3 人間
現れた少しいかつい男達。人間だったために俺は警戒を解いた。警戒も何も向こうが殺す気なら俺はなすすべなく死ぬと言うこともあるのだけど。
どうやら結論から言えば彼らは俺の敵ではないようだった。両手を挙げて短剣を捨てて敵対の意思がないことを示すと、彼らの顔の険しい雰囲気が少し和らいだように見えた。
…だが。
「あー、その…初めまして。気が付いたらここに倒れてたんだけど…近くに街とかってある…ありますか?」
そう俺が尋ねたところ、彼らは困惑の表情を浮かべて、聞き覚えのない言葉で何事かを言った。もちろん意味がわかるわけもない。
剣を抜こうとしている奴もいる気がする。
「日本語通じないのか…」
もともと日本語が通じる異世界は理由があるだろうし、翻訳系のスキルってチートみたいなものかも知れないから当然か。主人公なら翻訳スキルとかついてるのかも知れないけれど。
ひとまず俺は疲れてきた腕を気合いで上げ続けつつもどうにか意思疎通ができないか、と思考を巡らせ、そう言えば、と少し離れた位置にあるゴブリンを指差した。何人かは油断なく俺を見ていたが、それ以外の男は糞尿塗れのゴブリンの死骸を見つけたらしく、視線が俺とゴブリンを交互に行き来している。
まるでこの子供がやったのか?とでも言いたげな表情だ。
どちらかと言えば痩せ型で、この冒険者らしき集団と比べると小柄なので仕方ないとは言え、なんとなく悔しい。まぁ高校生なんて子供だから気にすることもないか。
「それ、あー、ゴブリン?俺、倒した」
どちらかと言うと身振りと恐らく状況で伝わったらしい。彼らのうちの一人がゴブリンに近付いて行き、糞尿の臭いに少し嫌そうな表情で手際よく耳を切って紐を通して俺に渡してくれた。いや要らないよ。なにこれ。
…まぁ恐らく討伐した証のようなものなのだろうけど、グニグニしていて気持ち悪い。二体分の左耳はどのように持っていても物凄い存在感を放っていてなんか嫌だったが、これがお金になるかも知れないなら持っていよう…。
とりあえずお礼の意味で深く頭を下げた。そうすると彼らは「いいよいいよ」と言うふうに手を振って歩き出した。…どこ行くんだ。
「ちょっと待ってくれ!俺は行くあてもなくて…」
警戒感ゼロで背を向けて歩き出したうちの一人が振り返って不思議そうな顔をしている。…よく考えたらこいつら徒歩だし普通に歩いてついていけばよかったんじゃないか?
そう思ったのもつかの間、俺の腹が情けない音を立てた。朝食抜きだった。
合点がいった、と言う表情で腰に下げてある包みから小さなパンを取り出して俺に渡してくれた男。嬉しいけどそう言う意味で呼び止めたわけではない。
めちゃくちゃ硬い乾パンだった。
─────
どうやら彼らは近くにある街の冒険者的な存在らしく、今回はゴブリン討伐に来ていたようだ。
言葉が通じないのになぜわかったのかと言うと、乾パンが出て来たのとは別の袋がいっぱいになっていて、そこからゴブリンの耳がはみ出ているからだ。
「つまりこいつらの討ち漏らしが俺のところに来たってわけか…」
そりゃため息も出る。するとその様子を見た隣の奴が俺の肩をバシバシ叩く。励ましているつもりのようだが、めちゃくちゃ痛い。体格差を考えていただきたい。
俺に乾パンをくれたうえ、背中をバシバシ叩くこいつの名前は聞き間違えでなければライと言うらしい。自分を指差しながら「イズミ」と名乗った時に教えてくれた。
「痛いよ…まったく、歩くのも早いし…」
かれこれ二時間くらいは歩いている気がする。それでもまだ一つだけの太陽は頂点に登り切っていないようで、俺が目覚めたのはそれなりの早朝だったらしいことがわかる。
ゴブリン狩りは夜か明け方に始めたのだろう、この時間に彼らがいる理由もなんとなくわかった。
そうこうしているうちに街に辿り着く。大型トラックでも通り抜けられそうなくらいの門の前には衛兵がいて、一人一人何かを見せて通って行く。
あの「何か」って恐らく身分証だよな。普通は生まれた村とかでもらえるものだよな。俺はこれどうしたらいいんだろう。
冒険者達が前に通してくれて俺が最初に衛兵の前に立つことになる。
「…こ、これでどうですかね?」
胸ポケットから出した生徒手帳を見せてみるが、ちらりと検分した衛兵の答えは無言のナイフだった。
声にならない悲鳴を上げる。血が飛び散る。こんなことで死ぬとかこの世界ハードすぎないか?と思ったが、切られたのは指先だった。ジンジンするが死ぬほどではない。
「うお、光った」
衛兵が門の近くにある水晶にナイフの血を垂らすと、水晶が淡い緑色に光る。それを見た衛兵は満足げに頷くと──何かを言いながらいい笑顔で手を差し出して来た。
…?握手?おずおずと手を握ろうとすると振り払われてしまった。なんだこいつ。
戸惑っていると後ろの冒険者的な集団が爆笑する。仕方ないだろ、言葉がわからないんだから。
勘弁してくれ、と言う気分で深い溜息をつくと、隣に来たライが俺と同じくらい深い溜息をついて何かを衛兵に渡した。
恐らくお金だろう。賄賂かと思ったが、身分証が無い人はお金で通る的な異世界あるあるかも知れない。知らんけど。
俺はライに通じないお礼を言ってゴブリンの耳を渡した。突き返された。
まあそんなに持ってたらいらないか。そのうち返せたら返そう。門をくぐりながら俺はそんなことを思った。
じわじわ書いてます 先に勇者終わらせてください!
そっちはそっちで書いてます。許して