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大和桜の舞う頃に  作者: 有佐アリス
第四章  赤銅色の二重奏
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第四部 「赤銅の航海者」 33

    Ⅲ



 中央に居座っていた『紀伊』が『シャルンホルスト』と並んで先頭に立ち、その後方に『サセックス』と『フッド』を中央に移動、二隻の長門型には英国艦二隻の両脇に配置、そして最後方の二隻の空母を『トレント』が守る形になる。

 突っ込むことになる二隻と後方の艦艇との距離はすでに五キロ以上離れている。

 中核との距離はすでに十キロを下回り二隻の戦艦の甲板をたびたび叩く。回避に専念しているので有効弾は受けていないが被弾も時間の問題だ。


「シャルン、全速で行くぞ。準備は出来ているな」


『いつでも行けるわ』


 榮倉は深呼吸すると突き刺さった船の塔を見据え、叫ぶ。


「両舷前進全速!」


「了解」


 エンジンの駆動音が今までにないくらいに唸りを上げ、スクリューが大量の泡を発生させると二隻の戦艦は加速していく。

 二隻の最大速力は三十二ノットで全くの同じだ。ただ『紀伊』に関してはそれを出せるのは一回限りでそれ以上の使用はエンジンが焼き付いてスクリューが止まりかねない。一発で成功させなければ逃げ切りもできない。

 失敗を恐れるわけにはいかない。

 自然と手が震えてくる。

 抑え込もうと深呼吸を何度もするが震えは止まらない。

 その時、小さな手が榮倉の震える手を掴んだ。


「大丈夫だよ。あたし、艦長ならやれるって知ってるから。あたしやシャルンのときのようにあの子も助けてあげて」


 子供だと思っていた少女に励ましてもらえるとは夢にも思っていなかった。

 むしろプレッシャーにもなりそうな言葉だったが榮倉大和はプレッシャーに強い。それだけは自身があった。

 榮倉は後ろを振り向く。

 今は頼もしい仲間がいる。

 それに、みんなの帰りを待っている人が何人もいる。

 これまでにない最大のプレッシャーが榮倉のモチベーションを上げる。


『まったく。この私の言いたいことをほとんど言っているようなものじゃない。艦長。私はちゃんとビスマルクに会って素直な話をしたい。だからあなたの桜を! もう一度あなたの大和桜を見せてくれないかしら』


 榮倉はシャルンと紀伊にも言った言葉をもう一度だけ言う。





「この大和桜、散らせるものなら散らしてみやがれ!」




 刹那。

 中核からの砲撃が轟く。


「コースは!」


「直撃する」


「耐えろ!」


 榮倉は紀伊の小さな手をしっかりと握る。

 中核まで絶対にこの子から手を離さない。

 ほんの一、二秒の飛翔の後に砲弾は甲板を叩く。装甲に跳ね返された砲弾は跳躍して艦橋横の対空機銃を破壊する。

 びくん、と紀伊の身体が震える。

 恐怖を感じているのは手の冷たさで伝わる。

 榮倉自身も恐怖ある。それでも紀伊に伝播させないように前だけを見据える。

 距離はついに十キロを下回る。

 再び砲撃音が轟く。

 相手の砲撃の衝撃が艦橋まで伝わってくる。

 飛翔した砲弾はどこにも命中せずに水しぶきを上げる。

 同じように横にいたシャルンへの砲撃も当たらない。

 距離残り五キロ以下。


「砲撃よーい!」


『僕たちはいつでもできているよ。司令官のタイミングで行ってくれ』


 後方の二隻の戦艦が砲を固めている。

 砲台の装填時間は約50秒。すでに30秒が経過している。

 戦艦の砲撃から着弾までに要する時間は約十秒。

 ぎりぎりだ。

 それでも必中距離のこの距離では次の砲撃は紀伊とシャルンホルストには避けらない。

 やるしかなかった。


「てぇええっ!!」


 瞬間。後方から地鳴りのような砲撃が唸った。

 完璧に全弾が砲台を捉えている。

 ここからは紀伊とシャルンホルストのデュエットだ。


「行くぞ」


 二隻はすでに最高速度に達している。

 三キロを下回り、減速しなければ中核に衝突しかねない勢いだ。それでも勢いを一切停めることなく走り続ける。

 映画で一度だけ見た。

 正直、鳥肌が立つくらいに爽快だった。自分がやることはないだろうと思いながらも、興味を持ったことは調べた。映画はフィクションではなく現実でもやれるということを知り、方法を調べた。

 ただそこまでだ。

 実践したことない。

 ぶっつけ本番の大仕事だ。

 やってやる、その一言だけで榮倉大和は叫ぶ。






「取り舵いっぱい!! 全速力で〝滑れぇえええええええええ〟!!」





 直後に紀伊は速度を緩めることなく全速力で舵を左に転じた。シャルンは正反対の方向へ転じる。ピッタリ同時に舵を切った直後に長門型二隻の砲撃が砲台を破壊する。

 急転換に付いていけていない二隻の戦艦の船体は次第に流れる。

 例えるのならドリフトだと言える。

 まさか戦艦でドリフトする日が来るとは夢にも思わなかったが二隻の戦艦は水上を大量の水しぶきを上げながら滑走する。

 運が悪ければ船体に亀裂が入りかねない無茶な行動だが二隻の戦艦は侮れない。

 黒煙を上げ、砲撃を敢行できない砲台との距離はもう一キロもない。


「機関逆進っ!!」


 ガタン! と激しいエンジンが急停止する音が艦内に響くとサイドブレーキを踏んだように華麗なドリフトは速度を弱め、


 すでに向けられていた全砲門が砲台を捉える。







「撃て」






 火山でも噴火したかのような空震が艦橋を襲い、100メートルもない近距離、いやゼロ距離で放たれた砲弾は砲台をすべて撃ち抜いた。

 シャルンのゼロ距離砲撃も砲台をすべて破壊した。直後に砲台艇が囲もうと動き出したがその頃には後ろの七隻が海の藻屑へと姿を変えさせているころだった。

 丸裸になった戦艦『ビスマルク』とみられる中核の船にはドイツ海軍のエンブレムがあしらわれており、確信にさせた。すぐに内火艇をおろして榮倉とシャルンは中核へと上陸した。


「紀伊。少しの間は頼んだぞ」


「任せて」

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