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大和桜の舞う頃に  作者: 有佐アリス
第二章  赤銅色の鮮血
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第四部 「赤銅の航海者」 18

    Ⅷ



 軍用ヘリに乗った榮倉たちはビルバオの僻地にある港を目指していた。


「いくつか、聞いていいか?」


「もちろん、と言いたいところだが俺の答えられる範囲じゃないと無理だぜ」


 葛西は遠慮もなしに撃ち放っていたアサルトライフルのメンテナンスをしながら頷いた。彼の横には相棒なのか一人の黒髪の少女が座っている。


「どうしてあんな無茶苦茶をやったんだ?」


「どうして、と言われると答えるのに困るな。その子、フッドはあの海域を鎮めるには必須な存在だし、俺は悪人だけど悪人なりに人情ってもんは持っているつもりだからな。年端もいかない女が解剖されることを見過ごすことができなかったってところだな」


「……。」


「まあ言ってしまえばたまには善人らしく人助けがしたかったってところじゃないかな。聞きたかったことはそれだけか?」


「いや、あとひとつ。その子のことだ」


 榮倉は『シェリー』と呼ばれていた少女の方を見る。


「さすがに気付いたか?」


「ああ、ここに来るまでにその名前は何度も聞いたことがある」


 シャルンや紀伊もその名前も口にした。詳細は彼女たちも知らないようだったが彼女が《戦人》であることは知っていた。シェリーが世界中の戦人の補給体制を整えていることや陸の状況などのリークを行っていた。


「こいつを悪く言わないでくれよ。シェリーがやるのは情報の提供まででそれをどう利用するかは各艦の戦人次第だ。彼女たちが不利益になると思えばつぶしにかかるだけで、シェリーと俺がやることは《戦人》のバランスを崩壊させないようにすることだけ」


 葛西は不服そうな顔をしていたシェリーの頭をなでる。


「シャルンホルストや紀伊、伊四〇〇と接触しているあんたならわかっていると思うが、彼女たちも一枚岩じゃないだ。実際に今回の反転海域の件でも『フッド』のように阻止を企む艦がいるぶん『これは人間のやった過ちで償いはするべきだ』ということで手を貸さない、中には手を貸しに行こうとした艦を阻止するような《戦人》もいた」


「ずいぶんと詳しいんだな」


「まあこれでも会ったことがない戦人はいないくらいだからな」


「最後の質問だ。これが一番聞きたいことだ」


「言わなくてもわかる。あの海域のことだろ?」


 少し驚いた。

 的確に榮倉の聞きたいことを当てていた。

 無言で頷く。


「こればっかりは俺もシェリーも困惑しているんだ。これでも《戦人》のことは知り尽くしていると自負していたんだが、どうやらそれは思い込みのようで実際少し落ち込んでいるくらいだ」


