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大和桜の舞う頃に  作者: 有佐アリス
第一章  慰みの檻
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第五部 「慰檻の手械」 3

    Ⅱ



 寒空の下で朝からランニングに勤しんでいた一人の男がいた。

 湯気が出そうなくらいに熱くなった身体を冷ましながら、その男、榮倉大和は公園の汚れたベンチに腰を下ろした。


「さすがに最初から10キロはハードだったか……。それに」


 荒めの息を上げる榮倉が公園に着いてからしばらくしてようやくその姿が見えてくる。黒髪のドイツ人とイギリス人の少女がへとへとになりながら走っていた。どちらも意地になっているようで絶対に歩こうとしない。

 水分補給をしっかりするように言っているので無茶はしないと思うが、それでも心配になるくらいに完全にバテている少女たちが榮倉のところまで来る。


「ぜぇ……。や、やっと……追いついたわ……」


「誰か、さんは無茶し……。ぜぇ……。すぎじゃないのか」


 この調子で二人の少女たちは榮倉の十キロマラソンに付き合っていた。


「とりあえずドリンク飲んどけ」


 榮倉は二つのペットボトルを渡す。


「助かるわ……」


 一口スポーツ飲料水を飲むとそのまま草むらに転げた。

 すでに立つことすら億劫なのだろう。

 意地で寝転がるのを我慢しているもう一人のイギリス人少女も力尽きたように隣でへたり込んでいた。


「なあ、アドミラールは少し前まで松葉杖していたはずだよな……」


「まあな」


「ホントに?」


「それについては私も聞きたいわ。なにそのお化け体力……。カンテより走れるんじゃないの?」


「地球の三割をカバーできる体力はさすがにないって」


 コアな海外サッカーネタだった。ようするに少し前までけが人だったのになんでそんなに走れるの? というわけだ。

 そう言われても昔から走っていたからだけであって理由を聞かれると困る。


「それで、このあとは帰るだけだけど走って帰るか?」


 両者同時に首を横に振る。


「無理」


「殺す気なのかしら」


 だろうな、と言って榮倉は立ち上がる。

 自宅を出た時はまだ日が昇っていなかったがいつの間にか水平線の向こうにオレンジ色の朝日が照らしていた。ザクザクと霜のおりた土道を歩いて日の当たる道路側に出る。遅れて二人も出る。

 道路側の霜はすでに溶けていた。



「シャルン」


「何よ」


 急に呼ばれて少し驚きながら返す。


「サセックス」


「どうしたんだ」


「いや、進捗はどうかなって」


「藪から棒ね。今のところは手間取っているわ。私もだけど無害であることの証明って面倒なことがあるのよ」


「少なくとも三カ月の間はいかなる戦闘に参加しない、なんて条件だからな」


 このイギリス人とドイツ人はどこからどう見ても人間だ。

 それぞれに個性があり意志がある。だが、一つだけ普通と決定的に違う部分があった。


「船である私たちに船に乗らずに証明しろって言うんだから面倒よね」


 戦人。

 世間ではその名前で通っている。

 実際に遭遇した人間は数少ないが世間では精巧なアンドロイドや改造人間などと様々な見方をされているがこうして触れ合ってみれば普通の人間と何も変わらないことを実感する。

 彼女たちの台頭は約八か月前だ。

 その間に様々な法改正や新規組織の設立があったが今はひと段落して落ち着きを取り戻しだしている。

 その戦人がなぜ榮倉大和の元にいるかと言うと話は長くなる。

 少年誌風に言えば戦って友情が芽生えた、と言うべきか。どこぞの戦闘民族の王子のような感じで共に行動するようになった。


「シベリア海でイギリス戦艦を取り損ねたこともあるから極力動きやすい状況にしたいのに大変よ」


「それってプリンスのことか?」


「そうだけど顔見知りなの」


「そういう訳じゃないんだが、あまり話に聞かなかったから」


 淡々と話すイギリス人の少女を見て感じることがあった。

 以前から知られていることだが彼女たち《戦人》は大戦時の思考の影響を強く受けているとされており、シャルンが自らを高貴で誇り高いと思っているようにサセックスも英国海軍の意向が強く反映されている。

 たとえ戦時中に戦闘したという歴史がないとしても対独への影響はあるはずだ。


「アドミラール? ど、どうしたんだよ」


「サセックスは気にしないのかって思ったんだけど」


「気にするって……。ああ」


 察したような顔をする。

 シャルンの言ったプリンスというのはサセックスと同じイギリスの船だ。同胞であれば特別な感情を持ってもおかしくない。


「まあ別に気になるけど、どうするかはプリンスの自由だし、今はアドミラール。あんたの船だからな」


「それなら、良いんだけど……。シャルンの方はどうなんだ?」


「私はあなたの船。それだけ言えば十分でしょ」


 シャルンの目はいつになく真剣だった。

 冗談を言うような表情ではないのはすぐにわかる。

 彼女にもそれ相応の覚悟を持って籍を『国際連合海軍』に移したはずで、それはサセックスにも言えることだ。そんな分かりきったことを今さら聞いたのだと強く実感する。

 ザクザクと霜の降りた土道を歩いているうちに自宅も近くなっていた。

 イギリス人とドイツ人の少女たちの前を歩いていると不意に後ろから話しかけられる。


「ところでアドミラール」


「どうした。疲れたなら背中に乗って行くか?」


「ち、違う! そんなんじゃないって!」


「だろうな」


「からかうなよ」


 髪をいじりながらサセックスは気を取り直す。


「あ、あまいものは、好きか?」


「嫌いじゃないけど、特別好きでもないな」


 スポーツマンだった一人として甘いものはたまの癒しだったが特別に好きだったわけではない。どういう意図でサセックスがそんなことを聞いたのか一瞬わからなかったが、日付のことを思い出した。


「でも、たまには食ってみたい気もするな」


「そうか。だったらいいんだ」


「なるほどね。イギリスの堅苦しい女もそういうことには敏感なのね。面白いことを知ったわ」


「うるさいな」


 そうしているうちに自宅の玄関まで着いた。

 入れ違いに菜月と伊織の高校生組が出てくる。

 榮倉に気付いた前髪に小さ目のヘアピンを付けた黒髪を揺らしながら菜月が表情を明るくする。


「お帰りなさい。結ちゃんが朝ごはん作って待っているので早めに言ってあげてくださいね。今日は全校朝会で早いみたいですから」


 分かった、と言ってランニング組の三人と女子高生二人と入れ違いに自宅に入った。

 すれ違いに伊織にも声をかけようとしたが、いつもの明るさがないように感じた三人は何も言えずに玄関の扉が閉まるのを眺めていた。


「変な夢でも見たのかしら」


「知らん」


「あなたってあの子に対して結構冷たいわよね。何かあったわけでもないでしょ」


「なんか違うんだよな。名前もそうだけど作っているというか……」


「そう?」


 榮倉は二人の会話を何も言わずに聞きながら運動靴を脱いで廊下に上がる。歩いて帰ってきたこともあって少し体も冷えてきた。

 それより、先に後ろで汗だくのシャツを着ているシャルンとサセックスを風呂に入れたほうが良いだろう。風邪なんて引かれると困る。


「二人とも先に風呂に入れ」


「あなたはどうするの?」


「そこまで汗かいてないし飯食った後に入るよ」


「そう。なら先に入らせてもらうわ。ほら、行くわよ」


「え? 私も一緒に入らないといけないのか?」


「当たり前じゃない。女同士なんだし別にかまわないでしょ」


「そうかもしれないが……。ってあれぇ」

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