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大和桜の舞う頃に  作者: 有佐アリス
第四章  渇望の果ての理想郷
23/92

第一部 「暁の水平線に」 23

    Ⅰ



《フィリピン海 ルソン海峡》


 8月7日5時35分


「桜! 反転だ! 南東に進路を取れ!」


「りょうかい」


 榮倉は攻めに転じる。駆逐艦『桜』は浦風の進行方向へと舵を切っていた。同航戦が組まれ、このまま双方が直進を続ければ衝突するようなコース取りだ。砲塔はすべてが左を向いており、艦隊決戦の準備はできていた。運が良かったとはいえ野分を無力化できたことは僥倖といえる。

 駆逐艦『浦風』とほぼ同時に第一射が放たれた。

 互いの砲弾はあらぬ方向へと飛び、海面を叩いた。

 アリシアが見張り台から降りてくる。


「榮倉さん。このままじゃ衝突しますよ」


「ああ。そうだろうな」


「そうだろうなって大丈夫なんですか」


 不安の色は菜月にもあった。


「二人とも心配する必要はないさ」


 第二射もほぼ同時だ。一発ずつが艦尾に当たる。双方に被害はほとんどなく軽微なものだった。


「桜! 魚雷発射管一門を右舷に!」


 こくりと頷く。


「逆じゃないのですか?」


『アリスちゃん。大丈夫。これでいい』


「……。」


 第三射。

 距離が縮まり被弾率は高くなるが双方外す。

 距離残り6キロ。

 とっくに魚雷射程圏内だ。

 ここからが重要だ。

 榮倉は浦風に目を凝らす。


「よんきろ」


 緊張感が張りつめる。

 大粒の汗が額から流れる。

 これに気付けなければ轟沈一直線だ。これほどの緊張感は今後一生味わえることはないと確信できた。一点ビハインドでのペナルティキックの何十倍も緊張する。

 自然と双眼鏡を持つ手が汗で滲む。

 刻々と距離は縮まる。

 仮に浦風がこのまま動かなければ衝突は不可避だ。


「さんきろ」


 第四射が放たれた。桜の砲弾は手前で着弾した。

 だが浦風の砲弾が正確に後部の機銃を吹き飛ばした。

 それだけで済んだのは奇跡に等しい。

 吹き飛んだ機銃は海に落ち甲板に黒い炭の跡がくっきりと残る。

 まだだ。

 動かない。

 距離は3キロを下回っている。

 直後だった。

 浦風の魚雷発射管が動いた。

 今だ。





「とぉぉぉぉぉりかぁぁぁああああじ!!!!」





 ほぼ指示と動きにラグはなかった。刹那。浦風が魚雷を全門斉射した。

 すべてを最初の桜の進行方向へ。

 無情にも全8門の魚雷は桜に直撃しない。

 きれいに真横を通り抜けた。

 双方との距離は2キロを下回っていた。浦風が慌てて舵を切ろうとしたがもう遅い。


「4門発射!!」


 空気の抜ける音が鳴り事前に向けられていた一基から四門の魚雷が発射される。

 浦風も機銃で対抗するがほとんどダメージを与えられない。互いの距離が一キロを切った時に魚雷の一発が浦風の艦首を捉えた。

 その瞬間に艦橋の中が明確に見えた。

 ショートヘアーの和装をした少女が一人佇んでいた。

 見えた表情に怒りや憎しみのような感情は見えない。

 ただ誇らしそうだった。

 発光信号が送られていた。


『サクラ。ミゴト。ワタシノハイボクダ』


 被弾後。反撃は一切なかった。


「ここからが本番だ。空母の本体を追う」


「りょうかい」


 続けざまに発光信号があった。


『ケントウヲイノル』


「榮倉さん! 空母の攻撃機が発艦しました!!」


「対空戦闘用意!!」


『了解』


 伊織も前部主砲を対空用の砲弾に切り替える作業に移る。

 すでに駆逐艦と空母の距離は15キロを切っていた。双方ともバタン島とサブタン島の間を通り抜けていた。さらに伊400の魚雷射程に双方が入っていた。

 わずかに潜望鏡だけを伸ばしている姿が見えた。400は『桜』の姿を見つけると深度50メートルまで潜航する。400には撃てるチャンスはあった。だがあえて榮倉はそれをさせない。


