第三部 「幽霊船の航路」 4
再び榮倉は自身の耳を疑う。
「本気で言っているのか?」
「ええ。この『鉄血宰相』は冗談が嫌いだから。そこのシャルンは好きみたいだけど」
「残念だけど理由なんて粗末に過ぎないわ。結局、それぞれに大小はあるにしても理由があるけど一個人の価値観なのだから」
言わんとしていることは理解できた。
しかし、だからと言ってわざわざ別の国にまで仲介してくるとは思わない。
車の中が呆気にとられて沈黙していると知らない着信音が鳴った。不審に思いながら周りを見るとシャルンが携帯を出した。
操作して耳に当てる。
「どうしたのよ」
どこかシャルンとビスマルクの表情が硬くなっている気がした。
それだけで何か嫌な予感がする。
「冗談じゃないでしょうね! 冗談だったら今すぐ沈めに行くわよ」
かなりの口論になっているようだ。かなり不穏な単語も交じっていた。それから数十秒の会話をするとシャルンは電話を切った。
「最悪の知らせよ」
その時点で数十秒前の嫌な予感が当たったと分かる。
「クーデター用の輸送船がとっくにベーリング海峡を南下したみたいよ」
「ちょっと待って! あり得ないわ。私たちが確認した時はまだシベリア海よ。そんなに早く……」
ビスマルクはそこで察した。
「それより問題は護衛がいることよ」
「護衛?」
「ええ。日本艦が五隻も」
ニュアンスでそれが《戦人》であることは分かった。
「艦名は……」
自然とハンドルを握る手に汗が流れる。
再び、戦人との戦闘になれば菜月たちを危険な戦場に連れまわす羽目になってしまう。それを避けるためにこれまで行動してきたというのに、それでは本末転倒になるのは目に見えていた。
シャルンはスマホをジャケットのポケットに入れる。
「戦艦『大和』を旗艦にした軽巡洋艦『矢矧』駆逐艦『磯風』『浜風』『霞』よ」
「や、『大和』……」
菜月でも分かるくらいに有名な戦艦だ。あるアニメを皮切りにドキュメンタリー映画などが放映され、世界的にも有名になったその巨艦は今の世の中に知らない人間はほとんどいないだろう。
そんな戦艦が護衛に付いているとなるとかなり厄介になる。
「あの戦艦『大和』なのか……?」
「ええ。あなたのところにいる『紀伊』という例外を除いてあれほどの巨艦は他に居ないわ」
さて、とビスマルクが付けくわえる。
「それで、結局どうするか聞きそびれているけど、この一件に榮倉大和は介入するのかしら? それとも私たちに任せる?」
シャルンとビスマルクは榮倉の逃げ道を用意しているつもりだが、その逃げ道は榮倉自身が塞いでいて、結局のところ迷うまでもなかった。
何しろクーデターとなれば日本にいる人たちは危険にさらされる。それだけは許してはならない。是が非でも止める。
その上での結論は明白だ。
「すぐに行こう」
榮倉の乗る駆逐艦『桜』を中心にした艦隊は一時間後に出港した。




