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大和桜の舞う頃に  作者: 有佐アリス
第二章  ネイビー・シンボル
33/92

第二部 「ベーリングロスト」 8

  Ⅰ


 全速で逃げること30分後にアメリカ軍からの指示が入った。


『こっちまで連れてこい』


「正気かよ」


『そりゃアメリカの言うことだ! 正気で言っているんだろうよ』


 イージス艦の艦長の笹浦も動揺を露わにしている。

 時間的にも間もなくアメリカ艦隊が見えてくる頃だろう。アメリカが指定してきた合流ポイントも近い。

 榮倉たちの乗る駆逐艦の艦内も自然と緊迫した空気が張りつめていた。

 後方を移動している戦艦は確実にこちらの存在に気付いているはずだ。

 それでも攻撃してこないところが逆に警戒心を煽ってくる。


「こういった動きをされるとこちらもなかなか動きづらいな……」


『ああ。特に自衛隊は専守防衛が基本だからな。軍のお前らと違って動けない』


 駆逐艦『桜』が所属しているのは国際的に《戦人》を対象とした戦闘を行うために数か月前に設立した『連合海軍』だ。専守防衛と言う旗印を掲げている自衛隊とは役割も事情も大きく異なる。

 自衛隊がしり込みしている状況でも榮倉たちは先制攻撃を仕掛けることも許されている。

 だからと言って攻撃できるわけではない。

 判断をこまねいているときだった。


「敵戦艦砲塔旋回中!! こちらに向けています!!」


 冷たい汗が背筋を伝わるのを感じる。

 戦艦の砲撃は近くに着弾しただけでも沈没しかねない威力を持っている。20キロ以上離れているとはいえ同じ動きを続けていてはいずれ命中する。

 胸のペンダントを右手で握り締め焦る気持ちを静める。


「落ち着け! この距離だと着弾まで十秒もかかる! 動くのはそのあとでも遅くない!」


 本当は十秒しかないと言いたい。

 艦長の動揺は乗務員全員に感染症のように広がる。焦りは大敵だ。

 刹那。

 空気を裂くような爆音が遥か遠くから地響きのように聞こえた。音は敵戦艦の砲撃ではない。海を割る爆風と爆音は数回に分かれて響く。


「今の音は……」


 後ろから追ってきている戦艦の主砲は黒煙を上げていない。

 同時に砲撃音に奇妙な感覚を感じた。


「音が六回……?」


 爆音の数はそのくらいだった。


『よっしゃあ!! アメリカが来たぞ!』


 イージス艦だけでなく日本艦隊の全艦から活気のある声が上がる。

 轟音の方向を見ると水平線の上にアメリカ艦隊の姿が見えた。

 撃った砲弾は届いていなかったが放たれた主砲弾は到着を知らせる鐘としては十分すぎる役割を果たした。

 しかし榮倉は一人渋い顔をしていた。


「確か……。アイオワは三基九門のはず……」


 まさか、と思った。

 疑念が晴れるまで時間は必要なかった。


『アイオワ後方にもう一隻いる。同型の戦艦だよ。あれは……「ミズーリ」?』


 見張り台の伊織に言われてアメリカ艦隊をもう一度見ると彼女の言ったように二隻の戦艦が主砲から黒煙を上げてこちらに向かっていた。


「バカみたいにアメリカらしいサプライズだな」


 榮倉はため息と一緒に焦りも吐き出す。


「これで優勢火力は取れますね」


「いや、どうだろうな」


「え?」


「これは史実の話になるが日本の戦艦とアメリカの戦艦はまともに艦隊決戦をやったことがない。それにあの時のような時代を先読みした高性能レーダーもこちらにはない。蓋を開けるまでどっちに転ぶか分からない……」


『大和くんの言った通りだと思う。データ上ではアイオワ級の方が上だけど長門は水爆にも耐えうるような強さを持っていた。到着を知らせたことで私たちの危機は救われたけど代わりに奇襲攻撃のチャンスを失った』


