第三部 「幽霊船の航路」 12
Ⅳ
数時間前まで隣にいた『シャルンホルスト』はすでにいなかった。
先に『紀伊』と一緒に宮崎に向けて出港した。
寂しい気持ちを抑えながらこれからについて考えていると一隻のクルーズ船が接舷を要請していた。
一瞬、敵かと警戒したが船首に立っていた顔を見て違うと思った。
クルーズ船の接舷を受諾し、接舷してきたクルーズ船に乗った二人の人物が戦艦『ビスマルク』の甲板に上がった。
ひとりは黒髪の少女でいつも榮倉大和の横にいる少女だ。
彼女については詳しいことは分からないが一般の学生に違いはないようだ。軍事知識にも乏しく一緒にいることが不思議な人間の一人だ。
そんな彼女に介抱されてきている人物にビスマルクはさすがに言葉を失った。
「ちょっとあなた何しているのよ!」
見ていられないとビスマルクは艦橋から甲板に降り立つ。
さすがに五メートル近い距離を飛び降りるのは足が途方もなく痺れたが歯を食いしばって歩いていく。
「そんな怪我で何をしにきたのよ。榮倉大和」
「いや、これはもうビスマルクにしか頼めないんだ」
「な、なによ」
何か重要なことであることは薄々感じとれる。
まさか、自分にもそっち側に回るように直訴しに来たのか、それともシャルンに対する何かを伝えに来たのか、いくつか考えられたがそれをわざわざビスマルクの甲板まで来て伝える理由はないはずだと考えを改める。
ただ、真剣に考えているビスマルクの想像を斜め上を行く頼みが来た。
「俺をその水上機で宮崎まで送ってくれ!」
「は!? 何かの冗談? エイプリルフールには四カ月以上も早いわよ!」
真面目に考えていたのが馬鹿らしくなるような頼みに動揺が隠せない。何ゆえに彼はそんなことを頼むのかと考えれば考えるほど意味不明だった。
「無茶な頼みなのは分かっているけど今から宮崎への直通便はもうないんだ。経由便も席がないみたいで今日中に帰り付けそうにないんだ」
「そ、それなら自衛隊、だっけ? そこに頼めばいいでしょ? あっちのほうが足は速いし、すぐに出せないのかしら」
「それが自衛隊の飛行機を出すには事前に飛行申請が必要で私的な理由での飛行は禁止されているんだ! でも、今回ばかりはどうしても今日中に戻りたいんだ! だから! 頼む!」
「無茶なお願いだとは分かっていますけど、ビスマルクさん。検討してもらえませんか」
「飛ばせることはできるけどいいの?」
「良いって?」
「私が勝手に操作するのよ。故意にあなたごと撃墜させることもできるのよ。戦人にとってあなたは脅威であるわけだし、その可能性を考えないのかしら」
榮倉は少し迷うと思ったが彼は一瞬の迷いなく言い放った。
「ビスマルクを信じているから! だから」
「ああもう! あなたってホントに合理的じゃないわよね! 分かったわよ! でももう一つ問題があるわよ。この水上機の航続距離は宮崎までの距離の半分しかないわ。どうしても届かないわよ」
「それなら大丈夫だ。横須賀に寄れば補給できる。そこまで行ければ届くだろ?」
「……。」
無駄に用意周到な榮倉に言葉を失った。
やるつもりは毛頭なかったが撃墜させられるかもしれない水上機に乗らせろと直訴までしてくるあたりこの男はどこまでも目先のことしか考えていないのだろう。
ただ、それがビスマルクには少しばかり羨ましかった。
成功率と言う数字とばかり見つめ合ってきたビスマルクには新鮮だ。
そんな彼を見て自然と笑みがこぼれる。
「バッカみたい」
満面の笑みだった。
こんなことは一生に一度かもしれないくらいにバカらしく楽しかった。
こんな彼になら本気でシャルンを任せられる。
ビスマルクは快晴の青空に向かった。
このあとで無事に宮崎の地で家族との再会を迎えたことは言うまでもない。
Section3 END To the Ghost Ship's Passage




