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大和桜の舞う頃に  作者: 有佐アリス
第一章  冬の桜
27/92

第二部 「ベーリングロスト」 2

    *



《宮崎県日南市 栄松島》



 11月16日

 九州にある宮崎県の南部に一つの港が新しく開いていた。

 日南市の栄松地方にある孤島の大島をつなぐフロートでできた人工島は2キロもの距離を陸続きにしていた。強風や荒波にも耐えられるようにするためにあえて島を固定していない。言えば一つの船のようになっている島だ。そんな9平方キロメートルの島には一つの造船会社が建っていた。

 南郷重工造船所。

 名前の通り造船会社だが同時に島の管理やこの島のもう一つの顔の主要会社の一つとしても役目を担っている。

 そんな南郷重工造船所のある島の一角に一件の住宅が建っていた。

 他の一軒家より少し大きいくらいで特に何の変哲のない民家だ。

 木枯らしの吹く港で一人の少女の悲痛な嘆きが響いていた。


「絶対に、いーやーでーすぅ!!」


 背中の肩甲骨くらいまである黒髪をした少女はソファの上でもう一人の少女から逃げているところだった。

 日本人形のようにまっすぐでさらっとした髪をなびかせながら部屋中をドタドタと走り回る。


「ちょっと菜月ちゃん逃げないでよー」


「逃げますぅ! そんなふりふりのメイド服なんて着られません!」


「でも文化祭で必要なんでしょ?」


「伊織さん! それでもそれは無理です!」


 伊織と呼ばれた金髪の少女の手には秋葉原のメイド喫茶で着用されているような日本文化風のメイド服だった。


「まあまあ。とりあえず落ち着き給えよ菜月ちゃん」


「むぅ……」


 リスのように頬を膨らませながらリビングのテレビの前で停止する。


「冷静に考えよう。菜月ちゃんは文化祭で模擬店をやる。そのためには模擬店用の衣装を作らないといけない」


「そうですけど……?」


「だから手伝ったんだけどなー」


「いやいや意味わからないです!」


 鬼のように怒る菜月を華麗に受けながらしながら伊織は甘えてくるネコのように笑いながら。


「な・つ・き……お姉ちゃん。着て」


「おねぇっ!!」


 ぶわっと顔を真っ赤に染め上げる。

 あまりの唐突な言葉に息を詰まらせせき込みながら菜月は反論する。


「私の方が妹です! 伊織さんは年上なんですぅ!」


「じゃあ後でアリスちゃんにも頼んでもらおっかー。お姉ちゃんが着てくれるとアリスちゃんも嬉しいだろうなー。妹に頼まれて無下にするお姉ちゃんはいないだろうなー」


「ぬぬぬぬ……。でも……。それは」


 伊織の手に握られたふりふりのメイド服を着ている姿を自分で想像する。


「む、無理……」


「はあ……。分かったよ。それならもう一個難易度低めのも作ったから。そっちで良いよね」


「それがあるなら最初からそっちを見せてくださいよ」


 菜月が承諾するとニィと小悪魔のような笑みを見せた。


「あれ……? なんか怖いです」


 暖房はよく効いているはずなのに身震いするような寒気がする。

 伊織は紙袋をごそごそすると黒いビニールに入れられた服を出して菜月をソファの前に移動させる。


「はい、じゃあ菜月ちゃんばんざーいして」


「ば、ばんざーい」


 言われたとおりに両手をあげると伊織はソファの乗り菜月の着ていたセーターの裾を掴んで。

 シュバビ!


「菜月、ばっつびょー!」


「ひっ」


 上着をひん剥かれた。

 セーターの下は下着だけだ。暖房の効いている部屋でも少し寒いくらいだ。


「な、何しているんですか!」


「何って着替えだけど?」


「そ、それなら自分でできますよ」


「気にしたら負けだよん」


 そう言って黒いビニールの中身を取り出す。

 ビニールから出てきたのは想像よりも布地の量が少ない。

 伊織が広げてそこで菜月はもう一度、絶望した。


「それ! ただのスク水じゃないですか!」


「違うよ。これはただのスク水じゃなくてアリスちゃんのスク水だよ」


「はい?」


 伊織は胸のあたりにマッキーペンで書かれた「Alicia」の字を見せてくる。

 もうこの時点で突っ込む気力も失せた。


「すいません……。もうあたしは寝ます……」




    Ⅰ




 同じ時刻。

 栄松島にある倉庫のような建物の中では一人の男が約100メートル前後の船の点検を行っていた。倉庫に見える建物には直接海水が流れ込んでおり一つの入渠ドックとしての役割を担っている。


