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大和桜の舞う頃に  作者: 有佐アリス
第一章  赤銅色の――
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第四部 「赤銅の航海者」 3

 しばらく軍港内を散歩していると榮倉の携帯にメールが届いた。

 同居人からの昼飯ができたから戻って来いというメールだった。


「帰るか」


「私もそろそろお腹が空いてきたわ。それより、もうあの粘々した臭い豆は出さないでちょうだいよ。あれは生理的に無理だわ」


「美味いけどな。まあ菜月も結も食べないと思っているだろうから作らないだろうから安心して良いんじゃないか」


「日本人は恐ろしいわね」


「ドイツにだって似たようなものはあるだろ」


「ドイツは美食の国なのよ。あんな恐怖の食べ物はないわ。そろそろおいしいソーセージが食べたいのだけどあなた買ってきてくれないかしら? ニュルンベルクにお勧めの店があるのだけど」


「けが人をドイツまで行かせる気なのかよ」


「冗談に決まっているじゃない。あなたは本当に冗談の通じない男よね」


「悪かったな」


 シャルンは微笑む。

 昼飯の話をしているとあっという間に自宅まで着いた。

 車椅子を押して玄関を開けると榮倉は自らの足で立ち上がって玄関に立てかけられていた松葉杖を手に取っておぼつかない足取りでリビングに向かった。

 無理をさせるなと榮倉の妹に言われているのですぐにブーツを脱いで介抱しに行く。

 シャルンに支えられながらリビングに入るとすでに二人の少女が待っていた。


「菜月たちはどうしたんだ?」


 榮倉の問いに答えたのは彼の妹の(ゆう)だった。


「伊織さんと菜月さんは冬休みの課題が終わってないからって先に上に行ったよ。アリスは桜ちゃんと一緒に上で将棋中」


「今度は将棋かよ」


「ショウギ?」


「チェスみたいなものだ」


「へえ。一度やってみたいわね」


 榮倉とシャルンは黒髪ハーフテールの少女の横の椅子に腰かける。

 無口そうな少女はシャルンと同類だ。少女はパパの帰りを待っていた娘のような目で榮倉の裾を掴んで。


「兄さん。帰るの遅い」


「~~~~~っ!!」


 真っ先に反応したのは実の妹の結だ。


「紀伊さん! 兄さんは私の兄さんです!」


「じゃあ、お父さん?」


「違いますぅ! 兄さんは私だけの特権なので他の呼び方をしてください! あとお父さんもダメ!」


 シャルンはムキになっている妹を見て邪悪な笑みを浮かべる。


「あなたもモテモテよね。兄さん」


「げっ……」


 ぞくぞく、と寒気を感じた。


「何よ」


 何か違う反応が返ってきたとばかりに不服そうな顔をする。


「別にこの私がなんと呼ぼうが問題ないでしょ? 兄さん」


 こいつ(シャルン)は火に油を注ぎやがった。


「シャルンさんまで! 兄さんからも何か言って! このままじゃ」


 何かと必死な結に榮倉はため息を吐く。

 呼ばれ方なんて今さらどうでもいいだろ、と思い。


「別にどうでもいいから昼飯をくれ」


「もう……。重要なことなのに……」


 不満がにじみ出ていたが結は用意していた昼食をテーブルに置いて自分の椅子に座った。


「兄さんが誰に兄さんと呼ばれようがぜんっぜん興味ないけど、興味ないんだけど、怪我の経過はどう? 少しは良くなった」


「目下のところは一カ月くらい安静にしとけってことらしいな」


 医者からは頼むから一カ月でいいから外出は控えてくれ、じゃないと治らん、と言われている。左足首のじん帯損傷に右脇腹の裂傷、あばら骨二本にヒビが入っているという状態だ。

