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作者: アバラ

 化物を殺す夢を見る。

 その夢の中は現在よりもひどく文明が遅れていて、車なんて見る影もないようなせいぜい馬車程度しかないような世界だった。そんな世界で自分は空を飛ぶことを夢見る少年で、馬鹿なことを言い合える仲間がいて、両親は優しくて博識で、色んな人から好かれていて、でも。

 ある日を境にそんな彼の世界は終わるのだ。

 化物。

 化物と化物。

 目が赤くて、巨大化して二足歩行を始めた狼のような化物がみんなのいる町を荒らしつくした。壊し、殺し、勝利の雄叫びに打ち震える、人間よりも何倍も体躯の大きい化物に対して僕は一本の剣を手に化物の前に躍り出る。

 不意をつかれた化物は貫かれ、悲鳴を上げて死ぬ。

 そしてその声に気づいた他の化物たちに引き裂かれ僕も死ぬ。

 そんな夢を何度も見た。

 内容は一匹の化物を殺したところで他の化物に殺されるということは同じなのだが、一つ、情景が違うのだ。

 あるときは家の前。

 あるときは郊外の川沿い。

 あるときは図書館の中。

 あるときは広場。

 またあるときは。

 もしかしたら僕は頭がおかしくなったのかもしれないと思うときもある。けれど、やっぱり違うという結論に落ち着く。なぜならこの夢を見だしてからよいうもの、むしろ頭は冴えわたるからだ。ひどく冷静に、ひどく合理的に僕は目の前の物事を理解し、判断できていることが、夢を見ていなかったときと比べてよくわかる。頭がおかしくなってこうなら、冴えた人間とはみな頭がおかしくなっているのだ。

 無論、そんなことを誰かに言うような馬鹿な真似はしなかった。

 むしろ僕は夢を見る自分を気に入っていた。

 まるで僕が僕じゃないみたいだ。頭がどんどん冴えわたっているのがわかる。することなすことが上手くいって、あの変な夢のおかげで頭まで良くなったような錯覚を覚える。

 ひどくひどく奇妙だった。

 まるで僕が僕でなくなっていくような。

 あるとき、ある日。突然のことだった。

 夢の中で僕は化物を殺した。けれど、殺した化物が耳をつんざくような、気味の悪い叫びをあげても仲間の化物たちは現れなかった。周囲を見渡すと、あるのは化物の亡骸ばかり。そして立っている場所をよく見ると、そこは夢の中の自分がよく知る牧場だった。

 青々とした草原一杯に、化物の死体が絨毯のように敷き詰められている。

 もう化物をすべて殺してしまったのだろうか? それとも、もはや化物は殺され続けるこの夢の中の世界から逃げ出してしまったのだろうか?

 聞きたくても、眼前の化物たちはすべて死んでしまったし、村人も見当たらない。

 そして殺したが殺されなかった夢を初めて見たその日、僕は繁華街の曲がり角に店を構える喫茶店でコーヒーを飲んでいた。外はアリのごとく無数の車が縦横に走りまわっている。

 僕はそちらを見ず、ついさっき買ったばかりの小説に目を落としていた。

 昼下がりの街は一際人通りも多く、窓際の席で一人小説を読みふけっている自分がくつろぐ喫茶店にも、余波で満席になりそうなほど客が押し寄せていた。

 どれほど経ったころだろうか。

 小説にすっかり意識が持って行かれ、3杯目のコーヒーが冷めてきたころだ。

 にわかに窓の向こうがざわつき始めた。

 そのざわつきが喫茶店の店内にも広がり、そして悲鳴に変わるのはそう長い時間ではなかった。

 初めて誰かが悲鳴を上げたそのとき、僕はようやく窓の向こうに視線を飛ばした。

 化物がいた。

 夢の中で、幸せだった僕の世界に破壊の限りを尽くしたあの、巨大化した狼が二足歩行ができるようになったようなひどく醜悪な化物。それが今現実で車や人に襲い掛かっていた。

