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大和桜の舞う頃に  作者: 有佐アリス
第四章  赤銅色の二重奏
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第四部 「赤銅の航海者」 29

    *



《ケルト海》


 榮倉の悲痛な叫びの直後に『フィウメ』には六本もの魚雷は命中した。

 大きな水柱が上がり、一隻の巡洋艦を沈めるには十分すぎる量だった。


「ウソだろ……」


 力が抜け、その場にへたり込む。


『あいつ、なんで……』


『Fiume…』


 被弾した船体は内側から崩壊を始めていた。

 艦橋も被弾の影響を受けて窓ガラスが全て吹き飛んでいた。

 いくらスピーカーで応答を求めても返事は帰ってこない。

 艦隊は突然の出来事に足を止める。

 直後に砲撃が飛んできたがまさか止まるとは思っていなかったようで砲撃は明後日の方向へ着弾する。


「なあ、フィウメ……。冗談だよな」


『……。アドミラール』


『艦長……』


 沈黙だけが流れる。

 ……。

 …………。

 ………………。

 もう、榮倉に踏み出す気力がわかなくなっていた。

 このまま沈んでいきたいとすら思った。

 しかし、彼を繋ぎとめたのはほかでもない。





「司令! 何をやっているのさ! 前に進めぇえ!!」





 ひしゃげた艦橋から額から血を流したフィウメが大声で叫んだ。

 よく見ればケガは額だけじゃない。フッド同様に身体の全身をガラス片が食い破っている。立ち上がることすらできないはずの体でフィウメはもう一度叫ぶ。


「行ってくれ! 司令ぇ!」


「……。」


 榮倉はこれまでにないくらいに奥歯を噛みしめ、溢れる感情を押しこらえて立ち上がる。


『お前……。アドミラール。すぐに撤退だ。少なくともあいつだけは』


「ダメだ!! それはこの私が許さないから! 英国淑女! あんたも英国人ならいつまでもイタリア人に構っていないで! 前に進め! さっさとビスマルクの奴の目を覚ましてから戻ってこい!! それまで! それまでは沈まないから!!」


『だから! 英国人が目の前の人を野放しにできる人種じゃないのは知っているだろ! アドミラール!』


 今からでも仕切り直しのチャンスは少ないがないわけではない。

 その際に欧州圏は反転海域に飲み込まれることになるが体制を整えることはできる。

 フィウメという少女の命と〝無自覚な〟世界が天秤にかけられた。

 最高にクソみたいな気分だった。


『今回は僕もサセックスに賛成するよ。フィウメは船を失うけどそれでも仕切り直せば間に合わなかったイギリスの船もドイツやイタリアの船も何隻が合流できるんだ。欧州圏を失うとしても致し方ないんだよ』


「……。」


『艦長。今回は癪だけど戻った方がいいわよ。欧州圏はなくなっても世界がなくなるわけじゃないのだから』


「艦長が言ってた。引き際が大事だって。だからね……」


 榮倉を除いたフィウメ本人以外の全員がフィウメの命を優先していた。

 いくら世界を天秤にかけても仕切り直しの可能性があるのなら世界よりは一人の命を優先した方がいい。

 欧州圏は失われるといったがそれでも土地がなくなるだけでそれより前に住民は避難することは明白なので人的被害もないに等しい。

 少女の命を選んでも失うのは土地と時間だけで命が無くなるということはない。

 むしろ仕切り直した方が状況は良くなる。

 作戦参加できる船は増え、日本に待機している本来の榮倉の船も近いうちに合流できることもありホームグラウンドで決戦が可能になる。

 害はわずかにあるが利はその何十倍もあった。

 しかし、榮倉はその決断を放棄した。







「前進だ」







 絞り出すような声で榮倉は言う。


「司令……。ありがとう」


『アドミラール! 何を考えているんだ!』


『フィウメを見捨てるというのかい!』


『正気なのかしら!』


「どうして……」


『司令官、私も戻った方がいいと思いますよ。利の方が多い。フィウメの命を大事にしているあなたならそう決断してくれると思っていましたが……。どうして、今になって』


 大鷹も榮倉の決断に納得していない。

 百害あって一利もないのなら別だが利のほうが多いのに榮倉の決断は矛盾していた。

 少し前にフィウメが『紀伊』を庇った際には本気で怒り、守ろうとしてサセックスを戦場に置き去りにされそうになった彼女を懸命に守った。

 あまりに矛盾している。


「ちくしょう……。ごめんフィウメ……」


「謝らないでって言ったじゃない」


 納得できていないフィウメ以外の全員に納得させる演説を披露したのは取り残される本人だった。


「さっきもいったけどさ。私はみんながここに戻ってくるまで待っている。それまでは沈まないから」


『それならフィウメ! あんただけでも紀伊に乗り移れ! それなら命は助かる』


「それじゃあダメ……。砲撃力が足りなくなる」


『まさか、その状態で最後まで撃つつもりなのかい!』


『誘爆するわよ』


「重々承知さ。それでも今の状況を打破するには私が『紀伊』に乗っていてがダメなんだ」


 それに、とフィウメは悲しい声で付け足す。

 これは榮倉と昨日の夜に約束したことだ。

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