第一部 「暁の水平線に」 24
Ⅰ
《日本 東京都新宿区》
8月15日
駆逐艦『桜』がラストバトルをフィリピン海で行われてから一週間の時間が流れた。
榮倉、菜月、伊織、アリシアを含め海江田、三池と言った乗務員メンバー全ては3日前に母港に帰投した。途中で伊400も同行することになった以外にトラブルもなく無事に日本の宮崎県へと帰り着いた。
榮倉は真っ先に広島に戻り生存報告を同僚や友人に済ませる。喜田は男泣きしていたくらいに喜んでいた。もちろん喜びばかりではなかった。榮倉を除いたメンバー全員が殉職したことが判明したことで少なくない人間からは毛嫌いされることになった。そんな事情を置いて、すぐに上層部の防衛相に呼び出された。
度重なる損害と駆逐艦『桜』を使用したこと。
さまざまなこともあって身を固める覚悟はできていた。
別で菜月たち南郷重工のメンバーも呼び出しを受けているようだ。
たとえ驚異の一部を排除出来たという功績があっても処分は少なからず下されるだろう。今後、駆逐艦『桜』という艦がどうなるにしても榮倉が今後関わる可能性はほとんどないだろう。榮倉もそのつもりだった。今の問題は今後の生活だ。
処分されるのであれば確実に職を失う。
仮に職を失わなくても妹を養えるだけの余裕が余計になくなる。
あれこれ将来を考えているうちに防衛相の防衛大臣のいる部屋の前まで来てしまった。
「大臣は中でお待ちです。どうぞ」
秘書に案内され榮倉は中に入る。
新品の本の匂いのする大臣の部屋の中央にいかにもな机と椅子が備えられておりその椅子には恰幅の良い男が座っていた。
「君が榮倉大和くんかな?」
「はい! 海上自衛隊呉基地曹長榮倉大和です!」
「座ってくれ」
榮倉は秘書に牛革の高級なソファの上に腰を下ろす。
防衛大臣の大枝久豊は椅子から立ち上がると榮倉の座ったソファの向かいに座る。
「今回は君の処分について伝える」
「はい……」
ごくりと息をのむ。
進退がここで決まると言っても過言ではない。
「まず、君は海上自衛隊から脱退してもらう。もちろん補償金はいくらか差し出すつもりだ。今回のイージス艦2隻の損失と未登録軍艦を使用したことによる処分は『解雇』とさせてもらう。異論はないね」
「……。ありません」
最初から覚悟していたことだ。
「うむ。潔い男は嫌いではないぞ。この決定はマスコミに発表するが君の名前は伏せさせてもらう。どうやら家族もいるようだし、榮倉という苗字は希少だからね。家族に負担をかけるようなことはしたくはないからね」
「お気遣いありがとうございます」
打ち込まれた文字をただ連ねているだけのロボットのように告げ、小さく頭を下げる。
「この話は以上だ。秘書に空港まで送らせるから広島に帰って荷物の整理を始めてくれ」
「……。」
「残念かね?」
「そう、ですね……」
まだ日本を取り巻く脅威は取り払えていない。
榮倉が退いた3隻の軍艦は沈没に至っていない。後々に戦線に復帰してくることは目に見えていた。
何より榮倉は船にあの駆逐艦に誓ったこの船の艦長になると。
桜と言う少女はその時を待っていた。
彼女だけではない。たくさんの人たちが艦長として認めてくれた。それを捨てるには惜しすぎる。何より自分がやると決めたことを貫けないことに不満があった。
榮倉の表情から何を読み取ったのか大枝はにんまりと笑みをこぼした。
「だろうと思ったんだ。私の父は生粋の軍人で海軍の少将をしていた。常々言っていたよ。船を捨てるくらいなら自分は腹を切る覚悟だとね。君はどこか一昔前の軍人の性格とよく似ている」
「一体何が言いたいのですか……?」
大枝の言わんとしていることが見えてこない。
何を意図しているのか先が見えない。
「つまり解雇された後の話だよ。君は確実に自衛隊を解雇される。これからはそのあとの話さ。君の家族やあの南郷重工のメンバーにも関わることだよ。どうだね? 聞いてみる気はないか」
