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4 言葉

4 言葉


 俺は冒険者ギルドらしき建物の救護室らしき部屋のベッドの上にいた。おそらく。

 理由はとても簡単で、異世界テンプレとでも言うような「冒険者ギルドに入ったら先輩にボコされる」みたいなアレだ。正確には、それを返り討ちにして賞賛されるみたいな展開がテンプレなわけだが、当然屈強な筋肉の塊みたいな男に俺が敵うわけもなく。

 言葉はわからないものの下卑たニヤニヤ笑いから察した俺がいち早く頭を下げようとした瞬間に鋭いアッパーカットが炸裂、自分から拳に突っ込んでしまった俺は一瞬で意識を刈り取られたというわけだ。


 「知らない天井だ…」


 その後先輩冒険者がどうなったのかは知らないが、俺はこの通りベッドの上だ。

 横を見るとカウンターに座っていた女の人と見覚えのないお爺さんが何やら話しているのが見えた。事情説明中だとしたら俺が意識を飛ばしていた時間は運ぶ時間を加味しても長くて五分そこらだろうか。

 何を言っているかはわからないが俺に気付いた女性が心配そうな顔で、お爺さんは退屈そうな顔で近付いて来た。

 医者っぽいお爺さんお前もう少し俺の心配をしろ。


 「俺はもう大丈夫なので、すみません」


 通じるわけもないが、ベッドから立ち上がった俺はそう伝えて頭を下げた。わずかに立ちくらみがしたが、俺はそのまま救護室を出ることにした。

 女性は未だ心配そうな表情だったが俺を止めることもなかったため、この後どうしようか迷いつつ廊下へ出た瞬間、壁に激突した。

 万全ではない三半規管は仕事をせず、俺は無様に尻餅をついてしまう。慌てて女性が駆け寄ってくるのが見えた。


 「…ライ」


 顔を上げるとそこには壁ではなくライがいた。巨躯で遮られて見えないが、後ろに何か持っているらしい。

 ともすれば女性より心配そうな顔で俺を見ていたが、ハッと気がつくと持っていた何かを離して俺を起こしてくれた。


 「何かあったのか?」


 ニュアンスで伝わると信じてそうたずねると、体を動かして背後にあったものを見せてくれた。

 …もの、というか人だった。俺を殴った先輩冒険者だ。何故か唇が切れて顔の何箇所かを腫らしたそいつは、おずおずと近付いてきて僅かに頭を下げた。

 ライが怒ってこの人を懲らしめて俺に謝らせるために連れてきたということでいいんだろうか。

 別にそこまで怒ってもいないのだが。


 「ああいや、別に怒ってないよ。ライ、ありがとう」


 そう言って微笑み、ライの方を見る。

 冒険者ギルドに案内した責任とかそういうものを感じてるのかもしれない。優しいな、と思ったが俺が見た彼は憤怒の形相だった。鬼かな?

 もっと深くお辞儀しろとばかりにおもむろに先輩冒険者の頭を鷲掴みにすると思い切り下げさせるライ。目の前にいた俺はすさまじい勢いのヘッドバットが直撃して再び意識を手放した。



─────



 めちゃくちゃな勢いで謝り倒すライをどうにか宥め、ゴブリンの耳を換金した俺はこれからどうするか迷っていた。銅貨4枚…これで何かできるのだろうか?


 「詰んでない?」


 おそらく一度の食事で尽きてしまうくらいしかないこの資金をどうするか。武器も防具も買えやしないだろう。冒険者ギルドらしき建物の端のテーブルで溜息をつく俺に、向かいに座っていたライが苦笑する。

 思い出して見ると、ライが街に入る時に払っていたのは銀貨に見えたし、このままではお金を返すこともできずに餓死してしまう。


 ここで俺が取るべき選択肢はいくつかある。まず一番簡単なのは冒険者ギルドに所属することだ。言葉も何もわからないし戦闘もズブの素人だが、ゴブリン程度の相手であれば一対一で倒していけばお金を稼ぐことはできるだろう。

 ただ、ライ達と森で会った時、10人近くの男達全員がそれなりの数の耳を提げていたのを覚えている。常に群れで行動するのがゴブリンだとすると単身入れば俺は食料でしかなく、手の込んだ自殺になる。それはごめんだ。


