第二部 「ベーリングロスト」 13
アメリカ軍の戦艦『アイオワ』と『ミズーリ』の艦長を含めた海将たちが集まり今後の行動を決める議論が行われた。
各艦の海将たちは『紀伊』を艦隊に加えることを良く思っていない。むしろ、すぐに追い出すべきだという意見が多発した。榮倉視点からの《戦人》はどこもおかしくないただの人間だが世界の視点からはテロリストと同類だとみられている。
世界目線でのテロリストを仲間に入れると言われて二つ返事で頷くはずもなかった。 『紀伊』がいるということは懐にいつ爆発するか分からない爆弾を抱えているようなものだ。この場にいるアメリカ人も日本人も能無しではない。
議論は『紀伊』を追い返すという方針に固まりだしていた。
しかし、状況を一転させたのはアメリカ軍の艦隊司令官フランク・フレデリックの鶴の一声だった。
フランクが榮倉を『国際連合海軍』に勧誘し、二等海佐として迎え入れた張本人だ。勧誘の初日に戦人のシオリと桜を同行させて食事に誘われたことがあり、その際の二人の少女との会話の末に戦人保護派に身を置くことを決意した。
駆逐艦『桜』や伊400の自由度が高いのは彼の影響が強いからだ。
フランクの一言は議論を一転させ、瞬く間に『紀伊』の居場所を作って見せた。
彼の演説力は榮倉にはない。
議論は『紀伊』をできるだけ射程外に配置することを条件に決着した。
ロシアに到着する前に交戦した日本戦艦も含めて三隻の戦艦が存在しているベーリング海にとどまる理由もなく、艦隊は数日内に日本へと帰投することとなった。
議論が終わり出港準備に追われた一週間はあっという間に終わった。
12月10日
先に出港したアメリカ戦艦『アイオワ』と『ミズーリ』の二隻は潜水艦伊400の護衛の下でベーリング海をすでに抜けていた。
遅れて駆逐艦『桜』と『紀伊』が動き出す。
イージス艦の護衛もなく『紀伊』の護衛は『桜』一隻に委ねられていた。
いや、委ねられたのではなく押し付けられたに近かった。小さな駆逐艦一隻で三隻もの戦艦を相手にできるはずもない。もしも道中で攻撃された場合は被害を最小限にとどめようという意図が隠れていなかった。
すべてを理解しながら榮倉は『桜』の艦橋で大きなため息を漏らした。
「何事もなく行ければいいんですけどね……」
「言うな……。フラグだぞ」
とはいえ何も起こらないことは良いことだ。物語の中では何も起こらないほどつまらないものはないが、現実ではそのようなファンタスティックなストーリーは求められない。平凡に始まり、平凡な終わりが一番良い。
ただ、それを考えた時には何かが起こると予言しているようなものだ。
すぐに状況は変わった。
緊急扉から桜が降りる。
「うしろ。ろくじほうこう。たぶんペトロパブロフスク」
「分かった! 紀伊!」
榮倉は双眼鏡で桜に言われた方角を確認しながら横を航行している紀伊に無線回線を開く。
『うん。もう見えてるよ』
「届くか」
『島が邪魔で無理』
紀伊がそういった瞬間に双眼鏡から見えていたロシア戦艦は島影に身を潜めた。
「榮倉さん。これ以上は逃げ切れません」
別室で状況を把握していたアリシアが顔を出してくる。アリシアの指摘通り逃げ切れるような展開ではなかった。次にペトロパブロフスクが顔を出した時には交戦が始まるだろう。
交戦は不可避だ。
自然の艦内にいる菜月とアリシア、伊織のことを考えてしまう。
フィリピンでは交戦した故に伊織がケガをしかけた。
それもあって対日本戦艦との戦闘では逃げることに徹した。
ただ、今回ばかりは逃げ切れない。嫌な思考が流れてくる。
「……どうする」
島の切り目は目と鼻の先だ。
戦場において迷いは禁物であるのにすぐに決められない。
決断より状況が変わる方が早かった。
『来るよ!』
紀伊の声の直後。
島影から白い船体をした巨艦が姿を現した。
紀伊がそれに合わせて主砲を放つ。海を割る砲撃は照準をまともに合わせられていないため海を穿つだけで戦艦に命中しなかった。
刹那、ペトロパブロフスクの主砲が火を噴いた。
双方の距離は十キロを下回っており互いの方は有効射程だ。
直線的に飛んだ砲弾は紀伊の艦首に着弾し甲板の対空砲を破壊した。
「紀伊!!」
『だい、じょうぶ……。あたしは沈めない……』
そうはいっていたが聞こえてくる声に余裕はどこにもなかった。
今にも泣きだしそうな声だ。
魚雷攻撃をしようかと考えたが『桜』と『ペトロパブロフスク』の間にいる『紀伊』がいるので撃てない。だからと言って前に出るのはリスクが大きい。
