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大和桜の舞う頃に  作者: 有佐アリス
第二章  ネイビー・シンボル
32/92

第二部 「ベーリングロスト」 7

   *



《北太平洋 パラムシル島沖合》


 11月24日

 出港日から6日が過ぎた。

 緊急での出港だったため榮倉たちは帰宅後、準備で慌ただしかった。着替えの準備から駆逐艦に納品した物資の確認と資料の認証など大量の仕事と準備に追われた。海江田が手伝ってくれたこともあって普段の数倍は手際よく終わったが初日は乗務員のほとんどが寝ていない状況だった。

 栄松島に残ったのは榮倉の妹の結だけだ。

 ひとりにするのは兄としても家族としても心配だった。

 戦場に向かう軍人の気持ちはこういったものなのだろうと実感する。

 ひとたび戦闘になれば生きて帰られる保証はどこにもない。矛盾した言い回しだが生きたければ死ぬ気で生きなければならない。

 その覚悟は乗り込んだ菜月、伊織、アリシアを含めた全乗務員にあった。


 最初こそ慌ただしかった今回の航海も次第に落ち着きを取り戻していた。

 駆逐艦『桜』は横須賀港で自衛隊所属の潜水艦伊400を含めたイージス艦『みょうこう』など四隻と合流したのちにベーリング海ではアメリカの戦艦と合流予定だ。

 現状の戦力は駆逐艦一隻と言っても過言ではないので戦艦の力添えは大きいものになる。だが、問題はあった。


 同じ艦種である戦艦が同じくベーリング海に向けてミッドウェー沖から北上を始めたということだ。今は足の速さを利用した移動で先に到着できそうだが何らかの形で妨害が入れば状況は変わる。駆逐艦と言う艦種はスマートな船体に小さな兵装を乗せ操縦性と機動力に優れた船だ。サッカーで例えるのならば最後方にいるディフェンダーのような立ち位置だ。目立たないが戦時下では必要不可欠になる。


 反して戦艦はフォワードのような役割で巨大な火砲と何物もを寄せ付けない巨大な鋼の島と言ってもいい。砲弾の一発や二発で沈むようなやわな船ではない。海軍の華のようなものになる。

 改めて現状の悪さを実感しながらテーブルに向かう。


「菜月。最後に戦艦が確認された場所は」


 艦橋にいた榮倉と菜月、海江田は歯舞群島を中心にした地図を広げていた。

 菜月は持っているタブレットと見比べながら一か所を指差す。


「四時間前にこの位置ですね。ただ今日の太平洋は気候が安定していないので半日くらいはそのあとの動きが負えないみたいですね」


「イージス艦のレーダーでも索敵範囲外。そもそもレーダーに映らないことの方が多いからな」


 イージス艦は四〇〇キロ先の海に浮かんでいる野球ボールすら感知すると言われているくらいだが対戦人には無意味と言わざるを得なかった。


「やはりステルス装甲なのでしょうかね」


「どうだろう。そんな単純だったらいいんだがな……」


 世界で《戦人》を敵に回している国の科学者は隠ぺい性の高い未発見の鉄だと見解を示しているが『連合海軍』の全員が見解に対しては懐疑的だった。理由はいくつかあるが現在榮倉たちの乗っている駆逐艦は《戦人》を確実に視認できるという点だ。ファンタジーじみた予想だとは思うがこの場の誰もが《戦人》とのつながりが重要だと感じていた。

 そう、見張り台にいる亜麻色の髪をした少女のような存在とのつながりだ。

 しかし今は《戦人》の正体よりも状況を好転させることを優先しなくてはならない。


「まあいいとして。榮倉くん。二時間にはアメリカ軍と合流できる。それまでにいくつか緊急事態用に作戦案を提示してもいいかい」


 海江田は封筒の中から複数のコピー用紙を取り出し二人に渡す。

 資料にはベーリング海周辺の海図と気候の変動と天気の予想など航海の上で必要な情報がびっしりと書かれておりそれを考慮したうえでの逃走ルートや緊急時の入港場所などが載っていた。


「さすがにアメリカに入るのは難しいですね。アラスカは近いですけどすぐに入港できるほど余裕はなさそうです。だからと言ってホノルルやロサンゼルスに戻るだけの燃料もない」


