第四部 「赤銅の航海者」 6
Ⅳ
《フランス パリ リュクサンブール公園》
パリの象徴の一つエッフェル塔から約五キロ離れた緑地公園であるリュクサンブール公園に榮倉は来ていた。ニュースを見て取り乱していたシャルンと菜月たち四人は近隣のホテルに急遽チェックインさせている。
悪い状況なのは間違いない。
シャルンは見た限り放心状態でまともに会話もできない状況だ。
榮倉が連絡した『国際連合海軍』の伝手でフランスのパリ警視庁と連携を取り事実確認を進めることになったのだが、それよりも先にネットのSNSを通じて《戦人》とみられるものが《戦人》としての総意を発言していた。
『我々はこの行いに対して激しい憤りを覚えている。我々は今回の件を看過することはできない。それ相応の代償を払ってもらう覚悟をしてもらいたい』
これまで僅かながら交渉の余地のあった世界と《戦人》との決別を決める発言になるであろうことは容易に想像できた。
ネットニュースや報道番組ではこの発言が中心に広まっているが同時に同アカウントでは今後、ビスマルクに関する件で《戦人》側でも予想できない事態が起こる可能性を示唆していた。
発言したアカウントはすぐにサイバー科に発信場所の特定に当てられたが巧妙に細工されており月の裏側や外郭の内側などと言ったでたらめな場所だけが表示され発信先を特定することはできなかった。
榮倉はパリ警視庁の到着を待っていた。
待ち合わせの十五時までは少し時間がある。
一息つこうとベンチに腰掛けた時、声を掛けられた。
「やっと見つけた。榮倉大和」
日本語だった。
パリ警視庁が早めについたのかと思ったが声は少女のもので警察には思えない。
声のした方を見るとダウンジャケットを羽織った小柄な少女が佇んでいた。
「僕は戦艦『フッド』。今すぐ僕と一緒にビルバオまで来てほしいんだ! 手遅れになる前に叩く!」
「何の冗談だ」
不信感を抱かざるを得ないような相手だった。
「冗談じゃないよ。あなたのところに行った紀伊とシャルンホルストにもすぐにケルト海まで来るように連絡してくれないかな。他の海軍はあなたのところほど当てになりそうにないので。あとビルバオはスペインの北部にある街の一つだよ。他の者たちはすでにケルト海に向かっているんだ。できる限り早くしてくれないかな」
「待て。お前はもう少し分かりやすく状況を説明しろ」
「分かりやすくも何も僕も何もわかっていないんだ。でも、私は君が必要な気がするんだ」
「それならなおさら簡単に俺たちの船を出すわけにはいかない」
「さすがにそうなるよね……。どう説明しようか……」
少女は頭を掻きむしる。
どうするか迷っていると携帯に電話がかかってきた。
「悪い、ちょっと待ってくれ」
電話の相手は菜月だ。
通話ボタンを押すと焦った声で言う。
『大変です! ケルト海で異常現象が起きています!』
「なに! 異常気象ってなんだよそれ!」
『詳細は分からないんですけど、とにかくこれまでに観測されていないような気圧と雲の動きで気象台も何もわかっていない状況なんです』
「だよな。ケルト海の詳細な場所が分かるか」
『はい! フランス西部の町ブレストから約五〇〇キロ沖合の地点です! その場所を中心に気流が混濁していて海域を支配するように赤黒い雲で覆われているみたいです!』
菜月の声はフッドと名乗る少女にも聞こえたようだ。
「やっぱり! 榮倉大和! もう信用とか信ぴょう性なんてことを言っている余裕はないみたいだね! 今すぐいかないと僕たち《戦人》もあなたたち人間も平等に赤い雲に飲み込まれるかもしれない!」
まるで状況を読んだようにパリの空にどんよりとした雲がかかりだした。
数秒もしないうちに水滴が公園を濡らす。
フッドの言うとおりだった。彼女の言った通りにケルト海に異変が起き、異常気象が起こっている。
「菜月! すぐに宮崎に停泊している『紀伊』と『シャルンホルスト』と『桜』に出港要請してくれ!」
『ど、どういうことですか!』
「状況はあとで説明するから!」
『でも、「桜」はまだ……』
「なら残りの二隻だけでいい!」
『わ、わかりました』
榮倉は電話を切り、イギリス人の少女を見向く。
「あれがお前の言う勘なのか?」
「たぶん」
最悪だ、と毒づいた。
程なくしてパリ警視庁の警官が到着しビスマルクの死亡が確認されたことと警視庁で預かっていた彼女の遺体が紛失したのちにブレスト沖合五〇〇キロで赤黒い黒雲が海域を支配し始めたということを聞いた。
同時に黒雲の中から黒い飛行機体が現れ周辺の貨客船やクルーザーなどの船を手当たり次第に攻撃している。被害は黒雲が初めて観測された一時間前から拡大するばかりで歯止めがきかない状況になっている。
パリ警視庁の警官は情報をすべて伝え終えるとすぐに車に乗って立ち去った。
「ここまで頼み込んでおいてなんだけど。そのケガで付き合ってもいいのかい?」
松葉杖とジャケットの裾から覗いている包帯を見ながら顔をしかめる。
「それでも、やるしかないんだよ」