「それじゃあ……」


「ああ……。さっきの砲撃は諸刃の剣だ」


 後方の戦艦は照準を日本艦隊からアメリカ艦隊に変更した。

 砲が止まるとほぼ同時にオレンジの閃光が瞬いた。びりびりと空気の振動が伝わる。腹の底まで響く轟音の後に黒煙を吐き出す。

 二隻が一斉に発射した砲弾はアメリカ艦隊の遥か手前に着弾した。


『ここからは我々が相手にする。デストロイヤー(駆逐艦)は沈みたくなければ下がれ』


 アメリカ軍の艦隊の司令官の声だった。


「頼みます! 日本全艦取り舵いっぱい!」


「了解! 榮倉くん。このあとはどうするつもりだ?」


「いつでも逃げられる態勢を整えながら両軍の結果を待つ。そこからは逃げるか計画通りに日本まで帰るかのどちらかですね」


「アメリカ軍は大丈夫なんでしょうか……」


 艦橋から見える艦隊を菜月が心配そうに眺めていた。

 直後にアメリカ軍の戦艦『アイオワ』と『ミズーリ』が同時に空気を震わせた。

 放物線を描いた砲弾は目標艦の数十メートル後方に着弾する。

 仕返しとばかりに長門、陸奥の砲撃音が響く。二隻の放った砲弾は『アイオワ』の艦首に一発、『ミズーリ』に一発命中し副砲を破壊した。

 戦艦『ミズーリ』の艦上では小規模な火災が発生していた。

 消火活動がとり急がれ、命中した場所が第二砲塔近くと言うことで火災沈下まで火力が下がることになる。仮に甲板で消火活動をしている際に攻撃すれば砲撃の爆風で甲板の人間は粉微塵に吹き飛んでしまう。

 彼らの支援をしたいのは山々だが火力を補うことができるほどの能力は榮倉たちの乗る駆逐艦にはない。主砲の射程だってアイオワ級の半分ほどしかない。仕掛けるには20キロ前後と言う距離は遠すぎる。

 アメリカ艦隊による第三射が行われた。

 同じく腹の底まで響いてくる轟音と共に16インチの一トンを超える砲弾が放たれる。弧を描いた砲弾は『長門』の甲板を叩くも貫通することなく弾かれる。後方の『陸奥』にはかすりもしなかった。



 たった三度の砲撃で敗走の覚悟をした。



 アメリカ軍は最高の軍隊だ。合衆国が完成してから数多くの戦争を勝ち抜いてきた。世界大戦では帝国海軍を完全に打ち負かし、その後のベトナム戦争、中東戦争と様々な国での抑止力となってきた。

 今の時代を支えてきたイージス艦を発明したのもアメリカ軍だ。最新鋭のイージス艦の登場によって戦艦と言う艦種はこの世から姿を消しさえした。

 アメリカ軍の兵隊は訓練され屈強で恐れを恐れとしない。厳しい訓練を終えた軍人たちであればどのような相手にも簡単に負けることはない。

 だがそれは訓練をしてきたからでありアメリカ軍の生産力があってこそであり元から最強ではなかった。

 状況は変わった。

 今のアメリカ、いや世界の持ちうる全戦力をもってしても《戦人》艦隊を沈めることは不可能だった。


 そんな相手を唯一迎撃できたのがアメリカ軍の持ってきた戦艦であり榮倉たちの乗る駆逐艦だ。榮倉たちも一度だけ戦闘を掻い潜り全員生き延びた実績はあるが今回は状況が大きく異なる。

 前回のような強襲戦ではなく真正面からの砲撃戦だ。

 周囲には島もなく開けた海しかない。これでは近づくこともままならない。

 裏を突いて雷撃で仕留めることすら不可能だ。

 何より問題なのが両艦隊の練度の差だ。つまり経験と連携力の差になる。

 再び放った砲弾を『アイオワ』と『ミズーリ』の甲板に命中させた二隻の《戦人》は熟練度と砲撃の効率が違いすぎた。


 命中した砲弾はほとんどがアイオワ級の重要な場所でありじわりじわりと火力を削られる。

 しかしアメリカ側もこのまま負けるわけにはいかなかった。

 両艦隊の戦艦がほぼ同時に主砲を轟かせる。

 放物線を描く双方合計31発の砲弾は数発かすめるようにすり抜け互いの甲板と上部構造を撃ち抜いた。レーダーの故障の影響か《戦人》の艦隊は足止めを食らっていた。


「やばいな……。運が悪ければレーダーがお陀仏かもしれんぞ」


 黒煙を上げる場所には砲塔の照準器や水上レーダーの重要施設があった。

 しかし条件は『長門』と『陸奥』も同じだ。

 アメリカ軍の意地で放たれた砲弾は艦橋の最上部に備えられた電探を砕き、甲板の機銃を粉微塵に吹き飛ばしていた。


「あの様子ではけが人が出ているんじゃないですか」


「ああ……。場所によっては死人も出ているかもしれない……」


 榮倉は眺めることしかできないことを悔やみ、歯噛みする。

 アメリカ、日本の両艦隊は敗走の色が濃くなっていた。

 戦艦の後ろには護衛のイージス艦はいるがそちらは何の役にも立たない。いるのは別の勢力からの邪魔を阻止するためだけだ。

 その時、そのイージス艦から発光信号が日本艦隊に送られた。


『これより敗走する。全速でロシアまで退避』


 そうなるだろうとは分かっていた。

 これ以上の交戦は不可能だ。

 逃げるのであれば船体を損傷して足止めを食らっている今しかない。


「了解! 発煙装置を準備しろ! これより敗走する!」

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