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大和桜の舞う頃に  作者: 有佐アリス
第一章  帝国海軍復活の日
4/92

第一部 「暁の水平線に」 4



《各放送局へ 防衛相より》


 各報道局へ

 今回の不明船に関する対応について僭越ながら文書で説明させていただきます。

 不明船は第二世界大戦時の戦艦と断定した。なお、戦艦の所属などは不明。

 ただし、我が海上自衛隊のイージス艦あたごを撃沈に至らせ、後にこんごうまでも撃沈せしめたということにより日本政府は『日米安全保障条約』に則り、アメリカ合衆国の空母打撃群を不明船への反攻作戦のために派遣しました。

 最後に今回の不明艦襲撃により殉職された自衛隊員584人となりました。584人の殉職者の親族にはお悔やみ申し上げます。事態の重大性を見誤った我々もより一層の警戒を行い二度と同じ轍を踏まぬよう努力いたします。

 現在、不明艦の情報は一級国際機密となっており、皆様には公開できるようになり次第即時発表いたします。

防衛大臣 大枝久豊




 各放送社に送られたこの文書はすぐにニュースとして取り上げられた。

 日本国民もアメリカ軍が支援に出ると聞いて少しは安心できただろう。



 同日の深夜。

 ハワイ島に停泊していた原子力空母ジョージ・ワシントン他随伴艦は日向灘沖に向けて出港していた。

 乗船している海軍兵は全員余裕の笑みをこぼしていた。

 理由は単純だ。彼らの乗船している空母打撃群はたかが戦艦一隻を攻撃するには羽虫を殺すのに弾道ミサイルを撃ち込むくらいの簡単な作業だからだ。作戦通り戦艦の射程外から爆撃機による対艦攻撃、距離一万ヤードから巡洋ミサイルを撃ち込めばいいだけだ。

 彼らは日本が発射したトマホークミサイルは効かなかったことはすでに知っている。

 それでも圧倒的なこの戦力差では浮かれても仕方ない。

 第一航空部隊が戦艦『日向』会敵するまであと13時間30分





《??? ???》


 誰かが話している。

 言い合いをしているようだ。


「――――!」


 どうしてそんなに必死なんだ。

 みんな一蓮托生じゃないのか。だが、みんながそれを否定した。

 焦げ臭いにおいが充満してくる。肉の焦げたような臭い、それが人の肉だということはわかっていたが理解しようとはしない。

 船が揺れている。

 傾いて―――




 榮倉大和は再び戻ってきた。

 目を開けると天井にはLEDの蛍光灯が備え付けてあり、見たことのある医療器具が並んでいた。榮倉の寝ているベッドの横には薬品用の棚があり、医療用アルコールなど大量に積み上げられていた。

 どうやらここは医務室のようだ。

 自衛隊関係の医務室ならばどこかに海上自衛隊の文字が入っているものがあるはずだが目につく範囲にそのようなものはなかった。

 しばらく目だけを動かして周囲を見回したが判断しようがなかった。

 ならばと体を起こそうとしたとき、ビリッ! と全身に電気が走ったような瞬間的な痛みに襲われた。


「ッ!! 体、(おも)っ……」


 襲ってくる痛みと鉛を体中につけているような体のだるさに耐えながら起き上がる。

 そこではじめて自身の腕に包帯がまかれていることに気付いた。酸化して黒くなった血の滲んだTシャツに出港の際に着ていたブルーの作業着にも似たズボンには焼け焦げたような跡も残っていた。

 包帯がまかれているのは腕だけではない。身体中が包帯だらけでほとんど包帯男状態になっていた。


「こういった時って大体、近くに誰かエスコートしてくれる女の子なり後々親密になる男なりがいてくれるんだけど……。さすがに漫画みたいに甘くねえよな」


 残念ながらベッドの横にパイプ椅子こそあったがそこには誰も座っておらず、榮倉が持っていたロケット付きのペンダントだけが置いてあった。

 ペンダントを取り、もう一度首にかけると重たい身体を動かして医務室の出口であろう扉に向かう。しばらく動かされていなかったのか筋肉が悲鳴を上げるが痛みを無視して扉に向かう。

 扉には鍵はかかっておらず簡単に開いた。

 扉の先に待っていたのはまるで榮倉の記憶で数刻前まで乗っていたのイージス艦の内部のような狭く機械的な通路だった。


「まさか……」


 自身の予感が現実のものなのか確認するために榮倉は重い身体に鞭を打って走った。この場所が榮倉の予想通りならここはおそらく。

 確認するためには外に出るのが一番手っ取り早い。

道順がわかるわけではないが目に見えた通路の上に続く道を必死に駆け上がる。

 最後の扉を開いた瞬間。

 潮の香りが鼻孔を刺激した。眼下に一面水平線だけが浮かんでいた。地上なんて見える余地なんてない。潮風が吹き、たくさんのカモメたちが出迎えた。そこで理解した。ここは。



 船だと。



 振り返った先を見て榮倉は二度目の衝撃を受けた。


「ウソだろ……? これって資料で見たことがある……」


 濃いグレーの塗装が施された船体。艦首にあるのは連装砲。後部には同じ連装砲が二基あり艦橋の周りにはハリネズミのように大量の対空火器が備えられているものの中央部と後部付近にある4連装の魚雷発射管2基は紛れもない。

 フォルムという搭載された装備といい資料でしか見たことがなかったものが現在ここにあることが信じられなかった。

 別の声が聞こえた。


「目が覚めたんですね。榮倉大和さんで間違いないでしょうか」


 長めの黒髪に身長は150センチ超えていないくらいだろうか。

 典型的な日本人女性の体格の少女がほほ笑んでいた。


「そうだが……。君は? この船はなんだ。なぜここに?」


「疑問はたくさんあると思いますから順番に答えていきますね。あたしは宮崎県日南市にある南郷重工造船所の社長を一応やらせてもらっている高谷(たかや)()(つき)です。この船はあたしの父の代から受け継がれた船ですね。そのうえで聞きたいことはありますか」


