第三部 「幽霊船の航路」 8
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「柚月。ホントに追わなくてよかったの? 榮倉大和の乗っていた船って『紀伊』だったんでしょ。あの子がその気になったラ勝ち目がないんじゃない」
赤毛のショートヘアをした少女は冷たい麦茶を飲む。
時に外が寒いとしても人によっては暖かい物よりは冷たい物の方が好きだという人は多くいる。その典型が赤毛の少女だ。今回のように行動を起こせばいずれは少女が軽巡洋艦『矢矧』として今後は知れ渡ることになるだろう。
「良いのよ。まだ会うには早すぎるもの……」
「……。本当は会いたくて仕方ないくせに無理しちゃって……」
矢矧はため息を吐く。
柚月は遠い目でパンを齧る。
「あと矢矧。忘れないで。私はもう柚月じゃない」
「分かっているよ。戦艦『大和』でしょ? まさか本当にあなたがそう呼ばれる日が来るとは思わなかったわ」
「それって私が無能に見えたってこと?」
むっとした顔をする。
暖房の効いた『大和』の室内に二人とは違うお茶をすする音が聞こえる。
湯気の上がる湯呑みをテーブルに置く。
「まあ柚月って最初から大和のことしか頭になかったっすからね」
「純情」
霞と浜風は嘆息していた。
何を今さら、とでも言いたげだ。
「柚月ってホントに照準とかへたくそだったっすよ。右に向けろって言われているのに左に向けた時は悲惨だったっす……」
「その話はいい加減やめてちょうだい……。それと私は柚月じゃない!」
「んで、柚月はこのあとどうするつもりなの。いつまでもオホーツク海に居るのは良くないと思うし、何より寒い」
そう言いつつも矢矧は冷たい麦茶を飲み干す。
のどが潤うと開いてあったポテチの一つつまむ。
「ここを抜けたいのは山々なのだけど行く当てもないのよ。無駄な消費は避けたいのだけど……」
「確かにそうね」
「ところで磯風はどうしたっすか?」
「磯風なら外にいたわ。こんなに寒いのに良く外に出ていられるわね」
大和がそういった直後にタイマーの音が鳴り、席を立って奥のキッチンに入る。
キッチンには鍋が火にかけてあり隙間から湯気が噴き出していた。美味しそうな食材の香りが漂い、昼食時には待ちきれない。
そんな匂いを嗅ぎながら矢矧はポテチをつまむ。
「小学生並みの感覚みたいだからね」
「矢矧。いい加減お昼なんだし、ポテチはやめた方が良いよ。それにあまり間食していると太るわよ」
「……。た、確かにそうよね……。霞、あなたにあげるよ」
「お菓子は三時にしか食べないっすからいらないっす」
「浜風は?」
「いらない」
「ですよねー……。磯風なら食べるかな……」
「自分で開けたんだからちゃんと自分で処分しなさいよ」
「柚月はホントにケチね」
「大和だよ!」
どこぞの芸人のような芸になりつつある名前にため息を吐くと大和はキッチンの戸棚からスパイスのビンを取り出す。戦艦『大和』は戦時中に大和ホテルと呼ばれるくらいに居住性が良かったと言われている。その影響でこの『大和』にも一流のシェフを連れてきても十分に仕事ができるくらいに充実した食材と調味料が保管されていた。
対『紀伊』との戦闘でいくつかの食料室がお釈迦になったのは残念だが、お釈迦になったのは大和が個人的に嫌いなピーマンやニンジンの貯蔵室だったので問題がないどころか両手を広げて喜んだ。
食に関して無駄にこだわりを持っている磯風にできる言い訳を作ってくれた『紀伊』には内心で感謝している。
「今日は何作っているっすか?」
「肉じゃが。とりあえず何日か分作り置きしておこうと思って」
「柚月の肉じゃがってグリーンピースなしっすよね?」
「……。何か問題でも?」
「ないっすよ。むしろグリーンピースなしは歓迎っす」
「ならいいわ」
「浜風もそうだけどあなたたちって好きなものが小学生と同レベルよね」
「そんなわけないでしょ」
「じゃあ二人に聞くけど」
矢矧は大和と霞を見る。
「好きな食べ物は?」
「ハンバーグよ」
「から揚げっす」
「……。」
あまりにも素晴らしい模範解答が帰ってきて言葉に詰まる。
「じゃ、じゃあ嫌いな食べもは?」
「「ピーマンよ」っす」
「……。」
並みの小学生より好き嫌いが模範的だった。
「なによ」
「べ、別に何でもないよ」
これ以上は何を言っても模範解答しかかってきそうになかった。味覚の件に関してはここで切り上げておこう。
大和の好き嫌いがどうであれ矢矧がやることは明白だ。
「それにしても柚月は可愛いね」
「?」
聞こえていなかったのか大和は不思議そうな顔をしていた。
この戦艦『大和』に集まった艦隊『坊ノ岬艦隊』は戦艦『大和』のためだけに終結した艦隊で、特に目的もなくめぼしい行動目標はない。先日輸送船を護衛したのは少なからず現状に不満を持っていた艦隊の総意だ。
日本と言う国の意識の低さと認知度の低さをかんがみて協力を受け入れたが、結局は素人の綱渡りだった。輸送船は単純な駆逐艦の強襲で走力を失い護衛の意味はなくなった。
戦闘を早めに切り上げたのは大和の意志だが結果的に早期撤退は正解だった。
ドイツの『シャルンホルスト』と『ビスマルク』が出てきたときは焦りもしたがあちらも全力で潰しに来ているという訳じゃなかった。
多少照準を曖昧にしていることもあって沈まずに済んだ。
ただ、そうなると疑問は残る。
ドイツ人の彼女たちは榮倉大和にどうして協力を打診したのか。
協力関係は双方に利益が生まれることで初めて確立する。
だとしたらドイツ人たちの利益は何なのだろうか。
心の中で考えていた疑問に肉じゃがを盛った皿を持っている大和が答えた。
「シャルンホルストの目的なら分かるわよ。赤い方は分からないけど」
「柚月はもしかして精神能力者なの? 大能力者? サイコメトリーかな」
「なんでもアニメに例えないで。あとサイコメトリーは物の記憶を読み取るものであって人の記憶は読めないのよ」
「意外と詳しいね」
「面白くて本の方も全部読ませてもらったからよ」
「ふーん。それで精神能力者の柚月はどうしてシャルンホルストの目的が分かるの」
「どこかで見たことあるような性格だから考えていることが駄々漏れと言うか……。たぶんあの子は大和に認めてほしいのよ。ただ単純に人として一人の少女として好きになってほしい。本人は自覚しているしてい内に関係なく無意識にそう思って行動しているみたいね。ホントに誰に似ているのかしら……」
真剣に考えているがすぐにそれが誰のことかその場の誰もが分かった。
「そりゃ柚月だと思うんだけどねえ……」
「ん? なに?」
「気にしないで独り言だから」
「……? そう」
だとしたら『ビスマルク』が付いてきたのは。
私たちと同じか。




