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大和桜の舞う頃に  作者: 有佐アリス
第一章  鉄血宰相と幽霊船
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第三部 「幽霊船の航路」 1

    *



《ロシアカムチャツカ地方 パラトゥンカ》



 12月29日

 ロシア戦艦『ペトロパブロフスク』を撃沈したニュースは瞬く間に世界に広がった。

 世界は歓声と共になぜ《戦人》を生かしているのかという批判もあった。半面に数少ない戦人擁護派からは賞賛の声が上がり、ロシア戦艦を撃沈至らしめた榮倉大和という名の男は再び世界の知るところとなった。

 榮倉たちの艦隊は日本への帰投を中断し、再び元の港に戻ることになり、戦闘中に主機にダメージを負い『紀伊』と接触した際に艦首の装甲が曲がったこともあって少し長い修理期間になっていた。

 日本の海上での施工工事の技術は並ではなく一週間もかからずに装甲のたわみをもとの形に復元する。


 アメリカ軍は『紀伊』の修理もやろうとしたが全てフューチャーテクノロジーでやれたことは穴の開いた場所に装甲版を被せることくらいだ。

 日本の工廠でしっかりとやれば修理は可能だが海上での工事は不可能だった。

 ペトロパブロフスク、改め、ペトロとしてこれから人生を歩むことになる戦人の少女の身柄は『国際連合海軍』の榮倉たちのいる南郷重工造船所が預かることになった。

 理由としては二つある。

 一つは栄松島の地形が監視するには絶好のポイントでもしも何か行動を起こそうとすれば『桜』がすぐに対応できるためだ。これは擁護派の榮倉にとってはこれ以上ない成果だが、彼女自身は栄松島に一度でも入れば戦闘が終わる日まで外に出ることは許されないという条件だけがネックだった。

 それでもいいとペトロは条件を飲んだ。

 いや、飲んだのだが、彼女はそれどころではないようにみえた。

 条件を話している榮倉を見て完全に乙女な顔でうっとりとしていた。

 榮倉は好かれる理由が分からずに困惑していた。


 ペトロを『桜』の艦内に預けると榮倉と三人の少女たちは疲れを癒すために最寄りの温泉に来ていた。

 入港しているペトロパブロフスクの対岸にあるパラトゥンカにある火山性の温泉がありそこに一行は訪れていた。

 着替え一式を持ち更衣室に入ると三人の中では豊満な胸部を持っている伊織が服を脱ぎながら。


「それで、菜月ちゃんは帰ってから説教されていたの?」


「ず、ずっとじゃないですよ! それに勝手に無茶しようとした大和さんも悪いので説教し返しました!」


 菜月は身に着けていたスポーツブラを外す。

 隣で聞いていたアリシアも不服そうな顔で身に着けていたランジェリーを脱ぐ。


「そりゃ大和くんも大変だったんだろうね。聞かん坊主、じゃなかったお嬢の菜月ちゃんは面倒だし」


「あの、坊主はやめてください。あとお嬢も……」


「じゃあ乙女?」


「そういうことじゃなくて普通に読んでくださいよ」


「じゃあ恋する乙女でいいかな?」


 着替えのかごからスクール水着を出そうとしていたアリシアの手がピクリと止まる。


「それで、しばらく二人っきりで何か進展があったの?」


 地獄耳の銀髪イギリス人少女は聞き逃してない。


「と、特に何もなかったです、けど……」


「ありゃ? さりげなく恋していることを認めたね」


「そ、そんなんじゃな……いわけではない……。と思いますけ、ど……」


「好きなんでしょー。今更、隠すことないじゃん。バレているんだし」


 アリシアは自分の貧相な体を見てため息を吐く。


「魅力がないのでしょうか……」


 何気ない一言を伊織の耳は聞き逃していなかった。


「大丈夫! 大和くんはロリ専だから!」


「本当ですか」


 目を輝かせる。


「あ、いや……。たぶん……」


「そうですよね……。そうだと思いましたよ」


 ひときわ大きなため息を吐いて水着を着る。

 日本では水着での入浴は禁じられているがここは水着の着用が義務付けられている。理由は一つ。

 ここが混浴だからだ。

 アリシアも菜月も体のラインがはっきりと見える水着になるのは恥ずかしかったが行かないのなら伊織が榮倉と一緒に二人で行ってくると言うので、恋する乙女の二人はすぐに心変わりしてここまで来た。