 丁寧な物言いで少女は続ける。

 このような状況で現れる人物としては比較的好印象な子だった。


「えっと……。まずここはどこだ? 俺は確か不明艦を追ってから……」


「はい。あたしたちが確認したところによると榮倉さん率いたイージス艦こんごうは安芸灘で戦艦『日向』と会敵。交戦をしました。ただ……」


 菜月という少女は間を置く。

 どこか言うべきなのか迷っているようだ。


「高谷さん、だってよな。遠慮せずに言ってくれ」


「あ、はい……。すみません」


 小さく謝ると少女は意を決した。


「残念ながらイージス艦こんごうは撃沈。乗務員282名中の274名の方が殉職されました。残る8名のうち3名はいまだ行方不明。行方不明の中にいる一人が榮倉大和さんあなたです」


「……。」


 さすがに言葉を失った。

 そして、思い出した。

 イージス艦に向かってきていた魚雷を主砲で迎撃することには成功したが後の追撃を避けきれずに被弾した。これにより主機に多大なダメージを受けたイージス艦は自慢の機動力を失い、撃沈した。

 その最中で乗務員のみんなが榮倉を生き永らえるために死力を尽くしたのだ。

 航海長の和田二等海尉が榮倉を海に突き落としてこう言い残した。


『お前は生きろ!! お前のように頭を使えて戦える若いやつらが生き残ってあいつらを何とかしてくれ!! 何よりお前は死ぬには惜しすぎる人間だ! 生きろよ!』


 自然と負の感情があふれてくる。

 榮倉は感情を溢れされまいと唇をかみ、胸のペンダントを握りしめながら抑える。

 まだここで挫けるわけにはいかなかった。


「……。大和さん……」


 菜月のほうが泣き出しそうな表情で見ていた。

 この子は他人のことを自分のことのように受け止めてしまう子なのだろう。だからこそ彼女に心配をさせてはいけないと思う。


「大丈夫だ……。俺は大丈夫」


「……」


「俺のことはいいから。それよりここはどこか教えてくれ」


「は、はい……! ここはフィリピンです……。正確には北緯19度16分東経122度47分です。現在、フィリピン最南端サンタ・アナ、パラウィ島に向けて航行中です」


「そんなに日本から離れていたのか……。道理で潮の香りが違うわけだ……」


 緯度経度が完璧にわかるわけではないが、ほとんどフィリピンに近いフィリピン海にいることだけはわかった。


「じゃあ、重要な質問だ。この船はなんだ。旧世代のものなのか」


「旧世代といえば旧世代ですね。ただ、現代技術を取り入れ、主砲から魚雷発射管に対空砲までも管制制御で行われる陽炎型改装駆逐艦。いうなれば桜型駆逐艦『桜』です」


 外れてくれると嬉しかった榮倉の予想は当たっていた。

 つまり会敵した戦艦『日向』と同世代の駆逐艦だ。


「『桜』か……。もう一つ聞きたい。これは不明艦と同じなのか?」


「いえ、おそらく違います。この駆逐艦はあたしが5年前に社長職を受け継いだ時から建造されていました。人間の作った人工物で間違いないです」


「つまり、これは不明艦とは一切関係ないということか」


「はい。そうだと思います」


「じゃあ、最後に聞くがなんで俺だけを拾ったんだ。俺を助ける余裕があればほかの隊員たちも……」


「すみません……。あたしたちが着いたころにはイージス艦は沈没していて見つけられた生存者は大和さんだけでした……」


「だろうな……」


 内心そんな予感はしていた。

 はっきり言われるとそれでも悔しい気持ちは隠せない。仮に榮倉の操艦が完璧でうまくいっていれば乗務員は全員生き延びられたはずだ。今ごろ日本では任命責任や誰がこの後始末をやることになるのかという問題でもちきりなのかもしれない。

 広島には妹もいる。彼女に火の粉が飛んでいないことを祈る。


「……。大和さん……」


「悪い、ちょっと落ち着きたい」


「それなら、先ほどの医務室を使ってください。今は誰もいませんので」


「ああ」


 榮倉は唇を噛みしめながら艦内に戻った。





 高谷菜月は榮倉の後ろ姿を見送り、一息つくと別の声が聞こえてきた。


「その様子だと勧誘失敗?」


 プラチナブロンドのサイドテールの少女が艦橋の見張り台から顔を出してきた。

 いつも着ているタンクトップ姿でたわわに育った二つの丘が憎たらしいくらいだ。

 しかし、いつもは悲しくなるような格差社会が一切気にならなかった。


「……。あのままじゃ勧誘なんてできないですよ……。状況が酷すぎます」


「そうなるよね。でも、あの人にやってもらわないと私たちじゃこの船は戦えないよ。知識がいくらあっても知識と技術は全く別物だもん。難しいところだよね」


「それでも大和さんなら乗り越えてくれるはずです」


「そりゃまたほとんど初対面の相手に大層な期待をしているね」


「それが自分らしいと思っているんで」


「そっか……。ところでさ」


 サイドテールの少女は仕切りなおす。


「アリスちゃんどこにいるか知らない?」


「主機の管制室じゃないんですか?」


「ううん、そこにはいない。どこ行ったんだろ。別に急いでいるわけじゃないからいいんだけど」


「アリシアさんならすぐに戻ってきますよ。伊織さんまたしばらく見張りをお願いしますね」


「あいよー」

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