「あんたでも知らないのか……」


「ただ」


 葛西は初めて表情を曇らせた。


「知っているかもしれない人物には一人だけ心当たりがある」


「なに!」


「落ち着いてくれ。これはあくまで可能性のひとつだ。そいつの異常性は今に始まったことではないから、今回の海域出現に係わっているかもしれない、ただそれだけだ」


「その人って何者なんだ……?」


 葛西は伝えるべきか悩んでいるようだった。


「ただの科学者と言っていいんだろ……」


「哲也」


 続けようとしていた葛西の言葉をシェリーが遮る。


「情報を与え過ぎ。成長につながない」


「あ、ああ。そうだったな。悪いけど俺が話せるのはここまでだ。あとは自分で調べることを勧めるよ」


 葛西はそれ以来新しい情報は何も話さなかった。

 あとは自分の目で確かめろということだ。

 しかし、それでも有意義な情報はいくつか集まった。世界中にいる《戦人》が一枚岩でないならつけ入る隙は十分にある。

 伊織も言っていたが『シャルンホルスト』や『紀伊』のような火力艦がいることでこちら側の戦力も非常に上昇した。目下の目標は反転海域の処理だ。

 ……。

 そこまで考えて思い出した。


「そういや、伊織……」


 榮倉は時計を見る。

 すでに最後に電話を受けてから二時間経過している。

 すでにスペイン警察署についているころだろう。

 慌てて電話を掛けようとすると葛西が止める。


「安心しろ。事前にあんたの携帯で集合場所を変更したことはそれとなく伝えておいたから、着いたら待っているはずだ」


 葛西がそう言ってからすぐにヘリが着陸した。

 スペインとフランスの国境近くにあるプレンツィアという小さな町に降り立った。はずれにある診療所でフッドの包帯を交換し、体の洗浄をしてもらった。

 シェリーは医療知識が豊富なようで知識のない榮倉には願ったりもしない恩恵だ。

 治療を終えたころに伊織が診療所に来てようやく合流できた。


「その様子だとその子が『フッド』みたいだね」


「ああ」


「いろいろ状況を聞きたいところだけど、もうお昼ご飯の時間だし少し何か食べる?」


 時計はすでに十三時を回っていて海戦も中盤に突入しているころだ。艦隊の最新情報はシェリーや葛西も把握できていないようで詳細を知るには時間がかかりそうだ。


「なんでもいいや」


「そういうと思っていたからとりあえずフランスからおすすめのランチをいくつか持ってきておいたよ」


 伊織はバックの中からいくつかファストフードのサンドイッチをいくつか差し出す。


「んで、食べながら聞いてもいいかな?」


 伊織はサンドイッチを一口齧る。


「そこの二人はどうしたの?」


「ここまで乗せてくれた協力者といったところかな。二人の協力がなかったらフッドは大学病院で解剖されていた」


「かいっ!?」


 あまりに唐突な言葉にサンドイッチを詰まらせる。


「じゃああたしが来るころには遅かったんじゃ」


「まあ、そうだな」


「大和くん……。大和くんは正直者過ぎて頭が痛くなるよ……。あともう一つ気になることがあるんだけど。あの赤い雲の海域、だいぶ進出していない?」


 伊織に言われて榮倉は初めて気づいた。

 今朝港に行った時には見えていなかった赤い雲は水平線の向こうに姿を見せていた。潮の香りに交じって硝煙の臭いもわずかに感じ取れる。


「もう流ちょうに構えている余裕はないかもしれないな……」


「そのようだぜ。つい数十分前にアイルランドの手前まで砲台艇が迫っているようだ。イギリス軍もようやく重い腰を上げそうだ」


 今も紀伊たちは戦線で戦っているのだろう。

 歯がゆい思いで海を見ていた。

 イギリス海軍が動き出せばそちらも抵抗力が上がり反転海域の進出を止めることができるだろうが、現時点の火力でどこまで持ちこたえられるかは疑問だ。

 何か、攻撃の手立てを考えていた時だった。

 フッドしかいないはずの医務室のトアが開かれ、身体じゅうに包帯を巻いた少女が今にも倒れそうな状態で出てくる。


「フッド! 何をしているんだよ」


 榮倉が駆け寄ると息も絶え絶えに何かを言う。


「――――――スト……」


「フッド。まだ無理をするな」


 慌てて体を支える。

 まだ動けるような状態でないことは明白だったがフッドは懸命に唇を動かして何かを伝えようとする。


「シャル―――スト……」


「どうした」


「〝シャルンホルスト〟……」


 明確にその名を呼んだ。


「シャルンホルストだよ……! 今すぐ、あの子を呼んで……」


「どうしたんだよ。そんなに焦って」


「お願いだ……。今の僕にできるのはそれだけだ……」


 伊織を見ると彼女はすぐに菜月に電話を掛ける。

 シャルンは今、フランスのホテルにいる。

 フッドは懸命に言葉をつなげ、一つだけ、断言した。




「シャルンホルスト。彼女がいれば、〝勝てる〟……」

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