 次に、何らかの仕事を探すことだ。身分証も無い俺が雇ってもらえるかはまた大きな問題だが、もし雇ってもらえるなら一つの手だろう。バイトをしてお金を貰う、これが一番全うな稼ぎ方ではないだろうか。下宿させて貰えればなおいい。これはとてもいい考えに思えた。雇ってくれる人がいなければ実現不可能だという点に目を瞑れば。


 そして最後に、これは本当に最後の手段だが、奴隷になることだ。選択肢に入れていいものか悩むが、街中でもたまに首輪を付けられた人を見かける。あれは恐らく奴隷だろう。教養もなく戦闘も出来ないなら食料と寝床が最低限確保される奴隷になるのもありだろう。幸いこの国だか街だかでは奴隷を働き潰して捨てるようなことはなさそうで、たまに主人と談笑している姿も見かけるため、どちらかというと使用人みたいな感じかもしれない。


 さて、こう考えると一番いいのは雇い主をどうにか探して働かせて貰うことだろう。もしかしたら教会とかで無償で働く代わりに衣食住を保証してくれるかもしれないし、街中でできるだけ安全に暮らすのが無難だ。


 だが俺は男で、それも魔法や剣に憧れている。

 ゴブリンから奪った錆だらけの短剣でさえ、手にした時は僅かな高揚感を覚えた。


 「やるしかないよな…!」


 冒険者とか傭兵とか、荒くれ者って感じの仕事は身分証も必要無いイメージだし、なにより魔法を学ぶチャンスがありそうなのは冒険者くらいだ。


 俺は言葉が通じなくても冒険者ギルドに登録する方法を考えることにした。



─────



 会話は出来なかったが、カウンターの女性のところまで行ってライを指差したりお金を見せたりしていると察してくれた様子で小さなカードを出してくれた。冒険者証のようなものらしく、銅貨一枚で発行してもらえた。

 色々と質問されたようだがあいにく言葉はわからなかったため、全てライが答えてくれていた。

 ただ、ライが「イズミ」と言った時に名前だけは答えたので、おそらくスズシロイズミの名だけが書いてあるシンプルな赤銅色のカードだ。登録時に指を切られて血を取られたが些細な問題だ。むしろ魔法っぽくていい。


 何の実感もわかないが、これで俺も冒険者になれたらしい。早速依頼を受けてお金を稼ぐことにしよう。



 そうして一週間の間、俺は毎日近隣の森に植物集めに行っていた。ギルドで貸し出される短剣を手に一人で森を歩き回った。言葉は通じないが門番の兵士と顔見知りになったし、銅貨4、5枚の稼ぎとはいえ毎日稼げている。たまにはぐれゴブリンを仕留めて臨時収入もある。1体につき銅貨2枚だが、ないよりはマシだ。

 寝泊まりはギルドの馬小屋を借りている。臭いと鳴き声にさえ目を瞑れば藁はなかなかいい寝床だった。少なくとも殴り飛ばされてギルドの冷たい床に這いつくばるよりは寝やすい。チクチクするが。


 そして何より俺はこの一週間、一日中植物を集めることをしていたわけではない。そこそこの広さを持つこの街を歩き回り、図書館らしき施設を見つけたのだ。ダメ元で冒険者証を出して見たところ無料で閲覧できるようだったので、子供たちに混ざって絵本を読み、どうにか言葉を勉強しようと努力していたのだ。

 しかしそう簡単に行くものではない。せめて読み聞かせをしてくれる人がいれば言葉と意味を結びつけやすいがそんな人がいるわけもなく。読み方もわからない言葉の羅列を眺めている日々だった。


 「翻訳能力くらいはチートに入らないと思うんだよな…くれないかな…誰か…」


 諦めの気持ちを抱きつつ俺は毎日植物集めをし、図書館に行き、銅貨1枚で買えるパンと銅貨2枚で買える串焼きを食べて馬小屋で寝る日々を繰り返し続けた。

 繰り返し続けて、一ヶ月が経った。貯めていた銅貨が50枚に届くかどうか、という頃、俺はカタコトながらこの世界の言葉を理解し始めていた。

 というのも、3日に1度くらいの頻度で図書館で読み聞かせをしていることに気付いて、ちびっ子たちに混ざって聴きにいっていたからだ。

 街中での会話なども分かるようになり、子供程度の会話ではあるがライやギルドの受付の女性との会話ができるようになった。


 「今の、日、ゴブリン、出た」

 「疲れていますね。これは報酬です」


 聞くだけなら意味もだいぶわかりやすい。直訳みたいになっているが、多分正確には「お疲れ様です、こちら報酬になります」くらいのことを言っているんだろう。

 わからないが。


 そんなある日であった。いつものように植物…ではなく、薬草集めを終えた俺が図書館の絵本コーナーにいたところ、微かに流暢な日本語が聞こえてきたのは。

 ノータイムで意味を理解できるという感覚に懐かしさすら覚えたが、何故この世界で日本語が聞こえるのだろうか。疑問ではあったが、他の転移者かもしれないと思った俺はわずかな期待とともに聞こえてきた方に歩き出していた。


