んくーっ、おいしい!
頬っぺがじーんと痺れるようだ。たまらない。
温められてトロトロになったトマトとレタス。絡めると本当に美味しい。ベーコンも柔らかくなってるけど、まだまだジューシー。でも主役は芋だと思う。
「あふっ、ああ、ほくほくっ」
はくはくと、まるで煙突からでる煙のように白い息を吐きだしながら、僕は芋をかじる。
ちょうどよく火の通った芋は、咬めばあっさりと形を崩した。じゅわっと芋の旨味と、程よく吸っていたスープが染み出してきて、もうたまらない。
次はパンだ。黒パンは風味がちょっと強くて堅い。だから朝に食べるのは少ししんどいのだけれど、こうしてスープに浸して、柔らかくしてやれば……。
「んーっ、しみじゅわーっ!」
たまらない!
舌が熱くなってきたら、ミルクで冷ます。魔法で生み出した氷を入れているので、キンキンに冷えてくれていた。
「うん、美味しい」
さて、とっとと食べて、今日も一日頑張り――……
――ずどごぉおおおおおんっ!!
――ます、か?
響いてきた地鳴りに、僕は首を傾げた。カタカタと家が揺れてる。これは近い。
慌ててドアを開ける。
すると、そこにいたのは、ボロボロの鎧姿の大柄の男――魔族だった。紫の肌に、ヤギのような巻き角、縦に割れた瞳孔に、赤い目。間違いない。どうしてこんなところに?
「勇者は……勇者はどこにいる!」
「ん? 勇者って……兄のことですか? あれですか、兄を訪ねてこられたんですか」
「そうだ!」
ってことは、お客人ってこと?
珍しいな。いつもなら王都の城で出迎えるんだけど。ここは秘密の場所なわけで、ここに迎え入れるってことは、よっぽど大事なお客人か、内密のことか……どっちにしても、丁重にお迎えしないといけないな。
兄さんからは何も聞いてないけど、兄さんってたまに抜けることあるから。
特に今は忙しい時期だし、そういうこともあるよね、うん。
「そうですか、今、兄は出かけておりまして。よかったら中へどうぞ」
「は?」
「大したおもてなしはできませんけれど、あ、そうだ、朝ごはんは食べましたか?」
「いや、食べてないが……ってなんでそんなこと」
「だったら、ぜひ食べていってください。僕、こう見えても料理にちょっと自信がありまして、美味しいと思うんですよ!」
「おいまて、お前、俺が誰なのかわかってるのか?」
「ええ、魔族の人ですよね?」
「そうだ! 世界を闇に包み、恐怖で支配する偉大なる種族! それを前にして、お前は怖くないのか?」
「いえ? 全然?」
即答すると、お客人は顔をひきつらせた。あれ、マズいこといっちゃったかな? いや、でも怖いっていったら失礼だし。それに魔族と人間との戦争はもう終わって、和平協定結んだんだし。
「とことん舐めた口を……いいだろう、勝負だ!」
「え、勝負って……?」
「お前の腕を試してやるっていってるんだ。あの勇者の弟なのだろう?」
「ええ……まぁ、そうですけど」
僕は困惑する。
よくわからない流れなんだけど……とりあえず、魔族の流儀ってやつなのかな? それだったら、付き合わないと失礼だよね? 怒らせちゃったりして帰ったら、兄さんが困るだろうし……仕方ないか。
僕はゆっくりとドアから出る。
一定距離まで近づくと、客人は腰を落として、全身から魔力を高めてくる。手合わせみたいなものだから、本気でかかってこない、よね。うん。
「おおおおお! 《極大魔纏武闘》っ! はぁっ!」
先に仕掛けてきたのは客人。魔族らしく禍々しい力をまとって突っ込んできた。右手は拳だけど、左手には隠しナイフ。そんなに鋭くなさそうだけど、刺されたら痛そうだ。
僕は身構え、右の拳を半身で回避してから左手首にチョップ。
ナイフを叩き落し、そのまま軽くビンタした。
「へぶんっ!」
べちこんっ!!
と綺麗な音がして、客人の顔が横に弾ける。あ、手加減間違えたかも。思ったより柔らかいぞこの人。
そのまま地面に沈み込みそうになるのを、僕は慌てて胸倉を掴んで支えた。
「あわわ、ごめんなさい! 大丈夫ですか?」
「や、やるじゃないか……だ、大丈夫だから、手を……」
しまった。胸倉をしめつけてた! 僕は慌てて離す。
……──あれ?
なんか兜と胴体の鎧がとれて、セミロングの髪が、っていうか胸……これ、見た目が……女の、人!? え、男だと思ってたのに!
え、ええ、えええ、どういうことコレ! もしかして男装してたってだけ? と、ととと、とりあえず謝らなきゃ。
「あ、あああ、重ねてごめんなさい……」
「げほっげほっ……これが勇者の弟か……なんという強さ……」
咳き込みながら、客人は立ち上がる。なんとか動けそうだね。
「と、とりあえず中へどうぞ! 治療しないと!」
「……治療? 殺さないのか?」
とんでも発言に、僕は頭を振る。
「そんな、とんでもない! 兄さんのお客人にそんなこと! っていうか女の人になんて……と、とにかく中へどうぞ!」
僕が促すと、客人は素直に従ってくれた。よかった。
とりあえず魔族の流儀はちゃんとできたってことかな? うん、きっとそうだよね。
テーブルに座ってもらって、まずは治癒魔法。骨とかは折れてなくてよかった。顔も変なことにならなかった。
とにかくお茶を出してくつろいでもらってる間にポトフを温めて、パンとミルクも用意して、と。
「朝ごはんがまだっておっしゃってましたよね。これ、どうぞ」
とりあえず兄さんがくるまで、なんとか時間を作らないとね。ああ、まだかな。兄さん。どこにいくっていってたっけ。確か、あれ、隣の大陸の砂漠の国じゃなかったっけ?
