第二部 「ベーリングロスト」 6
《宮崎県日南市 県立高校》
11月18日
普段の暦通りなら土曜日で学校は休みの日だが今日の菜月たちの通う高校は普段よりも数倍も人がいて活気があった。質素な校門は色とりどりなテープで艶やかに飾られ、校門をまたぐアーチには
「ようこそ文化祭へ」という文字が書かれていた。
校門をくぐり駐車場になっている場所には所狭し各部やクラスの模擬店が連なっていた。
「ずいぶんとここの高校は凝っているんだな」
お客さんとして参加することになった榮倉とアリシアと結、桜の四人は盛り上がっている会場を目移りしながら校舎内のピロティに歩いていく。
「兄さんの高校はこんな風じゃなかったの?」
「変わらないと言えば変わらないけどここまで大規模じゃなかったな。進学校だったし文化祭も体育祭も九月のほぼ同じ時期にやっていたからな。三年の頃は大変だった。これから受験勉強も本格的に始めないといけないのに全員で劇の練習とかやらされたよ」
当時を思い出してため息をつく。
「榮倉さんは嫌だったのですか?」
「嫌じゃなかったな。あの頃は楽しかったから」
「兄さん……。その頃、楽しんでいたんだ……。よかった」
ぼそっと結は俯きながらつぶやく。
「それで、これからどうするんだっけ?」
「菜月さんの話だと十時から講堂で劇をするみたいです。席が少ないから早めに座っておいた方が良いと言っていたのでそろそろ移動しておきましょう」
「アリス。それは良いとしてさっきまで後ろにいた桜ちゃんがいないんだけど」
「え?」
アリシアは目を丸くして三人の周囲に目を向けるがどこにも亜麻色の髪の少女はいない。
近くの模擬店に目を向けるも小学生がケースに張り付いているくらいしか見つけられなかった。髪が亜麻色をしているのですぐに見つかりやすいと思ったが目につくところにはどこにもいない。
「まさかの到着早々で迷子かよ」
結は大きく息を吐く。
「アリス。アリスは私と一緒に模擬店の人に聞いて回って。兄さんは校舎内を探してきてくれない?」
「任せろ」
「まったく……。到着早々迷子だなんて……」
まったく何しているのよ、あの子は。とでも言いたげにしている結に榮倉(兄)は。
「そういやお前もすぐ迷子になっていたよな」
「ふぃあっ!?」
耳まで赤くして奇声をあげる。
「兄さん!」
「じゃあ俺は校舎見てくるからいたら携帯な」
榮倉は妹を放置して校舎の中に入っていく。
玄関で靴を脱ぐと来客用のスリッパを履いて校内を歩くがどこも出し物をやっていて人がたくさんいた。クラスの札を見るとほとんどが二年生になっていた。この階は二年生が中心のようだ。
せっかくなので二年の伊織の様子を見てこようと近くを歩いていた男子生徒に声を掛ける。
「伊桜伊織さんのクラスって分かる?」
男子生徒は少し考える。
「ああ。伊桜さんなら三組ですよ。確か三組は喫茶店だったような」
「そうか。ありがとう助かったよ」
「気にしないでください」
男子生徒と別れ教えてもらった三組の教室の前まで歩く。
注意深く桜の姿も探すが亜麻色の髪をした少女はどこにもいない。
きょろきょろしているとこちらを見ている女子生徒がいることに気付いた。別に知っている顔ではないが榮倉のことを凝視しているように思えた。
まるであの人有名人だよね? えー違うでしょ。とでも会話しているように見える。
女子生徒の会話の後ろの方で金髪の生徒が見えた。
すぐに伊織だとわかったが荷物を両手に持っていて忙しそうにしていたので声を掛けずに気づいていないふりをしておいた。
桜の姿も見えないので階を変えようと階段を降り始めた時、ポケットに入れていた携帯が震えた。
携帯を開くと一件の新着メールが来ている。
その内容を見て榮倉は言葉に詰まった。
「っ!?」
すぐにさっきまでいた伊織に声を掛けようとしたがすでにどこかに行ってしまった後のようだった。
榮倉は焦る気持ちを抑え込むように深呼吸をしする。
「焦るな。ただ明日出港になっただけだ。今すぐ伝えて楽しみを奪わせるのは優しくないだろ」
メールを閉じすぐに電話をした。
通話の相手は栄松島で準備をしている海江田のところだ。
短いやり取りですぐに状況を報告した。あちら側にもすでに連絡が入っているようで海江田たちは燃料と弾薬の補充を急ピッチで始めたとのことだ。これから徹夜で準備して出撃準備が完了するのは明日のお昼頃だ。
当初の予定の12月頭から二週間も早い出港になった。
菜月たちには文化祭終了後に伝えることを決めてから榮倉は通話を切った。
直後に妹の結からの電話が入り桜を見つけたということを知った。
菜月たちは出港が明日になったことを知ったのはこの9時間後だった。