Ⅱ
話を終え防衛相のビルを出た時、見覚えのある少女とばったり遭遇した。
「菜月。やっぱり呼ばれていたのか」
学生らしくきれいに着こなしたブレザー姿の菜月だった。
「大和さんはどうしてここに?」
「クビの知らせだよ。あと今後の話をちょっとな」
さらっと言った言葉に目を丸くして驚いた。
「クビってホントですか!?」
「いろいろあったからそれもまとめてそうしたって感じだったな。いちおう退職金は出るみたいだから一安心だけどな」
「た、退職金が出るからって……。それで良いんですか?」
「その代わりにけっこう大きな話もあったな。駆逐艦『桜』の所有者なんだし菜月も知っているよな。近日発表される『連合海軍』の話」
「し、知っていましたけど。大和さんも良く知っていますね……」
そこまで行って菜月は冷静に考えた。
駆逐艦『桜』は連合海軍所属になり国の所有物にすることで違法建造を大目に見るということで話はついていた。その上で整備が宮崎県の母港でしかできないため近々自衛隊基地を設立しようとしていた栄松島を連合海軍の最初の軍港として迎えるとなっている。もちろんこれから地元行政への申請など細かい部分は多いが話はほとんど終結に向かっている。そんな中で駆逐艦『桜』に正式な艦長を任命すると言っていた。
経験もあり将来性のある若者とだけ聞かされていたが誰がやるのかという話はしていない。ただ九割は榮倉を任命する腹積もりだとは感じている。
菜月はしばらく考える。
「もしかして、大きな話って」
「こっからはオフレコな。あの大臣とアメリカ軍の提督から直々に頼まれた」
「提督……。提督ですか。え? 提督!?」
「あ、ああ……。まあ俺もまだ実感が沸いていないんだけどな。戦力はしばらく『桜』だけになるけど冬には新戦力を迎えるという話だし、何より妹の身体の保障を付けられたら断りにくい。それより一人で来たのか? まだ社長見習いみたいな立ち位置だろ。大丈夫なのか」
周囲には伊織やアリシアはおろか顔なじみすら一人も見当たらない。
菜月は首を横に振って否定した。
「細かいところを海江田さんが請け負ってくれて私は先に帰れと言われてしまいました。まだまだ任せられないということですかね?」
榮倉と海江田はフィリピンからの帰りの船で少しだけ話をした。
義理堅く侍の生まれ変わりのような男だった。信頼できるというところは三池忠久と似通っている部分があったが根本的に考え方の違う人間に感じた。
何より彼は菜月たちを娘のように思っていた。おそらく今回も任せられないというよりは心配という部分の方が大きいのかもしれない。
「たぶんだけどあの人なりの気遣いだろ。それより菜月はその話、受けたのか?」
「まだです。とはいえ『桜』の件を見逃すという条件付きですから断ることはできないですね。今は海江田さんが南郷重工のメンバーには影響が出ないように交渉してもらっている状況です」
「伊織やアリシアのこともあるからな。そういやアリシアは菜月の妹らしいけど伊織はどうなんだ? 姉とかそういうのではないのか?」
「伊織さんとは特に戸籍上での関係はないですよ。でも今は一緒に暮らしていますよ。父が残した一軒家があるんです。結構大きいので三人で住んでます。暮らすと言えば榮倉さんは仮に『桜』の艦長になったラどうするつもりなんです?」
「まだ俺がなるとは決まっていないけどな。ただ、宮崎に住むことになるからな。とりあえず栄松の黒木壮ってところがあったと思うから今のところは一人暮らしの予定だけど、まだ何も決めてないな」
「黒木壮? それってハートフルセンターの近くのですか?」
「ああ。小学校の頃に少し縁があってそこにいたことがあったからな」
「あの……。そのアパートは4か月前に老朽化で解体されてしまいましたよ」