 だから椅子の足でも掴んで化物に襲い掛かるのか? そんなことはしなかった。正確にはする必要がなかった。

 誰かが化物の背に向かって、身を躍らせていた。

 その手に鉈のような何か鋭利なものを握って。

 彼のその決断の速さ、手際の良さが相まって、まるで映画でも見ているような感覚だった。

 文字通り化物は顔も知らない誰かによって瞬殺された。手も足も出ず、引き裂かれた痛みに悲鳴を上げながら最後、滅茶苦茶に暴れた後、化物は派手な轟音と共に地面へと倒れ伏した。

 民衆たちは恐怖一色だった表情から一変、一様に安堵の表情を浮かべ、化物を殺した勇気ある男に歓声と拍手で讃えた。

 喫茶店からその一部始終を見ていた自分は、堪えきれず、笑みを浮かべ、洩らし、ついには爆笑を始めた。人目など気にならなかった。それ以上に、嬉しくてたまらなかった。この嬉しさを抑え込める自身など僕にはなかった。

 僕はこれ以上ないほどに嬉しかった。

 化物は死んじゃいなかった。いや、夢の中では死んだのかもしれない。が、また目の前に現れてくれた。

 笑い、笑い、笑い、まずいコーヒーを飲み干した。

 朝、夢の中で化物を殺し、別の化物に殺されないまま目を覚ましたとき、僕は焦った。もしかして、もう化物は殺せないのではないかと、落胆が自分の中を沈んでいくのがわかったのだ。

 化物をいかに殺すか、化物にいかに殺されないか。そして、傷を与えた化物をいかにいたぶるか。そんなことをもう考えられないのではないかと僕は純粋にショックだったのだ。

 けれど。

 化物はまた現れた。


 ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!


 喫茶店で座ったまま、僕は笑い転げた。

 殺せる! 殺せるのだ!


 ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!


 ひとしきり笑った後、僕は喫茶店から外へ出た。外は気持ちいいほどの晴天で、気温もこの季節にしては温暖だった。だから薄着で外を出歩く人間も多い。だから僕も今日は下着も着ることなくシャツに薄い上着を着るだけで外へ出たのだ。

 さて、帰ったら何をしようか。

 とりあえず、化物たちを殺す準備をしなければ。夢の中ではいつも剣が懐にあったからよかったが、現実ではそうもいかない。

 そんな面倒でしかない作業も、これからも化物を殺し続けられるという事実の前には前菜のようなものだ。

 そのときだった。何か奇妙な違和感を感じた。

 何かがおかしい。

 釣り上げようとした口角が下がり、ふと周囲に視線を配った。

 何か、何かがおかしい。

 通りを歩く群衆が喫茶店を出てきた俺を見ていた。


 なんだ?


 何の気なしに僕はついさっき化物が出た方向を見た。そこに、ついさっき化物を倒した男が立っていた。

 血のついた獲物を持ったまま。

 不意に口の中の異物が気にかかった。何かの食べ残しが、口の中に引っ掛かっている。指を突っ込んで直接それを口から取り出した。そしてそれを見た瞬間、僕はすべてを理解した。

 それは喫茶店で隣の席に座っていた女性が履いていた靴だった。


 ああ、そういうことか。

 夢の中で僕は化物を倒しきったんじゃない。僕は、化物になったんだ。


 次の瞬間、目の前の男に僕は飛び掛かった。


 夢を見た。

 空を飛ぶ夢だ。

 みんなで飛行機に乗って空を飛ぶ夢だった。

 夢の中の僕たちが乗っていたのはジェット飛行機なんてぜいたくなものじゃなくて、プロペラで飛ぶ、比べてしまえばオモチャくらいのものだったけれど、僕らは飛んでいた。

 仲間たちはすっかり大きくなって、小さなときの面影なんてないほどに成長していたけれど、まるで子供に戻ったようにみんなで笑った。泣き虫だったやつは飛んで数秒してから泣き出した。自信過剰なやつは小さくなった地上の景色を指さして馬鹿にしていた。

そいつらに挟まれて僕は、何も言わず、ひたすらに笑い続けていた。

 面白くてたまらなくて。

 ずっと笑っていたんだ。

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