第三部 「幽霊船の航路」 2
Ⅰ
《ロシアカムチャツカ地方 パラトゥンカ》
パラトゥンカ市内には以外にも日本料理店がいくつかあった。ほとんどの店主はロシア人が経営しているようだが一件だけあった有名どころの回転寿司屋にいた。
理由は風呂上りの二人のドイツ人たちがお寿司を食べてみたいわ、と全く同じ口調で言ったこととちょうどお昼時だったこともあるが、ゆっくりと話しをしてみたかったことが一番根底にある。
そのつもりだったのだが、流れている寿司に夢中になっていて話が進みそうになかった。
「シャルン。ちょっとそこの醤油取ってくれないかしら」
「じゃあ新しいおしぼり取って……。うぷ」
風呂場ではケンカしていた二人だが、いつの間にか仲良く食事をとっている。まるで夫婦を外から見ているかのようだった。
「それにしてもこれほどおいしいのに全部100円くらいだなんて日本人は恐ろしい人種だわね」
金髪の方の少女、ビスマルクは美味しそうにマグロの寿司を食べる。
ちなみにわさびは最初で無理だと分かって諦めたようだ。表面的にはガサツな印象だが内面的には清楚なお嬢様なのだろう。食べ方も品があり、一貫一貫を丁寧に食べていた。
対して黒髪の少女の方はビスマルクと真逆な印象だ。
食べ方が雑だ。
残しはしないのだが維持を張ってわさび入りで食べてダウン気味だ。
「わさびぃ……」
「あんなの食べられるわけないじゃない。シャルンの自業自得だわ」
余裕な表情でぱくぱくと寿司を頬張る。
そんなドイツ人に対して小食な日本人の少女とイギリス人、国籍不明の金髪少女の方はお腹も膨れてゆっくりとお茶を飲んでいた。
寿司を美味しく食べているビスマルクがアリシアの前に置かれた皿を見て。
「ところでアリシア、だったわよね」
「そうですが、なにか」
「食べないと成長しないわよ」
ピキッと何かが切れるような音が聞こえた気がした。
気がしたのだが、アリシアはいたって冷静に。
「人には向き不向きがありますので」
「ふーん。確かにそうね。まあいいわ」
「ビスマルク。あなたこそ食べ過ぎて太らないことね……。じゃないといつまでもこの私のようなスレンダーボディにはなれないわよ」
「うるさいわね。シャルンの場合はただ凹凸がないだけじゃない」
座席で横になっていたシャルンの動きがぴたりと止まり、むくりと起き上がる。
「それはこの私がペチャパイだと言いたいのかしら? このわがままボディ!」
今度は新しい寿司の皿を取ろうとしていたビスマルクの手が止まる。
「この際だから言わせてもらうのだけど。シャルン、あなたは貧乳よ。ペチャパイは黙って山でも眺めてなさい。あとキャラ被っているのよ!」
「真似したのはあなたのほうじゃない! 前は男言葉だったのに恋でもしちゃったのかしら?」
この場の全員が思っていたことをどうやら二人は気にしていたようだ。
ただこのまま夫婦喧嘩がまた始まれば話が進展しなさそうだったので榮倉が介入する。
「まあまあ。落ち着いてくれ。こっちも聞きたいことが山ほどあるんだから」
「……。そ、そうね」
ビスマルクは取りかけていた皿を取って再び席に着く。
シャルンの方も夫婦喧嘩で少しは体調も戻ったようで冷水を飲みながら。
「それで、何から聞きたいわけなのかしら? ああ、でも大体想像はつくから先にいくつか言っておいた方が楽だわね。まず、私たちが《戦人》であるかはカリギリ湖前のところにある船を見てもらえれば分かるとして、君の手を借りたいのはある事柄を起こそうとしている人物の確保にあなたが最適だからよ。それ以外に何かあれば答えるわ」
聞きたかったことの八割くらいを先に答えられてしまった。
榮倉はその上で彼女の回答の中で疑問に思ったことをいくつか候補に挙げる。
「まずその事柄は《戦人》側では解決できないのか?」
答えにはビスマルクが答える。
「無理よ。私たちが介入すれば小さかった火種がガソリンに引火するように大きな炎になってしまうのよ。あなたなら良く知っているはずよね」
「完全には納得できないがまあそれでいいか。他にそれは今すぐでないとダメなのか?」
「どうしてかしら?」
「修理している『桜』のことと……」
榮倉は他の三人の少女たちに聞こえないように耳打ちする。
「あの三人を戦闘に巻き込みたくない」
「ぷぷっ」
聞いたビスマルクは思わず噴き出した。
バカにして笑ったわけではない。
「あはははっ! そういうことね。道理でロシア人が惚れ込むわけだ」
ビスマルクが言っているのはペトロのことだろう。
ひとしきり笑うとビスマルクは真剣な顔をした。
「でも悪いわね。そんな余裕はないわ」
続けるのはシャルンだ。
「早くても今日中にはことが動くの。だから、君が協力するための特効薬になる言葉を用意してきているわ」
「特効薬?」
眉をひそめる。
榮倉が動かざるを得ない特効薬となると数は限られてくるだろう。どこかの正義の味方と違って榮倉大和は自分のためにしか動けない男だ。何より、同じ机を囲んでいるこの三人に危険が伴うとなるとなおさらだ。
紀伊の件では成り行きで危険な目に遭わせたが、二度とあのような菜月たちが身の危険を感じるような状況が作りたくない。
そのためなら手段を選んでいる余裕はない。
と思っていたがドイツ人の少女たちが同時に告げた言葉でその考えを改めることになる。
「三池忠久がこの一件にはかかわっているわ」