「え!? ホントに?」
「はい。新しく制定された県のアパートの基準に達していないとかで」
「だとすると新しく探さないといけないな……。どこかなかったか」
スマホを取り出して物件探しを始めている榮倉を見て菜月はコホンと咳ばらいをする。
「あの、せっかくですし……」
Ⅲ
《広島県呉市郷原町》
8月16日
大和は東京からまっすぐ父方の実家に帰ってきた。山手にアパートを借りているがそちらはもう使うことはない。アパートは完全に寝るためだけの部屋で生活感に乏しい状態だ。部屋の方も明日には片づける予定だ。
帰ってきた一軒家実家からはほんのりと炒め物の匂いが漂っていた。
軒先には洗濯物が干してあり妹の榮倉結が懸命に取り込んでいた。
帰ってきた大和には気づいていないようだ。
自分が生きていたことや今日戻ってくることは事前に伝えてある。
懐かしいとも思える妹の顔にわずかににやけてしまう。
「よお。ただいま」
今さら改まる必要もないのでいつもの調子で庭に入った。
「お……」
「お?」
「お兄ちゃ……。バカ兄!」
「なぜ、言い直した」
気恥ずかしそうに頭を掻く。
結は手に取っていた洗濯物をぼろぼろと落とす。
「ああ! せっかく取り込んだのに……。何やってるんだよ」
駆け寄って落ちた洗濯物を拾いホコリを叩く。
「う、うるさいって! 急に声かけてくるから驚いただけだって! バカ兄も手伝って」
「おう」
結の表情は嬉しそうだった。
心配をかけたのは理解していた。
日本では生存者はいないものだと思われていたので結も大和のことを半分諦めていた。そんな時に生きて帰ってきたという連絡を受けた。電話で祖母から聞いた話では嬉しくてその晩は泣きじゃくっていたようだ。祖母と言っても血縁関係があるわけではなく亡くなった祖父の再婚相手だ。
こうして実際に会えて再び実感できたのだろう。
大和自身も結と会って生き延びたことを実感できた。
「ああそういえば明日は荷物片付けるんでしょ? 明日部活休みだし手伝おうか」
「それは嬉しいな。頼むよ」
「うん」
笑顔で頷いた。
「あとさ。せっかくだから終わってから遊びに行かない。あ、でもお兄ちゃん怪我しているんだよね……」
大和の体にまかれた包帯を見て分かりやすく落ち込む。
入院しておいた方がいいレベルの傷だ。とはいえ入院費もバカにならないため大和は自宅療養すると無理やり押し通した。
だからと言って結との、家族との時間を潰すほど酷いケガではない。
限度はあるだろうが結に付き合おうと思った。
「気にするな。大したケガじゃないしせっかく休みなんだから行くぞ」
「ほんと! やったぁ」
洗濯物籠を持ちながら玄関を開けると祖母が出迎えてくれた。
荷物を渡すと約一カ月ぶりに食卓を囲んだ。
祖父は数年前に他界しいつもは祖母と結の二人暮らしだが今日はいつもより長く家族の時間を過ごせた。
時間が夜の11時を超えたころには結は自室に戻って寝支度を済ませていた。
祖母はもう先に寝入っていた。
大和は結の部屋の前まで来て悩んでいた。
今後のことを結に話すべきなのかと。
防衛大臣からの話は正直これ以上ないくらいに良い話だった。一生かけても一回巡ってくるか来ないかの大チャンスだ。これを逃せば来世でもチャンスは巡らないかもしれない代物だった。
正直話さなくてもどうにでもなることだ。
だが、今以上に離ればなれになってしまう。
唯一の肉親にこれ以上は負担をかけたくない。
だからと言って話してしまったからと言ってどうにかなるものでもない。
そう考えている間に結の部屋の電気が消えた。
「……。明日にするか」
翌日。