「敵艦! 砲撃を確認しました! こちらに照準しています!!」
大量に設置された副砲が一斉に火を噴く。
「面舵いっぱい!!」
間に合うかどうかは別問題だ。
当たらないことを祈る。
だが、現実と言うのは非情だ。
投射された砲弾の一発が煙突近くを直撃した。
『被弾!!』
艦内スピーカーから乗組員の声が漏れる。
激しい揺れが艦内を襲う。ただでさえ脆い小さな軍艦は一発が致命傷になりかねない。一気に焦燥感が襲ってくる。
「被害を確認してください!」
「大和さん! 次、来ます!」
血の気が引きすぎて青ざめそうだった。
対戦艦戦において駆逐艦は撃ち返すような余裕もない。
多数の被弾を覚悟した。
「ダメなのか……」
榮倉は近くにいた菜月とアリシア、桜を庇う。
伊織は艦橋下にいる。どうかそこに直撃しないことを神に祈る。
奥歯を噛みしめ、被弾の時を待った。
その時、目の前に島が入り込んだ。
『あたしは……。もう誰も沈ませないの!』
それは島ではなく船だ。
被弾の直前に全速力で『桜』の目の前に現れた副砲をすべて受けきった。
「紀伊……!」
『大丈夫、だよ。あたしは怖くなんかない……。怖くなんかないの……!』
直後に主砲が『紀伊』を捉える。
有効弾とまでは行かなかったが明確なダメージを船体に与えた。
『いや……っ! 来ないでって!』
直後に『紀伊』の主砲が海を割るがどれもまともに照準できていない。
「紀伊!」
『大丈夫だから……! あたしは……』
すでに声は濡れていて大丈夫でないことは歴然だった。
これ以上の戦闘は続けたくないが逃げることもできない。
榮倉自身もこの戦闘では決断の遅さがこの事態をまねていることは自覚していた。
「榮倉さん。どうするのですか?」
「大和さん……」
近くにいる二人少女が不安の色を濃く見せていた。
彼女たちをこれ以上不安にさせるわけにはいかない。榮倉は次の決断を即決した。
桜を見ると。
「船を紀伊に接舷してくれ」
「いいけど……」
「何をしようとしているんですか……?」
戦闘中において接舷すれば行動が制限されることは菜月やアリシアも理解している。
「このまま紀伊を放っておけない。あっちに移る」
「移るって……。どうするんですか」
「接舷して飛び移る」
さすがに菜月も頭を抱えた。
「無理です。私たちの乗っている『桜』の甲板と『紀伊』の甲板は高さが倍近くあるので飛び移るのは不可能です」
「だったら紀伊をどうやって導けばいいんだ」
「……。それは」
紀伊は完全に錯乱していてまともな砲撃ができていない状況だ。無線程度で安心させられるのであれば最初から錯乱しないだろう。
「とにかくロープとフックを用意してくれ!」
何が何もで乗り移ろうとしている榮倉を止めたい菜月だったがアリシアは諦めた表情をしていた。
アリシアは菜月を見ると小さく嘆息した。
「この人を止めるのは無理です。だから私たちは最大限のサポートをしましょう」
「でも……」
「危険なことには変わりはありませんけど状況を打破するにはそうするしかないかと思います」
アリシアの言うとおりセオリー通りの戦い方で状況を打破できるような状態ではない。ここはもう予想できない手法で切り抜けるしかない。
そのためには紀伊の落ち着きは必要不可欠だ。
菜月は諦めた。
「分かりました……」
一度決めたことを曲げない人間だということはよく知っていた。
菜月は大きなため息を吐いた。
「絶対に、無茶はしないでください」
「善処する」
榮倉は頷くと艦橋を降りるための扉を開ける。
「桜、アリシア。あとは任せるぞ」
「うん」
「はい」
二人の少女が頷いたのを確認すると榮倉は菜月と艦橋を降りた。
甲板に出ると頻繁に砲弾の雨が降ってくる。潮風も強く水しぶきが何度も甲板を濡らしていた。
榮倉と菜月は海水で髪を濡らしながら救命用のロープを手に取ると同じ救命用のフックを掛けて艦橋に合図を送る。船が移動を始め『紀伊』の真横に横付けする。駆逐艦である『桜』も巨大な船のはずだが、横にいる『紀伊』の船体の横にいると大人と子供のような体格差があった。
三倍近い大きさの船へ上るにはどこかにフックを掛けないといけなかったが、目に見える範囲に取っ掛かりは見当たらない。
その時、主砲横の扉から伊織が顔を出してきた。
「艦首の少し後ろ! その辺りに対空砲の銃座があるよ! そこなら行けるはず!」
「分かった! 菜月。もう大丈夫だ」
「分かりました。どうか、無事に戻ってきてください」
ああ、と言って榮倉はロープをひっかけると走り幅跳びの要領で五メートル近い距離を飛んだ。




