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大和桜の舞う頃に  作者: 有佐アリス
第二章  ネイビー・シンボル
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第二部 「ベーリングロスト」 9

   Ⅱ



《ロシア カムチャツカ地方 ペトロパブロフスク・カムチャツキー》


 合流に成功したものの日本とアメリカの艦隊の状況は良くない、いや、悪いと言ってもいいだろう。酷い負け戦を演じる羽目になった榮倉たちはロシアの地方都市で一つの休息を迎えた。

 正直に言えば休息ではなく修理のために動きようがないだけだ。

 榮倉を含めた同居四人組はひと時の暇を消化するために港で釣りに来ていた。

 戦闘中は暑苦しい機関室にいたアリシアも外で自由に休めるのは悪くないだろう。


「今日は快晴のようだけどそれでも寒いね」


 伊織はダウンジャケットに包まりながら白い息を吐く。


「ところで榮倉さんの持っているのは魚のエサですか?」


 手に持っているバケツを指差す。

 中にはオキアミときびなごとゴカイが入っていた。


「そうなるな。無視の方は触りたくないなら別に俺が付けるしオキアミもあるから大丈夫だろ?」


「は、はい……。少々キモイですが仕方ないですね」


「アリシアさんは虫が苦手ですから。昔はあたしが捕まえてきたクワガタですら触ろうとしませんでしたから」


「へえ。初耳ー。ていうか菜月ちゃんって男の子みたいなことしていたんだ」


「そうですね。よくザリガニ獲りにも行きましたし」


「でも今や泣く子も黙る乙女になっちゃいました、と。この純愛ちゃんめ」


 チラリと榮倉を見る。

 アリシアの小言を聞いていた榮倉は気づいていないが菜月は耳まで赤くしながら両手を変えの前でぶんぶん振って否定する。


「そんなんじゃないですよ!」


「はいはーい……。分かっているって。それで大和くん。どこまで行くつもりなの? このあたり寒いんだけど」


 ため息交じりの伊織は菜月の気持ちを完全に見透かしているだろう。


「そうだな。このあたりで良さそうだな。とりあえずすぐに始められるように仕掛けは全員分作ってきたからあとはエサを付けて垂らすだけだ。ただ寒さはどうしようもない」


「寒いのならかまくらを造ればいいじゃない」


 マリーアントワネット流の考え方で即決した。

 ただ日本と違ってロシアの雪はふわふわしているので造るのは骨だ。

 荷物を釣りのポイントに置いてそれぞれの竿を伸ばすとエサを付けて海面に垂らす。

 虫が苦手なアリシアはオキアミで妥協した。以外にも虫が大丈夫な菜月はゴカイを針に付けて用意した椅子に腰を下ろした。


「かまくらを造るのは良いんですけど誰が造るんですか? あたしは造り方なんて分かりませんよ」


 アリシアも榮倉も造れないので言い出しっぺの伊織を見る。


「しゃーないね。私が言い出したんだし小一時間ほどお待ちいただければ立派な一軒家を作って進ぜよう」


 伊織は胸をふんぞり返すと積もった雪をかき集めだした。

 釣り糸を海面に垂らしながらアリシアが訊く。


「あの……。榮倉さんは今回の戦闘の結果をどう見ているのですか? 我々が所有している最大の戦力を持って立ち向かいました。その結果、相手はほぼ無傷に近い小破。こちらは大破と言っても過言ではない損害を受けました。フィリピンの時のように上手くいくなどとは考えたことはありませんでしたが相手を見誤っていたように思えます」


 的を射た意見だ。

 榮倉たちは以前、フィリピンでたった一隻の駆逐艦で一隻の空母を大破に追い込み、二隻の駆逐艦を行動不能にした。ただそれが成功したのは気候と周辺海域の条件が相手を混乱させるに至るだけのものだったからだ。決して実力を持って撃破したのではない。

 その結果はアメリカ軍も榮倉たちを護衛する自衛隊も分かっていた。小さな可能性が慢心を招いたことは少なくともある。


「その通りだな。俺たちは戦艦という艦種を甘く見ていた。アイオワ級が長門型より高性能なのは一目瞭然だが、それは万全の状態なときだけに限ってであって、一つの砲が故障すれば一瞬で火力は覆る。まあ、そこが今回の反省点だな。幸いにも俺たちは無事に陸に戻れた。だったら新しい術を見つけるしかないだろ」