 「あの…」

 「ん?」


 声の主がいたのは空の棚が並ぶ区画を抜けた先の人気のない広場であった。いくつかベンチが並んでいたが、そのいずれにも座らずに宙に浮かぶ座布団に腰掛けている。

 ローブのような服を着た小学生か中学生くらいの女の子だ。辺りを見渡しても他に人はいない。誰と話していたんだろう。


 「あ、その、俺…日本から来たんですが…」


 怪訝な顔でこちらを見る女の子に話しかけてみる。

 久しぶりの日本語だったが、この世界の言語よりはるかにするりと口から滑り出した言葉は、しっかり向こうの耳に届いたようで、返事をしてくれた。


 「ニホン?よくわからないが…いや、なるほど。異世界の旅人と言ったところか。紛れ込んだようだね」

 「何の加護も持たずに来るとは哀れな…」


 彼女は座布団からゆっくりと降りてきて俺の前にやってきた。

 今二人分の声がした気がしたんだが。いや、それよりこの人は日本のことを知らないと言ったか?何故日本語を使えるんだろう。


 「ふーむ…臭いな」

 「仕方ないだろ!?水浴びする余裕もないんだから」

 「なるほど、昨日今日こちらにきたわけではなさそうだ。司書室に来たということは何か望みがあるということだね?」


 中学生くらいだというのに、この女の子が不遜な態度でニヤリと笑うのは妙に様になっている。


 「あぁ、その、うん。この世界の言葉の勉強をするために図書館に来ているんだけど、流暢に話すにはまだ程遠いからさ。いい本知らないか?」


 司書室というのだからおそらくこの子は司書なのだろう。というかもしかすると異世界なだけあってこの人は俺より年上かもしれない。敬語使えばよかった。


 「そうだな…あ、そうだ、あれがあったなエトラ」

 「アレ?……あぁ、アレか。来れ(エラーテ)


 やはりこの人は誰かと会話している。いや、誰かというか何かか?もしくは電話的な魔法とかだろうか。

 ともかく、エトラと呼ばれた、女の子ではない方の声──女性の声ではある──が何かを唱えると女の子の手に1冊の本が現れた。


 「これこれ、イズミ(・・・)、これを読めばすぐにこの世界の言語のことがわかるようになると思う」

 「え、ありがとう…。…何故俺の名前を?」


 俺が有名人とも思えない。どこで知ったのだろうか。表情に出ていたらしく、女の子があははと笑って「ごめんごめん」と言った。


 「これを見てしまったからね。代わりと言ってはなんだが、名乗ろうか。私の名前はレクティオ、ここの司書の一人」


 そう言うと女の子、レクティオが冒険者証を手渡してきた。手に持っていたはずが、いつの間にか抜き取られていたらしい。無くしたら銀貨1枚いるんだから勘弁してくれ。


 「私はエトラ、よろしくねイズミ君」


 レクティオを半眼で睨め付けているとまたレクティオとは違う別の声がした。

 どこからだろうとキョロキョロしていると、彼女のローブの中から白い小鳥が顔を出した。


 「ここよ」

 「鳥かよ」


 エトラはやけに大人っぽい女性の声をしている割に小鳥だった。どことなく疲れた表情に見えなくもない。


 「まぁ色々あるのよ。それよりイズミ君、それ読まないの?」


 遠い目をしているように見えるエトラに言われてようやく手元の本に目を落とした。先程レクティオが渡してきた本だ。細かい装飾がされていてとても子供向けの言葉の本のようには見えない。


 「受け取っちゃったけど、普通に難しそうじゃないか?これ」

 「それなら安心するといい。私達が今使っている『会話魔法』の魔道書だから。開くだけで使えるようになる」


 俺が魔法を覚えられるだって?というか会話魔法って、要するに翻訳みたいなものでいいんだろうか?

 …開くだけで覚えられるなら、読まない手はないな。

 エトラの正体はグラマラスなお姉さんですが、物語中で元に戻ることはないと思います。

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