かなり遠いよね、あれー?
首をかしげていると、客人はおそるおそるって感じでスープを口にした。
美味しいと思ってくれるといいな。
「……うまい」
そんな願いが通じたのか、客人は目をまんまるにしながら、呟いた。やった!
「よかったです。あ、スープにパンをつけると柔らかくなって美味しいですよ」
「うむ……最後の晩餐、か」
「え?」
「いや、なんでもない。いただこう」
客人は腕をふってから、ポトフに口をつけた。二杯もおかわりしてくれたので、相当に気に入ってくれたみたいだ。よかったぁ。
食後のハーブティーを出して、僕は後片付けする。
兄さんがやってきたのは、ちょうどその時だった。
「おい、大丈夫かタクト!」
バン、と勢いよく扉を開けて入ってきたのは、武装した兄さんだった。
「ちょっと兄さん、お客人がいるんだから失礼でしょ」
「は? 客人?」
怪訝な表情を浮かべるので、僕は客人に手を向ける。つられて兄さんは視線を動かし、テーブルでハーブティーをすすっている客人――魔族に視線を送って、盛大に眉をひそめた。あれ?
兄さんと客人は、一瞬だけ火花を散らせた気がした。
「おいまてタクト。ちょっとまて、盛大にまて」
真剣な顔で兄さんはズカズカと入り込んできて、僕の肩を掴む。そして、客人へ向けて指を向けた。ってそれも失礼じゃないの。
僕は苦情をいおうとしたけど、兄さんはそれより早かった。
「お前、こいつ誰だかわかってんの?」
「え、魔族の人でしょ? 兄さんのお客さんじゃないの?」
「魔族はあってるけど客人違う! こいつは魔族の中でも最上位クラス、魔族大元帥のフィブリアだぞ!」
「あ、そうなんだ」
「何その軽い反応! もうちょっと危機感もてよ!?」
あれ、なんで兄さんに叱られてるんだ僕は。
「いや、確かに魔族が危険だって知ってるけど、でも和平協定を結んだわけだし、だからお客人かなぁって」
「俺は思いっきり喧嘩を吹っ掛けたんだがな……?」
「てっきり魔族の流儀みたいなものかと」
素直に答えると、フィブリアさんも顔をひきつらせた。
「血みどろな流儀だな。いや魔族は血みどろだが……そんなノリでしばき倒された俺の意味っていったい……おい勇者、どういうことだ!」
「俺にきくな!? っていうか、しばき倒されたのになんで家の中にいるんだ!? しかも女になってるし!」
「僕が招いたんだよ。朝ごはんもまだっていってたし。おもてなししなきゃって」
「どこまで天然なんだお前はっ!?」
「ん? ちょっとまて、今の言い方だと、俺は処刑される前の最後の飯を振る舞われたのではなかったのか?」
「なんでそんなことするんですか。お客人なのに」
「おい勇者、本格的にどういうことなんだ! もう意味不明だぞ!」
「だから俺にきくなっつーの!」
爆発したように兄さんは叫んだ。
肩で息をしながら、兄さんはギロりとフィブリアさんを睨みつける。
「大体にしてだな、なんだってお前がここにいるんだ。和平協定を結んだろうが! こっちに用事がある時は正式に要請してからこいっつったろ! 戦争行為だぞこれ!」
「正式な用事じゃないからきたんだ。確かに魔王様がお前に倒され、降伏し、和平協定を結んだ。それには理解するが、そんなものわかりのいい魔族ばかりではないということだ」
「……さてはお前、その反対派の神輿にされたな?」
「そういうことだ。抑えきれそうになかったから、俺が単身乗り込んできたんだよ」
「情けねぇな」
「まったくだ。しかし、俺も理解はしてたが納得してなくてな。それで戦いを挑みにきたんだが、なんだかバカらしくなった。戦う気は失せたよ。こうも簡単に倒されたのでは、な」
フィブリアさんは呆れたような、諦めたように椅子にもたれかかった。深いため息をついてハーブティを飲み干す。
「あ、おかわりいかがですか?」
「うむ。いただいて構わないか」
「なぁ、なんでそんなにすっかり馴染んでるの?」
「うまい飯を馳走になったからではないか? それと、俺は完全に負けたんだ。好きにされていいと思ってるのもあるかもな。はは、こうもプライドを破壊されると、いっそ清々しいものだ」
なんかフィブリアさんが投げやりだ。向こうでイヤなことが続いてたんだろうな。神輿にされたとか認めてるし。ここは甘いクッキーでも出してあげよう。
僕はキッチンに移動して、棚からクッキーを取り出す。早く出してあげたいので、さっとお皿に広げてテーブルに戻った。
「クッキーを振る舞われるのも初めてだな。しかも美味しい」
「疲労回復にもいいんですよ」
「魔族を癒す人間なんて初めてだ」
「俺も初めて見るよ。ったく……おいフィブリア。お前、さっき好きにされていいっていったな?」
「ああ。いったぞ」
クッキーをかじりながら、フィブリアさんは頷く。
「じゃあ協力しろ。お前のことをここまでもてなしてくれた、弟のためだ」
「僕のため?」
きき返すと、兄さんは頷いた。
「そうだ。弟――タクトを、世界に旅立たせてやるための計画だ」
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