大和と結は朝からアパートの片づけに奔走していた。荷物はあまりなかったが昼食時を過ぎて日が傾きだしたころに作業は終わる。家具は今後の生活先が見つかるまでは引っ越し会社に預けることにして二人は最後に鍵を管理人に返して二度と来ることが無くなるであろうアパートから警固屋町にある高鳥台展望台に足を運んでいた。
「お兄ちゃんはこういうとこあんま来たことないでしょ? 一度来てみたかったんだ」
「そうだな。ほとんど喜田の寮に泊まるかアパートに帰るかの二択だったからな。こうやってのんびりと過ごすのも何年振りだろうな……」
「あたしの知ってるお兄ちゃんはいっつも動いていて休んでいるとこなんて見たことないから昨日も新鮮だったよ」
「そんなに俺って動きっぱなしだったか?」
「そりゃもうどこでネジ巻き直しているのって感じだったよ」
笑いが零れる。
しばらく二人は静かに夕日を眺めていた。
「あのさ……。お兄ちゃん」
「ん?」
神妙な面持ちだった。
「荷物片付けたってことは自衛隊クビになったの?」
「……。」
とっさに違うと言いそうになったがここで否定して実はそうでしたというオチは嫌だった。だから榮倉は事実を伝える。
「そうだな。クビだ。懲戒免職ではないから退職金も補償金も出るみたいだけどな」
「これから、とか決まってるの?」
結はまだ中学生だ。そんな妹にこんな心配をさせるとは兄失格だと悔やんだ。
そして、こんな心配をされるくらいなら昨日のうちに話しておけばと後悔した。今日一日中気に病んでいたのだろう。せっかくの休日を無駄に過ごさせてしまった。
もう迷って余計な心配をさせるわけにはいかない。
「……。これは決まるまで家族の結にしか話せないことだけど、昨日のうちに新しい海軍から誘いがあった。これに入れば給料の心配はないし結の生活の保障もある。結の安全が最優先だしできることはしたいと思っている」
「うん」
「ただ一気に俺は有名人になることになるから家族の結にも影響があるかもしれないんだ」
「……。お兄ちゃんはどうしたいの? あたしのことは別にして自分のためにお兄ちゃんはどうしたいの?」
夕日の逆光で結の表情は読めない。
どうしたい、と聞かれれば答えは決まっている。
「俺はやりたい。ここでやれば先に進めるような気がするんだ。何より一度決めたことを途中で曲げたくない」
結はしばらく黙った。
そして、小さく肩を透かす。
「だったら好きにやればいいと思うよ。お兄ちゃんはあたしが物心ついたころから自分の決めた道をまっすぐ進んできたんだし、今さら妹が口出しするようなことはしないよ。あたしはいつでもお兄ちゃんを応援しているから」
「そうか……」
「それで決まったら引っ越し先どうなるの?」
「宮崎に戻ることになる」
「そっかぁ……。懐かしいなぁ。寮とかがあるの?」
大和と結は宮崎県生まれだ。さまざまなことがあって今の家に暮らしている。
そこに大和は戻ることになる。
結はしばらく会えなくなることを少し残念に思った。
宮崎県となると自衛隊の時に比べると格段と帰って来られる頻度は落ちる。実は家事が一切できない兄を見送るには少し心配な部分もあった。
だが次に榮倉が放った一言で結は考えを改めることになる。
「いや、寮じゃなくて助けてもらった子たちのシェアハウスだ。一人暮らしのつもりだったんだけど一人が部屋もいくつか空いているからどうかって言われてな。悪い話じゃないから乗ったんだけど」
「はい? 子たちってその人って女の子?」
「ああ。そうだけど?」
「その子いくつ」
「上が17、次が16で一番下が14だったな。そういや一番下は結と同い年だな。たまに来るときは一緒に遊びに行ったらどうだ?」
「もしかしてその人たちだけとか言わないよね?」
「その人たちだけだな」
絶句した。
この男は何のためらいもなく女性だけのシェアハウスに住むと言っている。しかも、未成年の三人と一緒だ。しかも一人は自分と同い年だ。
結は決心した。
「あたしも一緒に住む!!」




