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大和桜の舞う頃に  作者: 有佐アリス
第二章  赤銅色の鮮血
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第四部 「赤銅の航海者」 16

「シャーリーだ。高校生くらいのイギリス人の女の子だ! その子がケガで入院していた病院から姿を消した」


「……。」


「おい、誘拐かもしれないんだぞ! あんたそれでも警官かよ」


「悪いが、不明瞭な案件に対応している余裕はない。動いてほしかったら近くの交番に行け。一人くらいは付いてきてくれるだろう」


「なんだと……」


 どうやら対応する気はさらさらないようだ。

 おそらくこれはスペイン警察が悪いのはない。裏に国家が動いている。しかし、そうだとしても榮倉はここで引き下がるわけにはいかなかった。なんとしてでも対応してもらおうと揉めていると警備員と榮倉の携帯がほぼ同時に鳴った。

 携帯画面を見るとどうやらテレビ電話のようだった。

 発信主はフランスにいる菜月だ。通話ボタンを押すとホテルの背景にいる菜月が映し出される。


「どうした。できれば後にしてほしいんだが」


『す、すみません! ちょっと急いでいたもので』


「フッドさんの件です。ついさきほど海江田さんにフッドさんの病室を確認しに行ってもらったんですが……」


 焦りと不安の色が濃く見えていた。

 しかし、彼女の言わんとしていることはもう知っている。


「大丈夫だ。もうその件は知っている。その件を追ってきているんだ」


『そ、そうなんですか! だったら待っていてください! すぐに伊織さんを向かわせます! 伊織さんならスペイン語もできるようなので不便はないはずですから』


 菜月がそういうとカメラに伊織が映り込む。


『そういう訳だから少しだけ待っていてよね』


 それだけ言い残してカメラからフレームアウトした。


「待てって言われてももうスペイン警察まで来ているぞ」


『け、警察って!』


「そっちの情報は知らなかったのか。どうやらスペイン警察がこの一件には絡んでいるみたいだぞ。とりあえず中に入れるように交渉をしているんだが……」


『門前払いなんですね……』


「その通りだ」


 完全に目標を目の前にして打つ手が無くなった。

 伊織が来ればなにか変化があるかもしれないが、正直、それで何か変わるとも思えなかった。

 その時、突然警備員をやっている男がスペイン語で叫ぶ声が響いた。

 榮倉には何を言っているのか理解できなかったが何か電話の相手と揉めているように見える。


「一体どういうことなのですか! あなたは日本人が来たら私に追い返せと言いましたよね! それがなぜ急にあなたの下に連れてこいになるのですか」


 血相を変えている警備員は今にも携帯を投げ捨てんばかりに憤慨している。

 しかし、携帯の画面を見ると不服な様子を露わにしながら怒りを鎮める。

 むしろ驚いているように見える。


「あの男が……。冗談……。いえ、そうですか。分かりました……」


 観念したように携帯を閉じると榮倉の方を見る。

 次は英語で榮倉に言った。


「そこの東洋人。中に入れ。話くらいは聞いてやる」


『あの……。どうかしたんですか?』


「どうやら、中に入る当ては出来たみたいだ。状況はおって連絡する」


『あの! ちょっと』


 有無を言わせる暇なく榮倉は電話を切った。

 追い返された門に行くと警備員が警察署の中を案内する。比較的に古い建物のようであちこち修繕された箇所が見えた。たださすがは警察署と言うだけあって電子系の警備は万全に見える。


「どこに連れて行くつもりだ?」


「君に教える理由があると思うか?」


 だろうな、と言って榮倉は答えを諦める。

 改装工事で増設されたエレベーターに乗ると一気に最上階の四階まで上がる。

 さまざまな警察署への客を迎え入れるようにできていた一階のフロアとは違い、最上階のフロアは来るものを阻むような厳重な設備が整えてあった。


「ここだ。残念だが私が案内できるのはここまでだ」


「……。」


 ドアには署長室と明記されていた。

 この警察署の署長がいる部屋だ。

 ドアをノックするとすぐに英語で入るように促され、室内に入る。

 ドラマや映画でよく見る署長室は高級な革製のソファなどの揃った部屋をイメージしたが入った部屋にはサラリーマンが仕事で使うような低コストな机と座高の高い椅子が置いてあるだけで雑然としていた。

 座高の高い椅子に座っていたのは口ひげを生やした五十代後半くらいの男だ。

 男は流ちょうな日本語で話す。


「はじめまして。私はアンヘル・ディマーニだ。このビルバオ警察署の署長をさせてもらっている老いぼれの一人だよ。君は『国際連合海軍』で最初の一佐になった戦場の英雄くんで間違いないね」


 非常に不愉快な認識のされ方だったが、その呼ばれ方をされたことのある榮倉は頷く。


「わざわざこんな場所に連れてきて何のつもりだ」


「特に大げさなことをするつもりではないんだがね。私は君のことが不思議でたまらないんだよ。君は目の前で《戦人》に仲間を殺されたことがあるはずなのにどうして二隻もの船を保護しているのか、なぜ共に生きるなんて思考に至るのかをね」


