第二部 「ベーリングロスト」 4
Ⅲ
《宮崎県日南市 栄松島》
11月17日
榮倉大和は休暇の朝を銀髪のロリっ子に起こされて迎えた。
「おはようございます榮倉さん」
「ああ……。ところで結はどうした?」
いつもは結が起こしに来るが珍しく今日はアリシアが起こしに来た。
カーテンの隙間から漏れる朝日に照らされている銀髪は透き通るくらいに白く雪のような白い肌が眩しい。見た目はまだ小学生くらいに見えるがれっきとした中学生だ。妹と同い年の二人は一緒の部屋で寝ている。
時計を見ると8時を回っていた。
「結はベッドに寝かしました」
「寝かしたって学校はどうしたんだ?」
それを聞いてから察した。
「風邪を引いたみたいです」
「今年もか。それでアリシアは結の看病か」
「はい。榮倉さんでは心配なので」
「そうか。助かるよ」
小さく笑って言うとアリシアは少し顔を俯かせてこくりと頷く。
「いえ……。私のためにやっているだけなので……」
「ありがとな。それで朝飯は菜月たちが作っていったのか?」
はい、というとアリシアはカーテンを開ける。
朝日が部屋の中に入ってきて眩しく感じる。
「先に降りて準備してきますから結の方を見てきてください」
「そうだな」
アリシアはカーテンを留めると先に部屋から出てリビングに入っていった。
残った榮倉は寝巻を着替えると階段を下りて洗面台に向かって顔を洗いに行く。さすがに冬の水道水は冷たい。おかげですっかり目も覚めもう一度階段を上って「結とアリスの部屋」という札のかかったドアをノックする。
はいっていいよー、という弱々しい声が聞こえる。
ドアを開けると熱さましのシートをおでこに張った妹が寝ていた。
「具合はどうだ?」
「んー……。よくないかな。喉がイガイガするし動きたくない……」
榮倉はベッドの横にある勉強机の椅子に腰かける。
机には昨晩やった学校の宿題がまとめられていた。ガサツな字を書く榮倉と違って結の字は丁寧で読みやすい上に非常に整理されている。同じ血のつながった妹なのにここまで違いが出るのかと思い、宿題から目を離す。
「今日は黙って寝とくんだぞ。今年は俺だってコンビニ弁当で済ませるわけじゃないんだからな」
「分かっているって。それより兄さん。あんまり一緒にいると風邪がうつっちゃうよ」
「心配するな。自慢じゃないが小学校以来、俺は一度も風邪なんて引いたことないんだ。インフルとも長年無縁な俺にたかが風邪を妹にうつされないって」
「悪かったね。そのたかが風邪にかかっちゃって」
「いやそういう意味じゃないんだがな……」
あたふたしている榮倉を見て結は小さく微笑む。
「冗談だよ。それよりアリスが朝ごはん準備しているんでしょ? 待たせたら悪いよ」
「そうだった。じゃあ飯食ってくるから。何かあったらメールでも何でもするんだぞ」
「分かっているよ。このシスコン」
「……。」
苦笑いしながら部屋から出ようと扉を開ける。
「兄さん……」
「どうした? 何か持ってきてほしいのか?」
「ううん。違うの。えっと……。その、ありがとね」
「ああ」
榮倉は気分を良くして結の部屋から出た。
階段を降りてリビングに入るとアリシアが台所で鼻歌交じりに料理をしていた。歌っているのは榮倉もよく知るサッカーチームの勝利のチャントだ。昨夜は快勝劇を一緒に見ていたので気分がいいのだろう。
榮倉は何かを焼いている音をBGMにして兼用のパソコンの横に置かれたタブレット端末を手に取り、テレビのニュースを点ける。
すると大々的にイギリスのドーバー海峡でのニュースが取り上げられていた。
『日本時間の明朝五時ごろにドイツ戦艦の戦人「ビスマルク」がドーバー海峡への侵入を画策しました。なお、現在ドーバー海峡には同じくドイツ戦艦である「シャルンホルスト」が停泊しているとの情報が入っており「ビスマルク」は「シャルンホルスト」との合流を狙っているのではないかと予想されます』
昨夜のサッカーの試合が行われている時間だ。大体後半の終了間際くらいの時間帯だ。
榮倉はそのニュースをタブレットのサイトでも確認する。
ネットでは北海にいる『ビスマルク』がイギリスを牽制することで『シャルンホルスト』を援護したのではないか、または他の艦隊への合図ではないか、仲間内での抗争ではないか、など多種多彩の憶測が飛び交っているようだ。
ニュースサイトでは関連ニュースで『戦人』について詳しく記載されていた。
トップ画像には遠目に撮られた日本戦艦『日向』が映っており、二枚目には解像度は高くないが和服を着た少女らしき乗務員が一人映っていた。
戦人とは戦をするために生まれてきたと予想される新しい人種であると予想され、英語表記では「War human」など様々な表現がされている』という文頭から詳しく『戦人』について記載されている。
文の構成や表現から明らかに記事の筆者は『戦人』という人種を蔑視しているようだ。
混乱とまではいっていないが『戦人』の登場は世界のパワーバランスを崩した。
その影響は少なくない。
急激に景気が悪くなった地域もあったと聞く。中でも株の下落は日本もかなりの影響を受けた。現在は安定しているが二カ月ほどはかなり損をした人も多かっただろう。
遠回りに影響を受けたものだけでなく『戦人』の乗る軍艦に攻撃され亡くなったという直接的な影響を受けた者もいる。アメリカではすでに5000人近い殉職者が出た。日本も自衛隊史上初の戦死者を含め500人余りの命が海に散った。