「そうなるとやはりロシアかな」


「でもロシアはあまりアメリカと仲が良くないんじゃ」


「そうでもないぞ。協力し合うときは協力しているし何より仲の悪さは昔の印象も少なくないからな。ただ入港は出来ても即時支援は期待できない」


「入れる港が田舎しかないんですよね」


「そうなるな」


 あと。と榮倉は付け足す。

 資料とは別にネットニュースを海江田と菜月に見せる。


「これって一週間くらい前の氷山が一つ崩れたというニュースですよね? 温暖化が影響だって聞きましたけど」


「それもあるだろうけどその近くには大型タンカークラスの船痕が二本残っていた」


「それって……」


「付け加えると周辺には爆撃されたように穴があって船痕の一部は氷を激しく破壊していた」


 息をのむ菜月の代わりにちょうど艦橋に上がってきた伊織が答えた。


「戦艦クラスの砲撃だね。ネットニュースじゃ詳しくは載っていないけど海を穿つほどの爆風だとすると主砲は四十センチ越えじゃないかな」


「ああ。運が悪いと北と南の戦艦に挟まれることになる」


「そうなればみんな仲良くサメのエサだね」


 吐き捨てるような告げ、伊織は苦虫を噛みつぶしたような顔をした。


「それだけは絶対にごめんだからね」


 区切るように息を吐いた。


「それより桜は上にいるの?」


「ああ。そっちの方がよく見えるからって」


「分かった。私は上に行くから作戦の方は大和くんに任せるよ」


 榮倉が頷くと艦橋から出た。数秒後に艦橋に備えられた梯子を上る足音が聞こえてくる。

 タブレットを操作していた菜月が一つの資料ページを榮倉に見せた。


「あの。四十センチ以上の主砲口径を持っている戦艦ならいくつか資料を見つけました」


 タブレットの画面には超弩級戦艦と言われ称されたミリタリー好きには知らないものはいない軍艦の名前がずらりと並んでいた。

 現在、再就役に向けてノーフォークの海軍基地で工事を進めている三隻の戦艦の名前も示されていた。艦名を見た海江田は感嘆の声を上げる。


「ミズーリにニュージャージー、ウィスコンシン。どれも私が若いころに憧れた戦艦ばかりだよ」


 榮倉と同じ名を冠した戦艦『大和』も名前に含まれている。

 ただ大和型戦艦に関しては確認がされていないのでそちらの心配は必要ないだろう。

 重要なのは挟撃をされないということだ。イージス艦は400キロの索敵範囲を持っているが《戦人》の戦艦はそのレーダーに映らないことが間々ある。榮倉たちの乗っている駆逐艦はそのようなことはないが索敵範囲はせいぜい30キロ前後だ。反応を見つけたとしても目視しなくてはならない上に30キロとなると逃げ切るのは骨になる。


「最悪の場合はやはりロシアに入港するしかないですね」


「そうだな。戦う以上は計画通りに行くことの方が珍しい。駆逐艦『桜』も自衛隊もこれまで散々アドリブの訓練をしてきたはずだし、悩んだところで時間の無駄なのかもしれないな」


 気を引き締めて榮倉は祈るように胸に下げられたペンダントを握る。

 誰かから力を分け与えてもらうようにジッと黙り込んだ。

 数刻の沈黙が流れていると天井の脱出扉から桜が亜麻色の髪を翻しながら飛び降りてきた。運動神経が良い桜は一度作戦テーブルに着地するとステップを踏むように床まで後ろ向きに飛ぶ。

 桜が非常扉から降りてくるのは何かがあったときだけだ。

 桜が非常扉を開けたことは自動的に艦内の全員に伝わる。

 艦橋だけでなく全乗務員32人は焦燥感を覚えた。


「かんちょう。みぎげんこうほう」


「分かった!」


 艦橋にいた全員が言われた方向を見ると迫ってくる霧の中に巨大な影を見つけた。

 全長が目測でも200メートル以上はある。言われるまでもなく戦艦クラスだと分かる。


「全乗務員! 戦闘配備!」


「了解! 榮倉くん私は下に降りる。後は頼んだよ!」


 こくりと頷く。


「菜月。すぐに自衛隊に連絡だ」


「はい!」


 菜月は緊張の色を隠せないままガチガチになっていた。

 通信機器を操作してすぐに前方を航行している自衛隊のイージス艦に連絡を入れるとすぐに通信回線を開いた。


『海上自衛隊イージス艦『みょうこう』艦長の笹浦。状況を詳しく教えてくれ! こっちのレーダーには何もないぞ!』


「右舷五時方向です。このままじゃ追いつかれかねません。アイオワの支援が来るまで時間を稼ぎます!」


『了解だ! こちらからも確認できた! あんたらが望みの綱だからな!』


 イージス艦では《戦人》の相手はできない。それはこの五か月間で証明されている。

 榮倉は焦りと緊張を押しとどめながら状況を把握しようと周囲を確認する。

 後方で発見された戦艦はいまだに霧の中から姿を見せようとはしていなかった。榮倉たちの艦隊を発見できていないのかまたは逃がしているのかは分からないがこの機に乗じるほかない。


「全艦全速前進! 歩調を合わせて合流地点に向かう!」


 イージス艦と補給艦から了解、という声が聞こえ前方でゆっくりと潜航していた潜水艦が浮上する。


『やっと海の上まで上がれたわ。この私をあなたは窒息させるつもりなのかしら』


 潜水艦伊四〇〇、シオリは毒づいた。

 かれこれ半日近くは潜航させていたため艦内の酸素はかなり減っていただろう。


「悪いな。さっそくで悪いが後ろの戦艦の艦名が分かるか?」


『後ろ?』


 スピーカーからは潜水艦のハッチを開く音が聞こえる。


『うわあ……。ありゃ「長門」じゃないの……。しかも「陸奥」までいるみたいよ』


「もう一隻いたのかよ……。伊織。分かるか?」


 見張り台にいる伊織が脱出扉から顔を出す。


「長門型戦艦。主砲は41センチ。昔の日本海軍の誇りだよ」


 単純かつ分かりやすい説明だった。

 戦闘は不可能。

 そういう結論に至るしかなかった。


「どうするの? 正直私たちでは勝てる見込みはないけど足の速さならこっちが上だから逃げることは可能だけどいつまでこの状況が持つかは別問題」


 後方の『長門』と『陸奥』との距離は約20キロ後半だ。

 有効な攻撃の射程外ではあるが脅威になりうる距離だ。


「相手が一隻なら手の打ちようはあるんだがな……」


 アイオワがアメリカの大型戦艦の一つだとしてもさすがに二対一は分が悪い。一対一なら火力や装甲、速力と言った総合力ですべてを上回っているが優勢な火力数を持つ二隻の戦艦に敵うとは思えない。

 自衛隊から状況はアメリカ側には伝えられているので今は逃げながらアメリカ軍の判断を待つしかない。


「とりあえず逃げながらアメリカの動きを待つぞ」


「まあそれが妥当だよね。じゃあ私は上に戻るから任せたよ」


 榮倉は頷きその時を待った。

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