「桜。どうだ? 前の主砲は動くようになったか?」


 甲板の上から180センチ弱ある身長の男、榮倉大和は艦橋のさらに上に備えられた見張り台にいる桜と呼ばれた亜麻色の髪をした中学生くらいの少女に声をかけていた。

 榮倉が聴くと前方に備えられた直径10センチの主砲が旋回する。ゆっくりとした速度で一周回ると逆回転にさらに回り最後に砲の角度が変化する。


「もうだいじょうぶ」


「そうか。じゃあ最終確認だ。準備はいいか?」


 桜は頷く。

 榮倉は艦橋と呼ばれる映画などで艦長がいる当のような場所に上がると窓を開ける。


「よし、敵機! 右舷3時方向! 仰角30度!」


 桜はその指示を聞くと艦全体の主砲が榮倉の指示した角度と方向を向いて停止する。指示から砲が固定されるまで十秒もかからなかった。


「次! 敵艦! 左舷前方11時方向! 距離7000! 速度20ノット!」


 前方の主砲が指示した方向よりわずかに右に照準される。


「しゅほう、じゅんびかんりょう」


「悪くないな」


 7000メートルも離れれば進行方向を予測して攻撃する偏差射撃が必要だ。

 それを理解しての桜の照準だった。


「でも、すこしおそい」


「まあな。もう少し高速化できれば隙も小さくなる。そこは来週の演習で試していけばいいし今日のところはラグを消すことが目的だったんだ。このくらいにしておくか」


「かんちょうにしたがう」


 桜は小さく微笑んで頷く。

 榮倉と桜はそれぞれ艦橋と見張り台から降りると橋を渡って退艦する。近くにある扉のそばのスイッチを押すと倉庫内の電気が完全に落ち暗闇になる。わずかに建物の隙間から漏れた外の光があるが倉庫内を見渡せるだけの光ではない。

 榮倉と桜は扉を開いて倉庫の外に出た。


「寒いなー」


 冷たい冬の風が容赦なく吹きすさんでいた。

 ネックウォーマーに顔を埋めながら歩いていると別の通りから見知った顔を見つけた。


「あら。こんな時間まで二人っきりで何をしていたのかしら?」


「シオリか。お前なら分かるだろ」


「くんれんです」


 一瞬の動揺もなく答える二人に巫女服を魔改造したような服を着たシオリはため息をつく。


「ああ……。あなたたちにこの話をしてもこうだったわね……。まあいいわ。それで、調子はどうなの?」


「もうラグはなくなったし、あとは訓練で詰められるところを詰めてからあとは整備班と見張り員の訓練が終わればそれなりに良い船になるんじゃないか? とはえい十二月の作戦には間に合いそうだし何とか一安心だな」


「そう、意外と時間かかったわね」


「フィリピンではけっこう負担かけたからな」


「仕事熱心なのは感心するけどさ。たまには休暇でも取ったほうがいいわよ。あなたには家族もいるんだから」


「ちゃんと休暇は取っているぞ」


 シオリはうなだれる。


「あのねえ……。休暇って普通は仕事のことを忘れて休むことよ。休暇中に倉庫に来て整備しているのは休暇じゃなくてただのサービス出勤もいいとこだわ」


「さーびすしゅっきん?」


「無償で仕事すること。ボランティアより酷いわ。それと桜もこの人が無理しないようにちゃんと見ていてほしいわ」


「かんちょうはゆうしゅうだからだいじょうぶ」


 シオリは呆れたと首を横に振る。

 今さら誰かに言われて治るくらいならとっくに治っているはずだ。


「これからどうするの?」


「今日は帰るだけだ。来月は出港だし今のうちに体を休めておかないと大変だからな。シオリも明日から広島だろ?」


「広島は明後日よ。明日まで整備。といっても私一人でやらないといけないから面倒なんだけどね」


「それなら手伝うが……」


「あなたは明日休暇でしょ!」


 眉間にしわを寄せながら叫ぶ。

 これ以上仕事の話をするのはやめておこうと思った。

 榮倉はシオリのことは気にも留めずに駐輪場に停めてあった自動二輪に鍵を差し込む。


「それより今日、晩御飯食べに行くわ。あなたの妹には連絡してあるから心配しなくていいわよ」


「またかよ。昨日も一昨日も来ただろ」


「だからバイクの後ろ乗るわよ」


「待て。それじゃあ桜の乗る場所がないだろ」


「だめ。ここはわたしのせき」


 ここは譲らんとばかりに座席の後ろに座る。


「じゃああなたがあたしを抱っこして」


「お前は小学生か。重くて無理」


「重くないわよ! それなら桜が抱っこしてもらえばいいじゃない。この子なら軽いしちっちゃいから持ち運びも楽でしょ?」


「シオリ。そもそも三人乗りは違反ってことを分かっているのか?」


「ここ公道じゃないし」


「だっこして」


 座席に座っていた桜が抱っこを求める子供のように両手を差し伸べる。

 つぶらな瞳で見つめてきて断ると泣き出しそうな印象だ。

 こいつ、あざとい。とため息を吐きながら榮倉は桜を抱っこする。子供と比べて重かったが同居人のアリシアと同じくらいだった。桜たちの体重はまだ重量挙げのバーベルの方が重いくらいだ。しかし子供と違って女らしくなっているので抱える場所に迷ってしまうことが問題になる。


「よし、じゃあお家に帰りましょうか?」


「へいへい……」


 観念したように桜を抱っこしたままバイクにまたがって自宅に向けて帰る。

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