「それに理由がいるのか?」


「……。」


 あまりの即答にディマーニは息を詰まらせる。

 世間一般の《戦人》に対する考えと榮倉の考えは離反しすぎている。榮倉自身も一般の考えとかけ離れていることは自覚しているが、改めるつもりはなく、彼女たちを保護するという方針は変える気は毛頭ない。


「人が人を助けるのに理由がいるのかって話だよ。あんたは目の前で助けられる人がいるのに無視できるのか?」


「あれが人、だと?」


「質問を質問で返すな。ちゃんと答えろ。アンヘル・ディマーニ」


「そんなん助けるだろうよ! だが奴らは別だな。あれは人じゃない。君は人に害を為すバケモノを助けているんだぞ」


 榮倉を世界の中心に考えればとんでもない発言だが、世間一般はこれが当然の考えだ。《戦人》が生んだ被害は各国の軍事バランスを崩壊させかねない勢いで増大しており、被害者も多く出ている。


「今こそケルト海で《戦人》の敵が出てきたおかげでどうにかなっているが、あれが出てこなかったらこの辺りはさら地になっていたのかもしれないのだぞ」


「敵、か……」


 肩を透かして笑った。


「何がおかしいんだ」


「いや、あなたたちの認識が確認できたから少し納得しただけだ」


 榮倉が艦隊を組んで反転海域に攻撃を仕掛けている間に現時点の保有戦力を投入しなかった欧州の陸海空軍に疑問を抱いていたが彼の一言で動かなかった理由を察した。

 彼らは反転海域を自らの敵ではなく敵の敵だと思っている。

 敵の敵は味方と言う言葉があるがそうだと信じ切っているのだろう。


「戦場の英雄らしい勇ましさだな。それで、君の用件を聞いていなかったな」


「人探しだ」


 榮倉は包み隠す必要もないと率直に言う。


「ほう。人探しか。そのものは何者なんだね?」


「イギリス人の高校生だ」


「名前は」


「シャーリー」


「性別は」


「女性だ」


「ほう。じゃあファーストネームは」


「フッド」


 署長は噴き出した。

 大声を上げて笑う。まるで制御盤を失った機械のように腹を抱えて笑った。


「あはっはっはっはっは! 面白いな。そんな女がいるのか?」


「いるから探している」


「どうやったかは知らないが君が知っている『シャーリー・フッド』なんて人物はイギリス人にはいないんだよ。私が知っているのは『マイティ・フッド』だけ。あのイギリスの船なら知っているがな」


 松葉杖を握る手に力がこもる。

 やはり、フッドの身柄を確保したのは彼らだ。

 榮倉がフッドを探しに来たであろうことも彼らはとっくに理解している。これ以上は小学生の嘘のような言葉は必要ない。


「フッドはどこだ」


「話すと思うかな?」


 いや、と答える。

 彼が自分から話すとは思えない。

 そう考えていたのだが。


「ただ、私を笑わせた礼に少しだけこのあとのことを話してやろう。君の言うシャーリー・フッドという名の少女の身柄はこれから大学病院に搬送される」


「……。」


「ああ、もちろん治療のためじゃないさ。あんな怪物を治療するような馬鹿な人間は君だけで十分だ。あれには戦人の人体形成を解明するために実験台になってもらうだけさ。別にすぐに取って食おうという訳じゃないから安心したまえ」


「あんたそれを正気で言っているのか?」


「もちろんだ。私は冗談が嫌いなんだ」


「人体実験は国際犯罪になるぞ。国家ぐるみだろうがあんたの独断だろうがスペイン警察は地に堕ちる」


 人体実験など許されることではない。

 長い歴史の中で国際艇に禁止されるようになったこの行為をこの男が実行しようとしている。正気の沙汰とは思えなかった。


「戦人の腹を開いたところで私たちを裁く法はないさ」


「彼女は人だ。人を解剖すればあんたらを裁く法はいくらでもある!」


「人があのような鉄船を動かせるはずがない。まあ、君がいくら何を言ったとしてもあれの護送は三十分後だ。それまでに止められる手だてがあるのならいいがな」


「お前……」


 殺意すら覚えそうになった。

 このアンヘル・ディマーニという男は重度の戦人差別主義者だ。イタズラを止めない子供と同じでいくら言ったところで聞く耳を持たない。

 ただ、彼を止める手立ては榮倉の手札には残っていない。

 伊織の合流は一時間以上あとで、一人でどうにかするにはケガが重すぎる。

 悔しさがこみ上げ、榮倉はふがいない自らの足を憎んだ。

 もう、手段を選んでいる余裕はない。

 たとえ、スペイン警察を敵に回す羽目になるかもしれなくても、それすら思考を巡り始めた時だった。




「戦場の英雄さんよー!! らしくねえなあ!!」

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