 ケガをしたのはつい三日前だ。

 仕事の関係で行っていたロシアからの帰還で少々無茶をした結果だ。

 だが、代償として得た報酬は大きいと思っている。

 二隻の軍艦の協力。

 それを良しとしない上官も少なくはないが榮倉も上官の一員である以上、特権で彼女たちの身柄を預かっている。

 それがこの場にいる妹以外の二人の少女だ。

 そう、二人は《戦人》だ。

 榮倉は結に診断書を渡す。


「まったく……。なんでそこまでして、たかが妹の約束を律儀に守ろうとするかな。一歩間違えれば兄さん死んでいたかもしれないんでしょ」


「それに関しては反省しているよ。でも、たがか妹じゃない」


「そういう熱血的なことは言わなくていい。聞いているこっちが恥ずかしいから」


「そ、そうか……」


 包帯を巻いた手でスプーンを取って昼食のカレーをすくう。


「でもね。私個人としてはすっごく嬉しかったんだから」


 満面の笑みを浮かべてくれた。

 それだけで榮倉は満足した。

 大けがの代償としてはこれ以上のものはないだろう。


「あーもー。そういうのは兄妹でやったら世間一般じゃ引け目で見られるわよー」


「そういうんじゃないですよ!」


「分かっているわよ。冗談よ」


「むー……」


「兄妹そろって冗談が通じないのね」


 嘆息しながらカレーを食べているとシャルンの携帯が鳴った。

 通話の相手を見てシャルンは目を輝かせて席を立つと廊下に出た。


「もしもし、ビス―――」


 ドアが閉められ部屋には結ともう一人の少女、紀伊(きい)の二人だけになった。

 しばらくは榮倉が鳴らす食器の音と点いているテレビの音だけがリビングを支配していた。


「はあ……」


 妹は突然大きくため息を吐いてキッチンに歩いて行った。

 榮倉の食べた食器を流し台に置くと水を流して皿洗いを始める。しばらくすると廊下で電話をしていたシャルンが戻ってきた。


「ちょっとあなた来て」


「なんで」


「少し話がしたいって」


「あいつが。俺に? それこそなんで」


「知らないわよ。私にだって教えてくれないのよ。どうせ先週の試合で負けた腹いせなんでしょうけど」


「シャルンじゃあるまいし、それはないだろ。あっちの方がお上品だからな」


「そ、そんわけないじゃない! この私は『幸運艦(シャルンホルスト)』よ! そんじゃそこらの軍艦より高貴で華やかなんだから! ほら早く出なさい」


「へいへい。分かったよ」


 榮倉は自分で車椅子を動かして廊下に出る。

 最新機種のスマホを受け取り、耳を当てるとシャルンと同じくらいに高貴な印象を受ける少女の声が聞こえた。


『遅いわ! いつまで待たせるの! あまり時間がないのよ』


「だったら要件を早速聞こうか」


 榮倉はスマホを当てなおしてマイクから聞こえてくる声に耳を傾ける。


『それよりテレビ電話にしなさい。そっちの方が伝えやすいから』


「まったく、しょうがないな」


 この少女は高貴で華やかだが半面で高圧的な印象だ。

 榮倉はため息を吐きながらテレビ電話に変えると金色のプラチナブロンドをしたいかにもドイツ人と言う印象を受ける少女が映った。


「それで、要件を聞こうか?」


『あなたやシャルンに関する重要な情報よ。知っているとは思うけど私たち《戦人》を良く思わない人間は指がいくつあっても足りないくらいにいるけど、あなたは彼らが具体的に何をしているかは知っているかしら』


「……。いや何も」


 考えるが榮倉が知りうるのはニュースで流れる程度のことだけだ。今、公になっている抗議は基地前での演説くらいだ。

 それ以上のことと言えば上官の反対くらいだが行動は全くしていない。


『その様子じゃ世間一般的なことだけのようだし電話して正解だったみたいね。ここからは未確認だからせめて頭の片隅に整理してくれれば十分よ』


 一拍置く。


『欧州や東洋、南米では問題はないけど中東はこれ以上ないくらいに危険な場所になっているわ。私たちは被害を受けていないけど「戦人狩り」が勃発しているのよ』


「なに!? なんだよそれ。そもそも世間一般じゃ《戦人》は無人の攻撃兵器とされているんだぞ。狩るには相当な軍事力が必要になる。そんな大がかりに動けば国連も気づくんじゃないのか?」


『ええ。愚鈍な国連も気づくでしょうね。私たちに不用意に攻撃しないという国際的意志が決まっている以上、彼らはそれを見逃さない。ただ、問題はそうじゃないの。あなたは良く知っているだろうけど私たちと普通の人、あなたとシャルンは何も変わらない人間よね?』


 何を今さら、聞いているのか疑問を浮かべた。

 誰よりも近くで見てきた榮倉はそれを実感していた。


『何が言いたいのかってことが聞きたいみたいね。要するに中東の「戦人狩り」集団は私たちが単なる個人であるという情報を知ったとしたらどうするかしら? その中東人が誰よりも私たちを憎んでいたとしたら?』


「いや、なんで海にほとんど面していない中東人が《戦人》を憎む必要があるんだ? 攻撃なんてされていないし、そもそもインド洋では一隻も船は沈没していないだろ」


『ええ。でも《戦人》がインド洋に居座っている。その事実だけで許せない。邪魔だと思う人はいるのよ』


「それだけの理由で……」


『さっき私たちは被害を受けていないと言ったけど被害は別のところで出ているわ。商戦への襲撃、航路の妨害、正直言って海賊よりもタチが悪いわ』


「仮にそれが事実だとして彼らは何を求めているんだ。《戦人》は結局、普通の女の子だし何かの役に……」


 そこまで言って気づいた。

 確かに《戦人》は普通の人間だが唯一違うところが自身の船を手足のように扱えるという点だ。彼女たちを捕まえることができれば憎しみの矛先を向けることも軍事力を蓄えることもできる。