 冷静になってみれば伊織に乗せられた感は二人とも強く感じていた。

 平均よりは小さい分類に入る菜月だがそれ以上に小さいのがアリシアだ。いまだに小五の頃のスクール水着が着られると思うとため息も漏れるというものだ。


「それにしても今日はお客さんいないみたいだね」


 伊織は扉を少し開けながら湯船を見ている。


「もう大和くんは入っているみたいだし、早く着替えて」


「伊織さんもそうですよ。いつまでも服を着ていないで着替えてください」


「それなら問題ないさ」


 伊織はそういうと着ていたセーターを脱ぐ。

 下着かと思った服の中はすでに白のビキニが身に付けられていた。


「やっぱり着ていたんですね」


 あきれ顔で菜月は自分の水着を着る。

 変なところがないかを入念にチェックすると三人で施設の中に入っていく。

 さすがに湯気で温められているとはいえ外は寒い。


「大和くん、おまたせー」


 菜月たちに背を向けて湯につかっている榮倉に声を掛けると手だけを上げて反応した。

 平静を装って湯につかっているように見えるが。

 完全に恥らっている。

 背中越しでも三人は分かった。

 近くに置いてあった風呂桶で湯を浴びると寒さを忘れるくらいに体が温まる。真っ先に伊織が湯に入るとわざと榮倉の近くに行く。

 ムスッとした表情になる残った二人も追いかけるように榮倉の両隣に居座る。


「な、なあ……。もしかしてわざとやっているのか……?」


 あからさまに赤くなっている榮倉の顔を見て思わずキュンとする恋する乙女たち。


「水着なんだし、別にいいでしょ? それに家じゃあたしの下着よく見ているじゃん」


「あれは別だろ。慣れるものじゃないけど大したことじゃないからな。でも、風呂は……」


「榮倉さん。下着よりは面積が少ないので大丈夫です」


 スク水を着ているアリシアは自慢げに言う。


「そういう問題じゃないって……」


 貧相な体つきとはいえアリシアの銀髪は風呂では妙に色っぽく見えてしまう。普段はそれほど感じない艶めかしさが色濃く感じられた。

 アリシアから目線を外せば逆にいる菜月が見える。

 アリシアとは違った日本人らしいエロティックさがあり、菜月には女性らしい凹凸が顕著に見えていた。だからと言って真っすぐ見ればビキニ姿の伊織が居座っている。

 視線の先に迷っていると誰かが入ってくる声が聞こえた。

 地元の人物かと思ったが聞こえてきたのは。


「絶対にこの私が勝っていたわ! 痕洲子だったのになんで止めるのよ」


「何度も言わせないでくれるかしら。あのまま続けていたら絶対に間に合わなかったのよ。あと数日遅れていたらいなかったのが分からないのかしら」


 日本語だった。

 しかもペトロのようなカタコトではなくイントネーションや用法も的確な日本語だ。ロシアの辺境の地にいる日本人女性はここの三人と船に居る桜だけだ。観光客の可能性は少なからずあるが戦闘がおこったこの街に近づく日本人がいるとは思えない。

 というより声質や気品から日本人の印象は受けなかった。

 しばらく四人が黙っていると更衣室の扉が開いた。


「これだから『鉄血宰相(ビスマルク)』はモテないのよ」


「あなただってそうでしょうが! 何が『幸運艦(シャルンホルスト)』よ! あなたは『幽霊船(シャルンホルスト)』の方がお似合いよ! というかモテる云々は関係ないでしょ」


 え? とこの場の全員が聞こえた声に耳を疑った。

 出てきたのは黒髪をした欧州人と同じく欧州人で伊織よりも薄い金髪の高校生くらいの少女だった。

 黒髪の少女の方はスレンダーでキレイな見た目をしていた。スレンダーだからと言って胸が小さいわけではないようで、水着越しにも大きいということが分かる。反面に金髪の少女の方は女性らしい美しいラインをしていた。

 まるで菜月とアリシアの理想形のような少女たちは先客の榮倉たちに気付いた。


「あれ? あの人……。じゃないかしら?」


 金髪の少女の方が榮倉を見て黒髪の少女に確認を取っていた。


「いや、私も日本人の顔は見分けづらいのよ。でも……」


 こそこそと何かを話している。

 一瞬、ここが混浴なのを知らないのかと思ったが二人ともちゃんと水着を着ているのでそんなことはないのだろう。

 ひそひそと話している少女たちに榮倉が先に声を掛けた。


「君たち、もしかして……」


  というより二人がお互いを呼んでいた『ビスマルク』と『シャルンホルスト』は巨大な軍艦の名前だった。

 それ以上は言わなくても想像できる。

 彼女たちは。




「《戦人》か?」




 少女たちは目を丸くする。

 しかし、察したように冷静に金髪の少女の方が言う。


「そういうあなたは榮倉大和かしら?」


 何も言わずに頷く。


「そう。だったら探す手間が省けたわ。この私はドイツ戦艦『ビスマルク』よ。覚えておいてちょうだいね。それでこっちの清楚に見えるガサツな奴が」


「誰がガサツよ! 貴女よりは品があるわよ! 『シャルンホルスト』よ」


「……。」


 全員が言葉を失った。

 一難去ってまた一難とはよく言ったものだ。

 今度は二隻のドイツ戦艦が榮倉の前に姿を見せた。

 しかも旧式戦艦だった『ペトロパブロフスク』とは違い、戦時中にその名の通り、鬼神のような活躍を見せたドイツの有名どころだ。

 ビスマルクと名乗った金髪の少女は再び四人の予想外の発言をする。




「私たちはあなたの手を借りに来たのよ」

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