「そう……。そうですよね」


「これで俺たちと戦人艦隊は一勝一敗の五分だ。次も負けて勝率を三割三分に戻すか勝利して六割七分に戻すかは俺たち次第だ」


「……。やっぱりあなたは最初にフィリピンで会った時と何も変わりませんね。愚直で分かりやすく阿呆のように前を見ている」


「アリシアさん……。それ、褒めているつもりですか?」


 ため息を吐くのはアリシアの隣で話を聞いていた菜月だ。


「もちろんそのつもりですが何か問題でもあるのでしょうか?」


「いや……。いいです……」


「アリシアの言い分は理解できるよ。俺は阿呆だからな。でもそれでいいと思う。阿呆でも俺は進むのは前だけだ。そう、決めたからな……。ずっと昔に」


 胸のペンダントを握る。

 たった一つの思い出の品と共に榮倉は決意を改める。

 その様子を菜月は遊んでいる子供たちを輪の外から見ているような寂しい目で見ていた。

 自分はその場所に本当に言っていいのだろうかと疑問を抱いた。そして榮倉大和が何を見てきたのか聞きたいという欲求が沸いたがそれは理性が押さえつけた。どんよりとした空気を吹き飛ばす手段はないかと海面を眺める。海面には三つの釣りウキが浮かんでいた。波に合わせて上下に揺れる。


「……。ところで大和さん。このあたりは何が釣れるんですか?」


「この辺りならオホーツク海で釣れるような魚だろうな。ホッケとかあのあたりじゃないか? せっかくだし釣れたら味噌汁にでもするか」


 かまくら造りを敢行していた伊織が目を輝かせて戻ってくる。


「いい加減質素な料理は飽きてきたところだから私もそれには賛成するよ!」


「最近はほとんど戦闘糧食のような物でしたからね」


 いつもは文句を言わない菜月も同じ料理が続くのは飽きてくる。

 味噌は余っているはずなので食料さえあれば美味い味噌汁を食べられるだろう。


「と言っている間になんか掛かったようだ」


 榮倉の竿にあたりがあった。

 しなり具合から大物ではないが十センチ以上はありそうな引きだ。

 数秒間リールを巻き続けると十五センチほどの中型のアイナメが挙がった。


「味噌汁にはちょうどいいのが釣れたな」


 魚をバケツに入れようと後ろを振り向くと金髪の少女が立っていた。

 伊織よりも白に近い金髪で肌も雪のように白い。まさしくロシア人という見た目の少女は榮倉たちを無邪気な目線で見ていた。

 榮倉が掴んでいる魚をじっと見ていたので榮倉は聞く。


「もしかして魚が欲しいのか?」


 行った後でロシア語じゃなかったことを思い出して言い直そうとしたが少女は予想外にも日本語で返事をした。


「ううん。すごいと思っただけです。この辺りじゃ釣りなんてやっている人いないですから。やるなら沖に出て漁をするのが普通ですし。みんな釣りが下手なんです」


「それなら一緒にどうだ? コツくらいなら教えるぞ」


 手招きする榮倉に菜月は困惑する。


「良いんですか? あまり民間人に近づくのは……」


「構わないさ。こっちは港を借りている身だし、恩返し程度に釣りのコツくらいならいくらでも伝授してやるさ。それで少しでも腹を膨れさせられるなら本望ってやつだ」


「大丈夫なんですかね……」


「気にすんな。一度良いって言ったんだ。早く来い」


 金髪の少女は目を輝かせながら榮倉の隣に歩み寄ってくる。


「спасибо(ありがとう)! あの……。私、アリサって言います。アリサ・シェフチェンコです」


「アリサか。俺は榮倉大和。隣の銀髪の子がアリシア、その隣が菜月、それでこっちの金髪の子が伊織だ」


「はい。わざわざありがとうございます! あの、榮倉さん……はどうしてここに? 日本人みたいですけど」


「ちょっと仕事で用があったんだ。今はその合間の休暇中。残りの三人も同じようなものだ。アリサはどうしてこんな港まで?」


「それが私のうちにいる子が海を見たいって言うから連れてきたんですけど港で待っていてと言われたっきりで……。あの子、少し危なっかしいから心配なんですけどあの子を待っていないといけないんですけどなかなか戻ってこないんですよ」


 話を聞いていた伊織は小さく微笑んで釣り用の椅子に腰掛ける。


「なんだかアリサちゃんはお姉さんみたいだね」


「え、ええ……。いちおう妹もいますし……。姉でではあるんです。あ、でも姉と言うには未熟です……。早く大人になって一人前になりたいんですけどね」


「焦っちゃダメだよ。焦れば焦るほど時間は無駄に過ぎていく。有効活用するためには時には休息も必要だからね。でも今はその海を見たがっていた子のお姉ちゃんであることは変わらないんじゃないかな。というかその子が妹じゃないんだよね?」


「妹は今学校です。その子は最近公園で会った子なんです。榮倉さんや伊織さんと同じで日本語を話していて日本人でした」


 その時まで伊織は最近この田舎町に越してきた日本人かと思った。

 日本人の海外進出は現代では別に珍しいことではない。

 父親が海外転勤するのであればそれに家族が付いてきても不思議ではない。他にも海外で育つ日本人も少なくない人数いる。ロシアの辺境の地でも例外はないが、伊織はその子の名前を聞いてその考えを改めることになる。


「確か名前は―――」





―――キイ





「え……。キイ……?」

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