 結局のところは《戦人》への憎しみは後付けに過ぎないのだと気付かされる。


『分かったようね。彼らは反国際組織よ。これまでテロを試みたこともあったけど結局は小国一つによる反乱に過ぎなかったわ。今じゃ言葉巧みに戦士を集めているようだけど、どうしても生産大国のアメリカのような国家と戦うには兵力が足りない』


「つまり彼らは……」




『戦争でも始めようとしているんじゃないかしら』




 ここまで軽い口調で言われた重い言葉はない。

 アメリカにも対戦人で使用できるような船はあるが12月の艦隊決戦で乗務員の練度の差を見せつけられた。すぐに軍の方で乗員の育成が行われているが《戦人》と同じくらいに戦えるようになるには最低三カ月、状況によっては三か月かかる。

 そこで戦力を底上げしても未知数の相手にたった四隻の戦艦では焼け石に水だ。

 榮倉たちのいる軍港にある二隻の戦艦と一隻の駆逐艦を加えても蜂の一刺しもできないだろう。


「バカみたいな話だな。それだけのために電話したのか?」


『いいえ。シャルンもそっちに行って暇になったから話し相手がほしかっただけよ』


「それならシャルンと話しておけばいいだろ。仲良いんだし」


『んなわけないでしょ! あの子いちいちことあるごとに先週の試合のことばかり自慢するのよ! そもそもあれはペナルティじゃないし! 何でオフサイドなのよ!』


「ああ……。煽られたんだな」


『そもそもよ! なんでドイツ人なのにイギリスのチームなんて応援しているのよ! あいつは裏切り者なの! はあ……』


 テンションの浮き下がりの激しい年頃の少女は大きなため息を吐いた。


『まあいいわ。それより、大丈夫なんでしょうね?』


「大丈夫って?」


『あの子たちよ。危険な目に遭ったりとかしていないかしら』


「……。まあ今はずっと港の中にいるからな」


『それなら……』


 声がか細くなっていく。

 榮倉はすぐに彼女が本当は何のために電話してきたのか察した。


「シャルンのこと心配していたんだな」


『ぬあぁん!? でぇよ!』


 電話越しにも動揺が伝わってくる。顔を赤くしている姿が容易に想像できた。どこまでも素直じゃないので肯定しないだろうが、シャルンと彼女、ビスマルクは同胞の仲で榮倉と出会ったロシアまで共に艦隊を組んでいた。

 仲間意識がないわけがない。


『そ、そんなんじゃないわよ! いい! ぜっったいにシャルンに悟られないように! じゃないとシャルンごと沈めてあげるわ!』


「そりゃ怖いな。黙っておかないと砲弾の雨が降りそうだ」


『そうしなさいよね!』


 用事は済んだかと思ってリビングの扉を開こうとしたときにマイクから『待って』と声を掛けられた。


「どうした」


『この間、約束したでしょ。近いうちにドイツを案内するって、あなたのけがの状態が良かったらだけどせっかくだしドイツに来ないかしら? あなたのところにいる四人の女子も連れて着いいから』


「ああロシアでそんなこと言っていたけど本気だったのか」


『この私は冗談なんて言わないわ! どこぞの「幽霊船(シャルンホルスト)」にからかわれるからね! それで、怪我の具合はどうなのよ』


「来週あたりなら良いんじゃないか。今週は年末年始で忙しいから来週あたりならまだ大丈夫だ」


『予定のことは聞いてないのよ。あなたのケガのことを聞いているの。そこが一番重要じゃない!』


 あからさまに心配しているのは伝わった。早く案内してあげたいという気持ちは伝わってくる。明日からでも来てほしいというオーラは電話越しにも分かる。

 だから榮倉は少しウソをついた。


「ああ、だいぶ良くなったよ」


『そう』


 彼女ほどわかりやすい反応の子は少ない。


『良かったわ。あとはシャルンと打ち合わせしておくからあなたの周りには早めに伝えておいて』


「ドイツ観光となればみんな飛びつくだろうからな楽しみにしておくよ」


 期待しておくといいわ、と言い残してビスマルクは電話を切った。

 リビングを開けるとすぐにシャルンがスマホを受けとりに来た。


「ずいぶん長く話していたわね」


「いろいろシャルンの面白い話を聞かせてもらったよ」




              着信履歴 13:32 Bismarck

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