「シオリ!」


『どうしたのかしら?』


 返事が来るか心配だったがすぐに来た。

 彼女がどういった仕組みで回線を開いているかは不明だが伝わるなら問題ない。


「照準は任せるが時間は5時55分で指定する。任せたぞ」


『任せなさい。伊号潜水艦の実力見せてあげるわ』


 榮倉は再び時計を見る。

 5時45分

 空母は攻撃を発艦させると後退をするために舵を切り始めた。双方の距離は一〇キロを下回り、駆逐艦『桜』は『冲鷹』を肉薄する。


「遅い」


 だがこちらが一手早かった。

 互いの距離を縮めにかかる。


「左舷より爆撃機! 直上!」


 アリシアの報告が聞こえる。


「機関フルブースト!! しばらく全速が出せなくてもいい! ぎりぎりまで上げろ!」


 桜が同意するとぐん、と艦が加速する。

 40ノット近くの速力で空母を肉薄する。

 直上で爆撃体制に移っていた爆撃機は面食らったように狙いを誤り、数百キロの爆弾を海に捨てることになる。


『大和くん。どうやらあれは「信濃」じゃない。たぶん「冲鷹」だよ』


 察してはいた。

 聞いていた『信濃』にしては小柄だった。

 分類的には航空母艦で間違いないが軽空母と言ったところだろう。

 刹那。伊織の制御していた一番砲塔から放たれた高角砲が左から機銃掃射を敢行しようとしていた戦闘機を撃ち抜いた。

 撃ち抜かれた航空機は煙を尾にしながら戦闘機は空中分解する。


「後部主砲は空母に攻撃だ!」


「りょうかい」


 後部4門の砲が轟き、駆逐艦に比べて的の大きい艦に全4発のうち二発が命中した。

 再び時計を見る。

 5時52分

 空母との距離は10キロを遥かに下回り魚雷必中距離だ。

 懸命に『冲鷹』も副砲で応戦しているが命中することはない。


「残りの魚雷を左舷に」


「大和さん! 右舷から敵機接近!!」


 振り向くと四機一中隊の艦攻隊だ。

 すでに雷撃体制に入っている。

 菜月の声の数秒後時刻が5時55分に近づく。

 迷いはない。

 榮倉は叫ぶ。





「おもぉぉぉかぁぁじ!!!!」





 榮倉の指示が行われた直後に転舵が始まる。

 遅れて雷撃隊の航空魚雷が着水した。

 駆逐艦『桜』の魚雷の照準が合う。

 この一撃で決めなければ後がなくなる。背水の陣で挑むことになった。自然と手に汗が滲んできた。胸から下げられたペンダントを強く握りしめる。






―――大和なら大丈夫よ





 遠い日の言葉が蘇る。

 自分を諭すようにその言葉だけが何度も復唱された。

 時計が5時55分を指した。

 榮倉大和は渾身を込めて叫ぶ。







「てええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええっ!!」







 水柱が上がり装甲をめくれ上がらせるよう魚雷は内側で爆発した。炎が上がる。

 そして――






「……。やりました、よね……?」


 最初に声を上げたのは菜月だ。菜月は生きていることに実感が沸いていないような感覚だった。

 航空隊の攻撃を寸でのところで回避し、潜水艦『伊400』と『桜』の2隻によって放たれた二方面からの魚雷により航空母艦『冲鷹』は逃げ場を失い2発の魚雷を受けた。これにより炎上、航行不能になった。


「……。ギリギリだったか……」


 榮倉もまだ実感が沸かない。

 しかし『冲鷹』から発せられた信号で実感する。


『スバラシイ。キカンノケントウヲイノル』


「お、終わった……」


『よくやってくれたね! 大和くん、いや艦長。よくもやってくれたよ』


「ああ。機関半速」


 榮倉は冷静に告げた。





「さあ日本(いえ)に帰ろうか」






 異国の辺境で行われた『戦人(バトラ)』と榮倉たちの戦いはひっそりと始まった。一戦目は榮倉たちの勝利で始まることに。

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