8 レベル
「そういえばイズミ、レベルはいくつなんだ?」
日課となった連携訓練を終え、ギルド内の酒場で食事をしているとクオンガロラがそんなことを言った。
この世界にはまるでゲームのようにレベルが存在する。魔物を倒せば上がっていくそれは、ステータスの上昇という恩恵を持っていて、日常的に魔物と戦う冒険者はレベルの高さを重要視していた。
「あぁ…3だけど」
「3!?」
常に冷静沈着なクオンガロラがものすごい動揺していた。パンくずを飛ばすな。
Fランクに上がりたての俺のレベルが1じゃないことに驚きを隠せないようだな。
「おいおい、そんなに驚くことか?俺はゴブリンを何体も倒してるからな」
「3レベル…オレをからかってるんじゃないだろうな」
クオンガロラがムニエルの刺さったフォークで俺を指す。口を開けると引っ込められてしまった。
「ちっ。…からかうわけないだろ。ほら」
銅色から青銅色に変わったギルドカードを取り出してステータスを見せつける。相変わらずFばかりだが、そのうちオールSまで上げてやるつもりだ。
クオンガロラは揺るぎない事実を見て深く深くため息をついた。
「イズミ、お前…この世界の人間じゃないな?」
─────
クオンガロラから聞いたレベルシステムは俺の知っているそれとは少し異なっていた。
この世界ではそこら中に魔素が漂っていて、あらゆる生物は微量ながらその魔素を取り込んでいるらしく、魔素が溜まることでレベルがあがるようになっているらしい。
それに関しては俺の体も例外ではなく、魔素を取り込むことで強化されていくのだが、この世界の人間とは格差があったらしい。
「要するに何だ、俺のレベルは10歳児と変わらないってことか」
「そういうことだ」
微量ながらも、生まれてからずっと魔素を取り込み続けていれば魔物を倒さずともレベルが上がるらしく、クオンガロラも全く魔物と戦ったことはないのにレベル5だそうだ。
「どうりでステータス測定の時にライ達に笑われたわけだよ!」
レベル1、赤ん坊だな!と言われ爆笑が巻き起こった。冒険者としては駆け出しも駆け出しという意味かと思ったのだが、そのまんま赤ん坊という意味だったらしい。
今更恥ずかしくなってきた。
「オレとしてはそこで誰かが気付かなかったことに驚きが隠せないがな」
全く驚きを見せずに言う黒猫。恐らくその場にいたユティアさんは気付いていて言わなかったのだろう。
気遣いのできるユティアさんはともかく、ライ達は気付いて言い出してもおかしくなさそうだけど。
「しかしここと異なる世界なんて発想、よく出てきたな」
素直にそう言うとクオンガロラが遠い目をして答える。
「オレの村ではそういう伝承があったんだよ。こことは異なる世界から勇者がやってきて世界の危機を救うっていう、な」
「へぇ。やっぱあるんだな、そういうの」
割とポピュラーな言い伝えだ。俺の知ってる異世界ものだと世界中で語り継がれているような話だな。
「眉唾だと大人達も言っていたがな。世界の危機なんて未だかつて訪れたことも無いし、異なる世界から何かがきたこともない」
割と受け入れられない話なんだろうか。魔法とかあるし、むしろこの世界の方がそういう話は信じる人が多そうだけど。
俺がそう思っていると、クオンガロラが続けてこう言った。
「そもそもこの世界の外側には神の世界があるんだ、更に外側があるなんて言ったら異教徒扱いだ」
「世界の外側?」
異世界という考え方は受け入れられないが世界に外側があるという考え方はできるらしい。というか神の世界は認識されてるのか。
「あぁ、そうか…。教会でルアリアス様の像を見たことはないか?二重丸を背負った…」
二重丸を背負った女神…。確かこの世界に来た時に見たな。やはりあれは教会だったのか。
「見たことがある。そのルアリアス様がいる世界が神の世界なんだな」
「まぁ、そういうことだ。興味があるなら神官に尋ねてみるといい、嬉々として話し始めるからな」
宗教にはできるだけ関わりたくない。無宗教の日本人からすると一神教の類は理解し難い部分があるし。
俺は曖昧に頷くと空になった食器を持って酒場のカウンターに向かう。
ウェイトレスに怪訝な目を向けられて気付いた。ここがフードコートではないことに。
非戦闘員のクオンガロラよりレベルが低かったショックが残っていたのだろうか、席に戻るとこれまた怪訝な表情を浮かべた黒猫と目が合う。
「…あー、なんだ。故郷ではこうするのがしきたりなんだ」
「世界が違えばそういうこともあるか」
納得した様子でカウンターに自分の食器を持っていく黒猫。わざわざ真似なくても、と思っていると心なしか機嫌良さげに帰ってきてこう言った。
「ふむ、感謝されるのも悪くない」
ウェイトレスの困惑しきった「ありがとうございます」でもなにか感じるものがあったらしい。この日からクオンガロラは毎日カウンターに空の食器を持っていくようになり、すっかり慣れたウェイトレスは満面の笑みを浮かべるようになった。
ついでに冒険者達に密かな人気を誇るウェイトレスの笑みが見れるとあって、この街の冒険者達はこぞって空の食器を片付けるようになったようである。
「異世界チートってこういうのじゃなくね?」
後日ウェイトレスから「仕事が一つ減りました。ありがとうございます」と言われたが、なんだか腑に落ちなかった。