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大和桜の舞う頃に  作者: 有佐アリス
第一章  鉄血宰相と幽霊船
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第三部 「幽霊船の航路」 5

    Ⅱ



《占守海峡》


 ロシア本土と小さな島々に挟まれた小さな海峡がある。

 武器を積んだ輸送船は占守海峡を通過した。それを追っている艦隊は先頭に速力のある『桜』を配置し、その援護を行う形で三隻の戦艦が連なっていた。一隻はつい先日から榮倉の艦隊に入ることになった『紀伊』だ。二隻の戦艦はドイツの誇りと言うべき戦艦だった。主砲口径38センチを誇る美しい曲線美を持ったドイツの至宝『ビスマルク』にかつて『幽霊船』とすら呼ばれたドイツの恐怖の象徴である『シャルンホルスト』の二隻が新たに艦隊に加わった。

 戦力として心強くはあるがどうしても編成に偏りは出る。

 これほどの戦艦を有するのであれば巡洋艦二隻と駆逐艦があと二隻は欲しいところだ。ただ残念ながらそのような希望を言っている余裕もない。

 艦橋から見えた輸送船は占守海峡を通過すると南下を始める。

 それを追撃しようとしたときに状況は変化した。


「左舷に敵艦! 二隻です!」


 見張りをしていたアリシアが叫ぶ。


「右舷にも敵艦! 同じく二隻!」


 やばいと思った。完全に待ち伏せられていた。


『艦長、こっちからは見えない』


「魚雷でもばらまくか……。いやだが……」


 それをすればあとが無くなる。

 最低でも四本は残しておきたい。


「左右敵艦魚雷発射を確認しました!」


 駆逐艦程度の装甲では一発でも食らえば沈没する。占守海峡は十キロもない。回避しようにも海域の広さが足りなかった。転舵ができない広さではないがそれ以前に魚雷船全てが転舵後の左右どちらに方向転換しても当たるように照準されている。完全に逃げ道が塞がれていた。

 だとしたら引いてダメなら押してみろ、だ。


「機関全速! 突っ切るぞ!」


「このあとはもうぜったいにぜんそくがだせないよ」


「問題ない」


「りょうかい」


 桜が頷くと一気に機関が唸りを上げ、速力を上げていく。

 パスパスと空気の抜ける嫌な音が響いているが今さらやめることはできない。

 リスクを負っただけの価値は十分にあった。命中コースだった魚雷線は『桜』の艦尾をすり抜けた。それを確認した四隻の駆逐艦と巡洋艦は一斉に下がる。


『やっと追いついたと思ったら逃げているじゃないの』


 好戦的なビスマルクは小さなため息を吐く。


「でも、嫌にあっさりと下がったな」


『そうね……』


 嫌な感覚はすぐに的中する。


「大和さん! 左舷前方!!」


「なっ!!!?」


 榮倉の視線に飛び込んできたのは後ろの『紀伊』とそっくりな船体をした島と比喩しても見劣りしないレベルの巨大なものだった。巨砲と荘厳な船体から醸し出される圧倒的なプレッシャーのようなものは相手に恐れを抱かせるには十分だった。

 そう、そこで待っていたのは。


『「大和」!!』


『さすがに登場が早いわよ! もう少しラスボス感出してくれないとこっちの計画が狂うじゃない!』


 シャルンは毒づきながら主砲を『大和』に向ける。


『撃つわよ。問題ないのよね』


「ああ! 頼む」


 了解と言うと同じようにビスマルクも砲を『大和』に向ける。


『フォイヤ!!』


 オレンジの火炎の直後に吐き出される黒煙、そして、放物線を描く一トンもの砲弾は目標の『大和』の艦首を捉えた。

 捉えたが。

 寒気がした。


「全部、弾き返しやがった……」


「ウソでしょ……。38センチだよ」


 伊織もその事実を受け入れられない。

 一トンもの砲弾すら弾き返す装甲を持つ戦艦をどうやって倒せばいいのか、見当もつかなかった。ロシアでの『ペトロパブロフスク』が目の前の『大和』を上回る『紀伊』と渡り合えたのは距離が十キロもなかったからだ。

 あれが20キロ近くも離れていたとしたら話は変わってくる。

 そして、今の榮倉の艦隊と『大和』との距離がその20キロだった。

 焦燥感が全員を襲う。




 戦艦『大和』がついに歴史の中で初めて対艦戦闘で主砲を轟かせた。




 まっすぐ進めば『桜』は直撃コースだ。


「機関停止!」


 がくんと一気にエンジンの火が弱まる。

 数秒の減速の直後、砲弾が艦尾をかする。


「伏せろぉおおおおおお!!」


 榮倉は身近の菜月と桜を庇う。

 刹那、かすった後部主砲が熱で融解されるように吹き飛んだ。


『艦長! 大丈夫!?』


 真っ先に紀伊がスピーカーから悲痛な声で叫ぶ。

 かすっただけなのにこれほどの威力だと直撃すれば一撃で撃沈しかねない。かすった後部主砲は完全に機能を失った。


「大丈夫じゃねえけど……。何とかいけそうだ……。桜、また頼む」


「うん」


「またやるんですか!」


「なあな。あとのことは分かっているだろ?」


「分かっていますけど……。大丈夫なのですか? もしものことがあったら……」


「大丈夫だ。日本の戦艦を信じろ」


 不満はあったが最初からそのつもりだったのでそれ以上の反論は必要ない。ただ、単純に恋する乙女として榮倉の身を案じただけだ。

 合図を後ろの『紀伊』に送るとすぐに『桜』のよこに紀伊が接舷する。

 すでに第一射から一分以上の時間が過ぎている。

 次はいつ撃たれてもおかしくなかった。榮倉は丁寧に階段を降りる余裕もなく、勢いに任せて甲板に下り、その勢いで一気に『紀伊』に乗り込む。

 再び榮倉は『紀伊』の艦長になった。

 接舷していた『桜』に合図を送るとすぐに離れる。

 直後に第二射が艦隊を襲う。

 負けじと左右のドイツ戦艦が主砲を放った。だが、やはり甲板で全弾が弾かれる。榮倉は艦内を走り、艦橋に上がる。


「よし! 間に合った」


「艦長、『大和』の周りに何隻かいるよ」


『そっちは私たちに任せてちょうだい!』


「頼んだぞ! 桜! すぐに行動に移れ!」


 戦艦『紀伊』に移った榮倉の代わりに指揮を執るのは伊織だ。

 彼女以外に知識が豊富で海戦術に詳しいものはいない。だが、敵に対する知識量では榮倉を遥かにしのいでいる。この状況を打破するには最適な人材だ。

 速度を落とし後衛に付いた『桜』は発光信号で「了解」とだけ告げ、島影に姿をくらませた。

 追おうと数隻の駆逐艦が動き出したが。


『悪いけど、あなたたちの相手は私たちよ』


 正直、対駆逐艦戦はビスマルクとシャルンは苦手だ。

 副砲も含めた投射量は魅力的だが、機動力に劣る部分がある。四隻の軍艦に引っ掻き回されるとなると長期戦は計算できない。

 それを『大和』側も分かっている。

 すぐに四隻の船をドイツ戦艦に向けた。

 これで『大和』対『紀伊』の一騎打ちだ。

 その時、ずっとだんまりを続けていた『大和』側から発光信号が送られる。



『いざ尋常に』



 サムライらしい勝負の合図だ。

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