一部地域や基地の前では常に『戦人』を蔑視する声が上がっている。
その『戦人』は身近にも二人いる。
タブレットで情報収集を終えるとソファの上で寝ている和服を着た黒髪の少女を見る。
「シオリ。もう8時回っているんだ。そこにいると邪魔だから起きろ」
「う……ん? やだわ……。あと5分」
5カ月前には一戦交えた潜水艦の少女はうつろな目で虚空を眺めていた。
「それより桜はどうした?」
普段はシオリの寝ているソファの反対側のソファで寝ているが今日はいなかった。
「桜は榮倉さんが降りてくる前にお風呂に行きましたよ」
そうか、と言って榮倉はコーヒーを飲む。
「榮倉さん。今週末は菜月さんの文化祭なのでしっかりと参加してあげてください」
「それって今週だったっけ?」
「先週の土曜日にも言いましたけど忘れないでください」
「そうだったか? 大丈夫。来週から演習があるから週末まで休みだしどこかに行く用事もないからな。それより今回はアリシアも同行するって聞いたけど良いのか? 危険なのは分かっていると思うけど」
アリシアはコンロの火を消してフライパンの蓋を開けると皿に焼いていたベーコンと目玉焼きを盛る。水でさらしたミニトマトを乗せ、炊飯器からご飯をよそうと榮倉の前に置く。まるで通い妻のようにエプロンを脱いでいつもの自分の椅子に座る。
「そのようなことは今さらですよ。気持ちは分かりますけど私も決めたことは曲げたくないのです」
「アリシアはそういう人間だった。分かっていたことだな」
肩を透かしながら榮倉は並べられた朝食を食べる。
Ⅳ
《宮崎県日南市 栄松島》
アリシアの監視の目が合ったことがあり軍艦が格納されている倉庫に行くことができず榮倉は久しぶりに休暇を自宅で過ごすことになった。西日が強くなり次第に部屋の中にオレンジの光が差し込みだしたころに玄関が開く音が聞こえた。
リビングにいた榮倉とアリシアは夕方の報道番組を見ながら狩りゲームに勤しんでいた。
「最近は風が冷たくなりましたね」
玄関から二人の少女の声が漏れてくる。
「もうすぐ秋も終わっちゃうからねえ。季節の移ろいは早いよ」
「伊織さんおばあちゃんみたいです」
のらりくらりと女子トークを繰り広げる二人は玄関で上着を脱ぐとリビングに入ってきた。
「「ただいま」」
「おかえり」
「お帰りなさい」
他愛のない挨拶だったが何もなく一日を終えられたという何よりの証だった。
「大和くん。モンハンどこまで行った? 今日はアリスちゃんに手伝ってもらったんでしょ? 早く上級行こうよ」
「行きたいんだけど逆鱗が出なくて飛竜狩りばっかりなんだよ」
「じゃあ後で手伝うから今日中に上級だよ!」
伊織は兼用パソコンの横にある棚から自分の携帯ゲームを取り出す。
「あ、伊織さん。先に着替えてからゲームしてください。それにあまり騒がないでくださいよ。結さんが上にいるんですから」
冷蔵庫からオレンジジュースのペットボトルを取り出す。
コップを食器棚から出してジュースを注いで一気に飲む。
「分かっているって。あとで着替えるからー」
「そういって前はそのままソファで寝たんじゃないですか」
「そうだっけ? ところで桜ちゃんは? シオリちゃんは帰ったみたいだけど」
いつもは榮倉と倉庫に向かっているため菜月たちの帰宅時間と合わない。
ただ自宅にいるときはよくソファの上でテレビを見ているが今日は見当たらない。
「桜なら菜月のベッドで昼寝中だ」
「もう5時だけど? ちょっと起こしてくるからそれまでにクエストの準備しておいてね」
「あいよ」
ゲーム機をテーブルに置いて伊織は階段を上がる。
キッチンにいた菜月はコップを流しに置いてペットボトルを冷蔵庫に直す。
「それじゃあ私は結さんの様子を見てきますね」
そう言って菜月もリビングを後にする。
残った榮倉とアリシアはもう一度プレー中のゲームに目を移した。
ターゲットの飛竜が力尽きたころに二階に上がった2人と呼ばれた2人の合計4人がリビングに戻ってきた。
結のおでこにはまだ熱さましのシートが貼ってあるが朝に比べると元気そうに見える。桜の方は伊織に髪を梳いてもらいながらソファでくつろぐ。
榮倉はキッチンに向かおうとした菜月を呼び止める
「菜月」
「どうかしましたか?」
「来月の予定が決まったから晩飯の後で話すから」
「ようやくですか。今月はやけに遅れましたね。先月は最初の週末には決まっていたんですけど」
「アメリカとの共同作戦だからな。多少は時間がかかるんだろ。それにこっちの船も想像以上に直るまでに時間がかかったし」
「すぐに修理するのは難しかったみたいですから。ほとんどの設計技術が社内でロストしていてケーブル設計を一から組み立てなくちゃいけなかったですし……。父はどうやってあの船を作ったのかますます奇妙になりました……」
「それでもあの艦隊に対抗できるのは今『桜』しかいないんだ。細かいところを気にしている余裕はなさそうだな。まあ」
付け足すように言う。
「一隻、俺たちにも戦艦の味方が欲しいな」
二人の会話を聞いていた伊織が冗談交じりに言う。
「大和型とか良いよねー」
艦隊決戦の切り札の名を知らないものはいない。
まだ《戦人》の姿は確認されていないがいずれ現れるであろう強靭な相手になるであろうことは予想できる。
南郷重工造船所所属の駆逐艦『桜』の乗務員の榮倉大和、高谷菜月、伊桜伊織、アリシア・ヴィエラ・クレアの4人はそんな希望を日本の地で思い浮かべていた。




